パーティ
「警備騎士はパーティ会場には入れないですよね!」
「入れないだろうけど、周囲にはいるだろ!」
暗黒の気を持っていない者が儀式で暗黒の力を手に入れた。一度目は雄鹿。二度目は小動物を何匹使ったのか。
雄鹿に比べて暗黒の力を得る量は少なかっただろうが、それをいつ行使する気なのか。
「今回のパーティ会場は上部に窓があって、そこを警備騎士たちが守っている。そこにいたら、誰でも狙えるぞ!?」
「なんでそんな会場でやるんですか!!」
「窓から花火が見えるんだよ!」
「知ってます! 推しと一緒に見たい、豪華花火!!」
会場となる建物には参加者が外に出られるベランダの他に、参加者が出ることのできないルーフバルコニーがある。
ルーフバルコニーは天井近くにあり、外の光が入りやすいように大きな窓が続いていた。そのルーフバルコニーで騎士たちが警備を行っている。
そこに狙撃者でもいれば、パーティの客や王族を狙うことができるだろう。もちろん、王族の側に待機している聖騎士団もだ。
そうならないための警備騎士だが、その警備騎士が暗黒の力を手に入れている。
「暗黒の気を持つこともできないのに暗黒の力を手に入れてるんですから、本人の体も暗黒の気で蝕まれているでしょうね。私の呪い返しも相まって、睡眠障害に暗黒の気の影響で体は重い。ふらふらかもしれません」
「そうだとしても、暗黒の力は使う気だろ? 暗黒の力で小動物を操るとしたら、ネズミかもな」
「それはパニックになりますね」
王族主催のパーティでネズミが多数侵入したとなれば、大騒ぎだろう。
だが————、
「王子様の力を見て動物を操ると思いがちですけど、本来暗黒の力を持つ者は、魔力なく魔法のような力を使えるんですよ。暗黒の力を再び手に入れて何をする気なのか、分かりません!」
城に入り会場まで走り続ける。さすがに聖騎士団だけあるか、ギーは私より早く走って先に進むと、会場の警備をしていた警備騎士たちに掴み掛かりそうな勢いで突っ込んでいった。
「おいっ! お前らのボスはどこ行った!」
いきなり平民風の男に怒鳴られて集まっていた警備騎士たちは剣を手にするところだったが、顔を見て気付いたのだろう、警備騎士たちがたじろぐ。ギーは一人の男の胸ぐらを掴んだ。金髪警備騎士ドナ・ティエリーと一緒にいた、赤髪の警備騎士だ。
「ぼ、ボスって? なんのことですか!?」
「ガストン・ラメーです! ガストン・ラメー警備騎士隊長!」
私は、はあはあ息せきながらなんとか追いついて、男の名前を告げる。近くにいた茶髪の警備騎士、ジスラン・リシェがこちらに気付いて、なぜか逃げようとした。
「ジスラン・リシェ! あなたの上官のガストン・ラメー警備騎士隊長はどこですか!!」
「ラメー騎士隊長に、何か用なのかよ……」
か細い声だったがどこか憎らしげだ。お仲間の金髪警備騎士ドナ・ティエリーが私を狙った罪で捕えられたので、逆恨みでもしているようだ。しかし強くは出られないと、声がどんどん小さくなる。
「いいから吐け! 業務妨害で引っ張るぞ!!」
「ラメー騎士隊長は、体調が悪いって、休憩に入ったよ! なんだよ、一体!」
ギーがジスラン・リシェに詰め寄ると、ジスラン・リシェは怯えるように身構えた。だが、ここにはいないと首を振る。
「休憩ってどこ行ったんだ!!」
「知るかよ! ふらふらして、どっかで休むっつってたんだ!!」
「ならすぐに探して確保しろ! ガストン・ラメーを探せ!! 他の警備騎士たちにも伝えろ!! ガストン・ラメーが暗黒の力を得た張本人だと!」
ギーは大声を出すと、会場のルーフバルコニ―を見上げた。そこにいる警備騎士には聞こえないだろう。高い場所にいるため騒ぎにも気付いていない。
「おい! 中にいる聖騎士団にも知らせろ! いいな!!」
ギーは有無を言わせず伝言を押し付けると、会場の裏口へ走り出した。私も同じくそちらに走る。会場内にはフランシス王子様もいる。自分たちが広間に入れば、王子様が暴走する可能性があった。
私たちは中に入れないのだ。
裏口でも警備騎士たちに止められて、同じことを説明する。誰もガストン・ラメーを見ていないのか、首を振るばかりだ。
「パーティ会場にいないことを祈るしかないな」
「ふらふらぼやぼや状態ですけど、リュシアン様を狙うとすれば好機でしかないですよ! 狙うなら、きっと屋上からです!」
私だって、覗くならルーフバルコニーだと思っていた。上から広間が見えてリュシアン様をじっくり見続けられる。
「ストーカー! お前の予想ならどこに行く!」
「一番近くにいられる場所に決まっているでしょう。横から見てリュシアン様に気付かれないところです!!」
「横から見えて一番近いところだな!」
螺旋階段を走り抜けて私たちはルーフバルコニーに入り込んだ。ここで騒ぐとガストン・ラメーがすぐに攻撃してくるかもしれない。バルコニーの窓ガラスが割れたら大騒動である。息を整えながら、ギーはゆっくり歩き始めた。私は後ろで、ぜえぜえいいながら、疲労で震える足を叩いてよろよろ進んだ。
「あ、リュシアン様です!」
ちょこんと椅子に座るフランシス王子様の隣に立っているリュシアン様が遠目に見えて、私は紅潮しそうになった。いや、もう走り疲れて暑くて顔は真っ赤だろうが、さらに赤くなりそうだ。
リュシアン様は堂々とした面持ちで周囲に視線を向けている。他の聖騎士たちも広間のあちこちにばらけて立ち、警備をしていた。
その中でもリュシアン様の輝かしく麗しい姿に、うっとりしたくなる。しかし、ギーにさっさと来いと急かされて、足をぷるぷるさせながら後を追った。
「ふせろ!」
いきなりギーに頭を抑えられて、警備騎士たちが警備している前で私とギーは床に伏せた。何をやっているんだろう? の顔をされたが、私たちは真剣だ。
「今、目、合いました?」
「分からねえ。けど、こっちいきなり向いた」
素晴らしく鋭い勘。リュシアン様にラブコールをしている私に気付いたのか、フランシス王子様が座りながらこちらを見上げたのだ。
警備騎士たちが怪訝な顔を向けてくるのを気にせず、私とギーはほふく前進する。
「おい、ガストン・ラメーを見なかったか?」
「ラメー隊長ですか? こちらでは見ていないですが。……あの、何をしていらっしゃるのでしょうか?」
「ガストン・ラメーが聖騎士団長を狙った犯人の可能性が出てきた。他のやつらにも伝えて、発見次第確保するようにしろ」
「し、承知しました!」
ぱたぱたと警備騎士たちが動き出したが、ガストン・ラメーの姿は見えない。
私たちはフランシス王子様から姿が見えないように、窓から少し離れながらガストン・ラメーを探した。
「王子、どっかから見てたりしないよな?」
窓から部屋の中を見ることができなくなり、ギーがぼそりと聞いてくる。もし先ほどこちらに気付いていたら、動物を使って私たちを追ってくるだろうか。
「お師匠様も一緒ですし、暗黒の気には気付くと思うんですけれど……」
ヴィヴィアンお師匠様もフランシス王子様の側にいた。何かあればすぐに対応できるように、王子様を見張っているのだろう。
「うわっ! どこからカラスが!?」
言っている間に警備騎士が叫んだ。どこからか集まってきたカラスが次々に降りてくる。屋根に止まったり、警備騎士に止まろうとしたり、バサバサと羽を器用に使ってこちらに掴み掛かろうとしてきた。
「まじかよ!」
「あだっ! 私は敵じゃないです。敵じゃないですから!!」
「鳥目はどうした。鳥目は!」
カラスが爪を立ててギーと私に向かってくる。周囲は真っ暗で鳥は目が利かないはずなのに、ぎゃあぎゃあと鳴いては、私たちの腕や頭を掴もうとし、羽ばたきながら頭を突こうとした。
ギーは腰に隠してあったナイフで切り付ける。私は帽子を叩き付けて追い払おうとした。警備騎士たちも何事かと剣を抜いてカラスに振り抜く。
「話し合い、話し合いが必要です!」
「くそっ、邪魔だ!」
ギーがもう耐えられないと魔法を使った。集まってきたカラスたちが衝撃波で飛ばされる。そのうち一匹が上空に逃げた。
「ギー、あそこ!!」
私は張り出した柱の影を指差した。近くにいる警備騎士たちはこちらの騒ぎに気付いたのか、何をやっているのかと身を乗り出してこちらを見遣っている。
その中で、一人の警備騎士が前屈みになりガラス窓に張り付いた。
「あの野郎!!」
ギーが飛び出した時、男の周囲に黒い霧が吹き出した。
会場のシャンデリアが大きく揺れる。暗黒期の黒のカーテンのように、真っ黒な生地のようなものがシャンデリアに絡みついた。
「リュシアン様!!」
私は咄嗟に叫び、窓に体当たりをした。
会場はダンスの音楽に包まれていたが、私の体当たりに皆がこちらに注目する。
フランシス王子様の目にも入り、再びカラスが集まってきた。
ギーがそれをかいくぐり、振りかぶった。
瞬間、炎が男を包む。
それよりも早く、天井のシャンデリアが重力に負けて勢いよく落下するのが、目端に見えた。




