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貧乏貴族令嬢は推しの恋を応援する  作者: MIRICO
今度は推しをお守りします!
21/27

ブリジット

 ギーには、えげつねえ。と言われてしまった呪い返し。うまく返るかは分からないが、返っていたら推しを狙ったことを大きく後悔しているだろう。


 ウヌハスの呪いは夢に閉じ込めること。閉じ込めては永眠してしまうので、それを軽くし、少々アレンジをしてある。

 眠っても夢を見続けるので起きているような感覚が続く。眠りたくて眠っても、夢の中では冴えて起きているのか起きていないのか分からなくなるかもしれない。

 しかもその夢が、幸福であるかは分からない。犯人が清廉で私利私欲で行ったわけではないのならば、緩やかに穏やかな夢を見続けるだろう。だが、そうでない場合は……。


 とはいえ、呪いを掛けてから日数が経っている。呪いが正確に返されたかは分からなかった。ウヌハスという媒体を通して間接的に呪い返しをしたので、成功するかは賭けである。

 今のところ、精神をやられて懺悔を口にする者は見付かっていない。


 私はギーからもらった白い花を購入した者のリストを眺めながら廊下を歩いていた。


(買い占めているわけではないけれど、結構貴族も町に来て購入しているのね)


 高位の貴族は購入しても届けさせるのだが、自ら買いに行く貴族も多い。その中で人より多めに買っている貴族も意外に多かった。


「警備騎士が多いのよね……」

 町の人たちは、穢れを祓うというより、今まで続けられてきた伝統だからと購入していることが多いのだが、警備騎士の方が暗黒の気に関わる可能性もあって、白い花の力を信用している人が多いようだ。


 その中で特に購入しているのが、二人。二人とも警備騎士で、一人はあの金髪のドナ・ティエリーと一緒にいた茶髪である。


 名前はジスラン・リシェ。頬にそばかすのある少々地味目な男で、リュシアン様を妬んではいるが理由などなく、同調して悪口を言う典型的な小物である。リュシアン様を狙うリストに名は上がったが、魔力がまったく無く、魔法陣を描いても暗黒の力を得るための儀式が行えないため、リストから外された。


(でも、個人でリュシアン様を狙ったとしても、二人で協力することもあり得るのよね)


 ジスラン・リシェが、例えば金髪のドナ・ティエリーと協力しあい、リュシアン様を狙ったとしてもおかしくない。


「なんて、適当に決めつけてはダメね。この時期は白の花を大量に購入する家なのかもしれないし」


 ギーに頼み情報を得たが、白い花を大量に購入している背景も確認してもらっている。

 この時期にたまたま病人がいて、白い花を多く買っている。そんな理由があれば良いが、表立って分かる理由なく購入しているようなら、呪いが返っている可能性があった。


 魔法を詳しく知らなければ、呪い返しについても詳しく知らないかもしれない。ウヌハスの呪いが返ったと気付かなければ、暗黒の気のせいで悪夢を見ていると勘違いするだろうか。


 リュシアン様を狙った犯人は影を潜めたままだ。必ず見付けると息巻いておきながら、何も手伝えていないことに苛立ちを覚える。


 私はフランシス王子様にばったり会わないように、外を歩いていた。王子様は王宮を出てお散歩していることが多い。なまじ動物の目で外を見ているので、王宮では飽きてしまうのだと思われる。リュシアン様を探していることもあるので、私と鉢合わせる可能性が高いのだ。


 外にいると鳥などの動物に見付かるわけだが、そこで私が襲われても王子様の仕業だとは思われない。王子様に出会って攻撃されるより、王子様のいない場所で攻撃された方が良いのである。


 魔術師の建物へ行こうとランプ片手に歩いていると、誰かから声を掛けられた。


「あんた、聖騎士団の。向こうに怪しい動物がいて。ちょっと来てもらえない?」


 そう言ってきたのは、あの金髪。ドナ・ティエリーだ。いつもの三人ではなく、一人のようで、私に声を掛けながらあの下水の方を指差した。


「動物ですか」

「変な動物がいたら聖騎士団に知らせろって言われてるんだ。あんたも聖騎士団なんだろう」


 前に股間に膝蹴りしたのを覚えているだろうに、それでも聖騎士団だからと近くにいた私を呼んだようだ。


「どちらでしょうか」

「こっちだ。逃げるかもしれないから、早くしてくれ」


 どうやら同じ場所に現れたらしい。下水が通るトンネルの方へ走るので、私はその後をついて行った。

 下水の奥にある柵自体は猫やネズミが通れるサイズである。その柵の一箇所がずれており、犬はそこから出入りをしていた。

 そのため柵は板張りにして行き来できないようにした。壊れている箇所も直してある。下水の水が流れる部分も間隔の狭い柵を付けてもらったはずだ。


 そこから動物が出てくるならば、また柵が壊れていることになる。たまたまそこに動物がいたとして、城壁内の森に住んでいることを考えれば、狸かリスくらいだろうか。


「何の動物でしたか?」

「犬だった。牙剥き出して唸ってきたんだ。手は出すなって言われてるから、あんたらが処分すんだろ」

「そうですねえ……」


 フランシス王子様が操っていれば、王子様に暗黒の力を使わぬように、ヴィヴィアンお師匠様に頼む必要がある。

 警備騎士に動物探しをお願いしてからまだ一匹も野良動物は見付かっていなかったのだが、広大な土地を持つ王城の敷地内。野良犬が入り込んでいてもおかしくない。

 とはいえ、この周辺は聖騎士団でも確認はした。野良犬が王宮内に侵入しては困るからだ。


「あの奥だ」

 ドナ・ティエリーに促されて私は下水のトンネルに入り込む。もう外は暗いがそれ以上にトンネルの中は真っ暗だ。

 私は促されるままトンネルの中に入った。ランプで周囲を照らしながらゆっくり進む。足元は相変わらず滑ってすべりやすい。転んだら大惨事である。


「わんちゃ~ん。いますか~?」

 トンネル中はチョロチョロと水が流れる音が響いており、他に聞こえる音は水が滴る音。それとひたり、ひたりと聞こえる自分たちの足音だけだ。

 私は足元をランプで照らした。少しだけ前屈みになり、地面をじっくり見るようにして進む。


「危ない!!」

 背後から声が届いた瞬間、私は左腕を背後に向けた。


「ぐあっ!!」


 青白い光に痺れて腕を上げたまま身動きできないドナ・ティエリーに、私は思いっきり足を振り上げた。

 感触は言うまい。痺れたまま動けずに私の蹴りが直撃したドナ・ティエリーが、勢いよく下水にばちゃりと落ちる。バングルの攻撃で痺れた以上に痺れただろう。いや、今痺れているのだから、痛みは後から来るだろうか。


「レティシア様、大丈夫だった!?」

 声を掛けて来てくれたのはブリジット様だ。私はにこやかに笑い、ドナ・ティエリーを置いてそちらに駆け寄る。


「ブリジット様。声を掛けていただきありがとうございますー。元気です」

「って……、攻撃されるの分かってた?」

「いかにもトンネルに連れて行こうとした時点で、ほんのりと分かっておりまして。犬がいるからと誘われて、まず自分が中に入らないことに、とりあえず騎士失格だなと思いまして」

「ああ、なるほど……。そんなちゃちな誘われ方したのね。剣を気にしながらレティシア様の後ろをついてくから、怪しいと思ったんだよ」


 ブリジット様は呆れ顔をしつつ、下水に頭と肩だけ落ちて痺れたままのドナ・ティエリーを横目で見遣った。

「こいつはどうする?」


 私は冷ややかな目でドナ・ティエリーを見遣ると、痺れが緩まってきたドナ・ティエリーは股間を抑えてもんどりうっていた。痛みは後から来たのか、それとも痛くても痺れて動けなかったのか。ともかく、反省していないドナ・ティエリーは股間を押さえたまま、こちらを恨みがましい瞳で睨み付けていた。


「リュシアン様に伝えておきます。処分は警備騎士が行うでしょう」

「ベルトラン様から聞いていたけど、聞いていた以上に勇ましいね。呼んでくる間に逃げられると困るからさ、耳を塞いでくれる?」


 私は言われた通り耳を塞ぐ。何をする気か、ブリジット嬢は持っていた本を片手にして、右手を振り上げた。

 途端、トンネルに大音響の雷のような雷鳴が轟いた。その音と共にドナ・ティエリーの体にバリバリと光が弾けた。ばちばちと小さな火花が飛ぶと、ドナ・ティエリーが白目をむいて地面にひれ伏す。


「剣に手を伸ばそうとしてたからね。こいつはここに置いて、警備騎士に知らせようか。レティシア様は魔術師の建物に行くの?」

「は、はい。これからヴィヴィアンお師匠様の書庫に行こうと思いまして」

「じゃあ、こいつのこと知らせて、一緒に行こう。私も戻るからさ」


 ブリジット様は魔術師であり魔獣研究員であるため、魔法に長けているらしい。ドナ・ティエリーは雷の攻撃で気絶してしまっている。死んでない、死んでない。と大口で笑いながら、近くにいた警備騎士にこの事を知らせた。

 ブリジット様は有名なのか、声を掛けた警備騎士は恐縮して敬礼し、すぐにトンネルの方へ駆けていく。同じ警備騎士たちを呼んだので、こちらに反撃する気はなさそうだった。


 王様の従兄弟であるベルトランの婚約者だ。身分が高いのだろう。私が声を掛けた程度では話をまともに聞いてもらえなさそうだったが、ブリジット様のお陰で簡単に事が済んでしまった。


「ありがとうございます。ブリジット様。とってもかっこいいですね。雷の魔法。威力の程度が絶妙でした」


 私が手加減して雷魔法を使用したら気絶させるのは難しいだろう。手加減しなければ死んでしまうし、バングルがなければ痺れさせることもできない。魔獣研究をしながらも、魔法がお上手なのだ。尊敬する。


「大したことないよ。得意なのは雷の魔法だけだからね。これだけはしっかり練習して、どの程度で人が気を失うかも良く研究したから」


 研究というところがさすがと言うべきか。何で研究したかは問わない方が良さそうだと察する。ブリジット様のニヤリと口端を上げる表情に、どこか同じ種類の人間の匂いを感じた。


 どの人間かって。私である。


「私も呪いを返すのに何かと実験はしましたが、雷の力は素敵ですね。自分を守るのに丁度良いと申しますか」

「そうでしょう。私も誘拐を何度も経験しているから、自分で身を守るくらいの魔法は持っていないとって思ってね」

「それは……、苦労されたのですね。ですが、とても格好いいです!」

「あははっ。ありがとう!」


 飾らない笑顔が魅力的な女性である。やはり身分が高いなりに苦労されているのだろう。誘拐を繰り返しているとなると、根が深い。必要に迫られて努力して得たのではなかろうか。


「レティシア様の話もベルトラン様からよく聞いているよ。メイドから聖騎士団に入団でしょう? かつてない抜擢だって。研究所でもすごい人が来たって噂されてたよ」

「まあ、そうなんですか? 聖騎士団の皆さんですら、私がどうして入ったのか良く分かっていないようでしたのに」

「そうなの? ベルトラン様なんて驚いていたよ。ちょっと見た程度で呪いって分かるんでしょう? しかも独学で呪い返しが行えるなんて、よっぽどだよ」

「私の家には呪いの道具が集まりやすかったものでして。偶然もありますが」

「偶然でもすごいでしょう。私も好きなことやってるけれど、やっぱり周囲の協力はあったからね」


 そこまで底無しに褒められると恥ずかしくなってくる。ブリジット様はケラケラ笑いつつも正面を見据えると少しだけ瞼を伏せた。


「女性で騎士団に入るなんて大変なことでしょう。まだ数は少ないからね。努力してもこればっかりは頭の固いやつらがいるし。うちはうるさいから、かなり揉めたよ」

「そうなんですか……」


 アナスタージア様もお父様と揉めた一人だ。私は好意的に思うがそうでない者も多い。高位の身分を持つ女性たちは特にそうだろう。結婚をして家名同士を繋げる役割があった。


「結婚したら家にいなきゃじゃない。私は嫌なの。やりたいことやりたくて」

「それは当然かと思います。女である前に人間なのですから、思う通りにやることの何がいけないと言うのでしょう」


 推しを追うのを禁止されたら、私は何をして生きていけば良いのか。そも、結婚の話などうちには関係ないので、ブリジット様のような悩みは私の悩みとは全く次元が違うが、やりたいことができなくて何を目的に生きていけば良いのか。


 私が力説すると、ブリジット様は嬉しそうな顔をしながらも真剣な眼差しを空に向けた。


「昔、屋敷の近くで魔獣に襲われた子たちがいて、私の乳母の子供もやられちゃってね。それを何とかしたいって、ずっと考えていたんだよ。でも普通研究員なんて女がなるものじゃないでしょ。反対されてね。婚約も決まっていたし。何を今さらってさ」

「それは、ベルトラン、様がですか……?」

「ああ、違うよ。逆、逆。ベルトラン様が、だったら婚約のままで良いだろうって。結婚すると難しいことが分かっているから、婚約のままにすればいいってさ。何の問題もないでしょう? 婚約者が許可を出しているのだから。って後押ししてくれたんだ」

「ベルトラン、様が……。そういう理由があったんですね」


 だから幼い頃からの婚約者がいても結婚をしていないのか。ベルトランの結婚適齢期はとっくに過ぎているはずだ。幼い頃の婚約で結婚が遅いのは理由があるとは思ったが、そんな理由で婚約者のままなのだ。


「ベルトラン様のお陰なんだよ。この仕事ができているのは。……アナスタージア様もそうだね。親に反対されても男性に混じって仕事がしたいって、それを強行した」


 私は突然出てきたアナスタージア様の名前にドキリとした。アナスタージア様の想いも、ベルトランの想いも何か気付いているのか、私はそろりとブリジット様を見遣る。


「アナスタージア様は特に危険な仕事でしょう。彼女もご両親も、よく決断されたわ」


(あ、そういう……)


 ホッと安堵して、私は自己嫌悪に陥りそうになる。


(私、失礼だわ。ブリジット様はベルトランの婚約者なのよ。何を気付いてないことに安堵しているのかしら)


 だが、アナスタージア様とベルトランは両想い……。リュシアン様が本人同士の話なのだからと私に注意したわけである。ブリジット様とベルトランの繋がりは長く、お互いにしか分からないことがあるのだ。


(ううううう。アナスタージア様を応援したいけれど、私が何か言えるようなお話ではないわ)

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