926:飛散(中)
操舵が利かなくなったTS-109号は、海流の流れに身を任せるしかない。
エリック中佐も、緊急時であるが故に周辺の艦に連絡を取ろうとしたが、荒波に呑まれたり衝突したりしてそのほとんどが行動不能であったり破壊されてしまっている状況でもあるのだ。
状況は芳しくなく、ハリケーンが過ぎ去るのを待つしかなかった。
水兵も5名が荒波に放り出されて、救助された1名を除いて行方不明だ。
(とんだ貧乏くじを引いてしまった……)
エリック中佐はそうぼやき、荒波のまま漂流することになる。
水兵たちや乗船していた陸上軍の兵士達も長期間の航海によって精神的に摩耗していき、精神的な問題で縛り上げられる者まで現れた程だ。
漂流をして10日後。
フランス領:サン=ドマングの行政都市があるポルトーフランスから50km離れたサン・マルクという小さな漁村の砂浜にTS-109号は座礁した。
座礁した際に、すでに舵が利かない状態であり、砂浜に乗り上げる形で船はようやく停止したのだ。
「やったぜ!陸地だ!」
「ようやく……ようやくたどり着いたんだ!」
「長かった……これで俺たちは助かるぞ!」
陸地が見えた一昨昨日から水兵たちや搭乗していた陸上軍の乗組員は上陸をしたいと心待ちにしており、それがようやくかなったのだ。
ただ、艦長として最高責任者であるエリック中佐にとっては手放しに喜べない事態でもあった。
「ここは何処だ……?地図からしてスペイン領のようだが……」
「コンパスも壊れておりますし、正確な地図情報は不明です……ただ、あれだけ発展している町があるという事は、スペイン領である可能性が高いですね……」
「では、もし生き延びた艦隊が中南米地域に攻撃していたら……我々は早速捕虜かね?」
「そうなりますね……」
「……これで私も艦長からヒラに降格だな……船を敵国の海辺に座礁させてしまったのだから……」
すでにエリック中佐は自身の運命と悟っている。
北米複合産業共同体の軍隊において、訓告、懲罰、降格、労働刑、死刑の順番に処分の内容が厳しく定められている。
このうち、降格処分になるのは海上軍において船を沈めたりする行為であり、たとえ不可抗力であったとしても余程弁論の余地がある場合を除いて降格処分となるケースが多い。
そのため、船を破損させた場合は徹底して修復作業を急がせることもしたが、舵が利かない状態ではそれすらもすることはできなかった。
エリック中佐にとって、カリブ海のど真ん中で日干しにされて餓死するよりは遥かにマシな状況ではあるが、このまま敵国に拘束されるのもキャリアが終了することを意味していた。
エリック中佐は、すでにキャリアが終了したことを悟り、今後どうするか考えることになった。
考えられる上で重要なのは、すでに北米複合産業共同体が中南米地域への戦争を開始しているのかどうかという点であった。
計画書では中南米地域に到着次第、現地の北米複合産業共同体の軍隊と合流してから本格的な戦闘を開始することが定められていた。
ただ、輸送船団のうち無事にどれだけ目的地にたどり着いたかは不明であった。
自身の船は座礁している上に、輸送船団の旗艦が沈んでしまった光景をみてどれだけの数が到達しているのかが不透明であった。
「我々が漂流していた10日間の間に、戦端が開かれていたのであればそれは問題だ……戦争になっていれば、我々は捕虜となるだろう」
「では……生命の保証は……」
「流石にそれは約束してくれるだろう。欧州協定機構軍は規律や秩序を重んじる軍勢だ。特にフランス軍は凄まじいと聞く。情報と引き換えに保護も約束してくれるだろうな……」
仮に、すでに中南米地域での戦端が開かれている状態であるならば、すでに交戦国となっているはずである。
交戦国となっている以上は、捕虜になることになる。
孤軍奮闘という事も考えたが、陸上軍兵145名と水兵56名を合わせても200名程度しかいない軍勢が植民地軍と対峙して勝てるのだろうか?
かつてインカ帝国を滅ぼしたスペイン軍部隊は少数であったとはいえ、今の植民地にはしっかりと軍が駐留しており、その数も100や200ではない。
最低でも一個連隊規模であり、数的には圧倒的に不利だ。
エリック中佐にとって、現地の住民と会話をした上で投降するしかないと考えたのである。
それは、部下たちも同じであった。
彼らもエリック中佐に対して投降をすることを進めたのであった。
「艦長、今武器庫を確認しましたが……浸水によって銃火器のほとんどが海水に浸かっており、火薬類も湿気で駄目になっております」
「そうか……やはりだめだったか……どのくらいの武器がつかえそうか?」
「マスケット銃が40挺程、それから野砲が3門程度です」
「それだけか……」
「仮に戦闘になれば、歩哨や分隊規模であれば迎撃できますが、それ以上の規模になるとこちらが不利になります……戦うことは得策ではありません」
「だな……ここで下手に戦って印象を悪くすればロクな事にならんだろう……それは皆も分かっているはずだ」
すでに現地の住民が集まりだしており、ここでの戦闘は不利だと悟ったエリック中佐は、現地の住民と接触を試みてここは何処だと尋ねた。
すると、彼らは流暢なフランス語で「ここはサン・マルクですよ」と返答をしてきたのだ。
そう、彼らはここでようやくフランス領にたどり着いたことを知ったのである。
カリブ海戦争時に北米連合軍が一時的に占領したことのある地域でもあるのだ。
カリブ海戦争において、サン=ドマングの中間地点であったサン・マルクでは北米連合軍の1個中隊がフランス軍の2個連隊と戦闘になり、双方合わせて200名以上の死傷者を出し、この地域で生産されていた塩田が砲撃によって破壊される被害が生じた地域でもあったのだ。
再建されたとはいえ、北米に対する感情はあまり良くはない。
奇跡的にサン・マルクの住民に犠牲者が出なかっただけ反米感情はないものの、塩田を破壊されたため生活基盤を壊されたことによる反感を持っている住民も少なくない。
そのため、彼らは『海難事故』に遭って漂流していたのだと伝えた上で、軍の駐屯部隊を呼んできてもらえないかと尋ねたのだ。
民間人に説明をしても下手にパニックなどを起こされると厄介なことになる。
特に侵略をするために完全武装した兵士や物資を満載していることもあり、正直に軍隊に話をして自分達が捕虜になることを引き換えに、身の安全を保障してもらうしか生き残る道が無いのだ。
エリック中佐は、副官であるマイク少尉を呼び出して話を付けた。
「マイク少尉、私は駐留軍に対して降伏を選択する」
「降伏ですか……」
「そうだ。マスケット銃40挺と大砲3門だけで戦っても持久戦で勝ち目はない。我々はここに漂流して流れ着いた時点で詰みなのだ。チェックメイトされた状態で戦闘を継続する馬鹿はいない。全責任は私が取る」
「分かりました。その時は私もお供いたします」
「心強いね、よろしく頼むよ」
最寄りのフランス軍駐屯部隊の歩哨が住民からの報告を聞いてやってきた。
エリック中佐はこの歩哨にフランス語で全てを打ち明けた。
そして、ライデン瓶通信を使ってポルトーフランスに第一報が伝わると、蜂の巣をつついたような騒ぎとなったのである。




