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909:大蛇(上)

★ ★ ★


1795年4月10日


ネーデルラント ブリュッセル


旧オランダ領の戦争後の復興作業は未だに道半ばである。

ネーデルラントでベルギー北部に位置するブリュッセルは、そのオランダ地域の復興のための資材・物資運搬拠点の街として栄えていた。

特に、戦争中は駐留軍であるフランス軍やスペイン軍の補給拠点としても栄えており、この地域はネーデルラント復興の最重要拠点であり、王族や貴族が中心となって身を寄せている地域でもあった。


ブリュッセルでは今、フランスから嫁いできたテレーズを祝おうと、街道に人が集まって祝賀ムードが広がっている。

これはフランス政府がネーデルラントに資金提供をして祝うために資金を出資したこともさることながら、その多くがフランスとの友好関係を演出するために動員された一般人であった。


それでも、一般人の多くは戦後に復興を支援しているフランスに対して感謝を述べている上に、テレーズが嫁いでくることに対して好意的な意見を持っている者がほとんどであった。


「テレーズ妃が来るぞ!フランスから嫁いできた王妃様だ!」

「ウィレム6世陛下との結婚かぁ……これで我が国も盤石だな!」

「それにしても、よく向こうも我が国の王様と結婚する事になったもんだなぁ……」

「なんでも文通で知り合ったそうだ。それで気の合ったお二人が結婚を決意したんだと」

「そうだったのか……それにしても凄い人だかりだなぁ……」


街道に立って応援をしている人々の多くが、戦争の際には最前線の街として軍民一丸となって戦いのために戦争経済に移行し、町工場でも銃の部品などを最優先に生産していたほどだ。

ブリュッセルがアムステルダムやロッテルダムといった戦争の被害が大きかった地域とは対照的に、戦争による好景気と、それに伴う戦後復興のための物資輸送と経済拠点として栄えたこともあり、この束の間の平和を最も享受する事の出来た都市である。


中継地点としての地位もさることながら、スウェーデンやノルウェー方面からやってくる輸出品の集積所としても活用されており、今やブリュッセルはネーデルラントの中でも最も発展した都市となっている。

特に、王宮などもアムステルダムやロッテルダムからブリュッセルに移転された影響もあってか、多くの有力貴族なども移住しているのがこの街の特徴である。


そのため、ブリュッセルにたどり着いたテレーズを待っていたのは、大勢の一般市民であり、彼らは歓声を上げながら新しい王妃を出迎えたのである。

フランスに一時的に避難をして戻ってきた人々の拠点となっているという事も相まって、フランス人との間で結婚を果たした者も多くいる。

そうしたこともあってか、フランス語に堪能な者も多いのだ。

彼らはフランス語でテレーズを祝し、そして馬車の周りに集まって一目見ようとしている。


「王妃様!是非ともこちらに向いてください!」

「フランスのお陰で助かりました!」

「同盟万歳!」


ブリュッセルの多くの街角でテレーズを祝うために人々が集まり、そして歓迎ムード一色となっていることも大きく影響している。

歓声の声が響き渡る一方で、周辺にはフランスから派遣された憲兵隊であったり、国土管理局の職員が不審者に目を光らせて監視をしていた。


「大通りの警備を厳重にしろ、今の人員だと万が一に対処できんぞ」

「騎馬隊の数を増やして警護に回します」

「頼むぞ、既に未遂事件が起きているんだからな……」


この時、憲兵隊と国土管理局の職員の間では張り詰めたような緊張が漂っていた。

というのも、未遂事件という形であるが、テレーズ妃を暗殺しようとしていた輩がいたのである。

それを当局がつい先ほど摘発したというものだ。


摘発者が出ており、テレーズを暗殺しようとマスケット銃を忍ばせていた過激思想の持ち主を検挙していたのだ。

検挙が出来た理由は、ブリュッセル各所にある宿屋に、些細な事でもいいので不審な客がいたら通報するようにという通達を出したことであった。

有力な情報を通報した者には懸賞金として100リーブルの現金が支給されるということもあって、宿屋は不審者に目を光らせていた。


そんな中で、とある宿屋の主人から通報があった。


内容は『火薬のような臭いがする』という内容であり、宿泊している客に関しても挙動がおかしな点があるという事で、怪しんだのである。

この通報を受けて、在留していたフランス憲兵隊が通報を受けて駆け付けた上で、男の部屋に強制捜査の名目で立ち入った際に、テーブルには銃身が短く加工されたマスケット銃が姿を見せたのである。

それも、1挺だけではなく戦争中にプロイセン王国から所在不明になっていた銃身が長い狙撃用の空気銃も見つかったのである。


「おい、これは一体なんだ!」

「くっ……!」

「待て!逃げるな!」


当然ながら、男は部屋から逃げ出そうとしたところを取り押さえられて、部屋からは『平等思想主義』に関する書籍が押収されたのである。

男は憲兵隊による尋問に対して黙秘を貫いているが、部屋を借りた際に3人の男がいたという宿屋の主人からの情報から、最低でも残り2人の共犯者がいることは明白である。


暗殺をしようとしているのかまでは分からない上に、男は尋問に耐えている。

しぶとく暴力的な尋問すらも耐えている時点で、男が『訓練を受けた』人間であることは明白であった。

つまるところ、テレーズ妃に対して危害を加えようとする一派による犯行が実行に移されるリスクが大幅に上回っている状況なのである。


「平等思想主義者によるテレーズ妃暗殺計画……こんなものがこの場で公になって中止になってみろ、ネーデルラントとの友好関係が阻害されてしまう」

「しかし、今のパレードを中止にすれば他の者たちが計画を早めて行動を起こしかねません。あの馬車は最低でも鉛などをはめ込んでいるため、防弾はしっかりとしているはずです」

「だが、ガラス部分はどうだ?何枚も折り重ねているそうだが……至近距離から発砲された場合、貫通して撃たれる可能性が高い。そんな状況でパレードをこれ以上続けたらマズいだろう」

「では、如何いたしますか?」

「……先遣の騎兵部隊と合流して状況を共有し、宮殿に向かうルートを取ってもらおう」


パレードを中止にしてしまえば、混乱が生じる。

その混乱を突いて、群衆から発砲する恐れが出てくるのだ。

下手にルートを変えて、慣れていない道を走らせて道を間違えた末に暗殺される……。

というケースは実在する。

それが何を隠そう、第一次世界大戦の引き金にもなったサラエボ事件である。


サラエボ事件では、爆弾テロ未遂事件があった為に避難のために予定していたルートを変更してオーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者であった大公夫妻が別の道に入った所を、偶々カフェで休憩していた大セルビア主義の青年がいたため、その青年が一遇のチャンスと言わんばかりに隠し持っていた銃で発砲、そして死亡するという顛末を迎えたのである。


そのような暗殺事件が起こり得るリスクも加味しつつ、パレードを継続する代わりに馬車の護衛を増やして騎兵隊がテレーズ妃をカバーする。

彼らは混乱を産まないように、その選択を取ったのである。

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