901:台湾交易(上)
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1795年2月9日
フランス領台湾 青龍
フランス本土から遠く離れたアジアの拠点である青龍には、日本・琉球・中国大陸本土から多くの人々が押し寄せていた。
理由は単純であり、交易拠点としてヨーロッパ地域から派遣されてくる多くの商船の中でもダントツで輸送船の行き来が多いのだ。
この世界の台湾はフランス資本によって大規模な投資と灌漑が行われることにより、史実の日本統治時代に行っていたサトウキビ製造やビール製造といった産業が既に執り行われていたのである。
さらに、コーヒー豆を栽培して『眠気を覚ます飲み物』と宣伝して交易品としてアジア圏に輸出し、台湾のコーヒー豆は薬としても利用されるようになっている。
こうした投資に見合う莫大な利益と収益によって、フランス領台湾における外地収益はサン=ドマングに次ぐ3位となっており、アジアにおけるヨーロッパとの玄関口として大規模な取引が行われるようになっているのだ。
また、フランスという土地柄もあってか、ここでは多くの国に見られるような港湾利権に手を突っ込むことを試みたものもいたが、いずれも手痛い代償を払って撤退することになっていた。
中国大陸からは秘密結社の一派であり、白蓮教と距離を置いている青幇が、日本からは大坂などで勢力を拡大してきた博徒の一派であり、ヤクザとして大坂の堺などで港湾利権を持って貿易で利益を拡大していた史郎会が青龍を尋ねて利権に食いつこうとしてきたのだ。
彼らは大型船に乗り込んで、大陸や日本などで生産された骨董品や仏像などの彫刻、それに戦乱によって所在不明になった持ち主から簒奪した品々などを取引を持ちかけるも、牛耳っている組織である「天龍会」は首を縦に振る事はなかった。
正規手段として取引している品物であれば応じたが、彼らは略奪品に関しては組織の決めたルールに反するとしてどんなに金品や宝石などを持ちかけても応じず、引き返すように迫った。
これに業を煮やした短気な連中が刀などを抜くと、たちまち現場には血の海が出来上がることが多くあったのだ。
現に、青龍の港湾の一角では、日本人のヤクザがトラブルを起こし、天龍会のメンバーと戦闘になったのだ。
大坂ではそこそこ名の知れた荒くれ者であったが、刀を抜いた時点で天龍会は容赦なく襲い掛かったのである。
複数人が刺されたりして怪我を負ったが、ヤクザのほうは身体の至る所に刺し傷があり、首を斬り落とされて絶命したのである。
天龍会の幹部である陳は、血塗られて亡骸となったヤクザの前で、煙管をふかしながら語る。
「まったく、問題を起こすからこういう結果を産むんだ……」
「怪我をした連中はフランス人の先生の所に運んでおきました」
「ご苦労、あの先生は俺たちが懇意にしている先生だ。後で謝礼金も弾んで出しておきなさい」
「勿論です」
「それにしても、交易が多くなればそれだけ厄介者も増えてくるのが嘆かわしいな……」
陳はため息をつきながら言った。
天龍会は元々が秘密結社出身の組織であり、清王朝初期から台湾に根付いていた組織でもある。
フランスが最初に青龍と名を改めて統治をするとなった際には、台湾総督と直接面談を行い、港湾に関する相談を行ったことで、その名が初めて公の場に姿を現すことになった。
天龍会は自分達の縄張りである港湾利権に関しては口を挟まないように要望を出したが、フランス当局は逆に天龍会を『港湾事業者』として認める代わりに、阿片などの薬物であったり盗難品などが持ち込まれないように監視を行う公的事業者として任務を課したのである。
これには天龍会も驚き、自分達が公的な存在として活動を許可される代わりに、薬物や盗難品の持ち込みや輸出阻止を担う警察的な役割を駐屯するフランス軍と共に行う事に合意したのである。
それまでは、秘密結社の中でも利益も少なく大陸側にある組織からもバカにされてきた天龍会が、ここ数年で青龍が急成長を遂げると、一気にその勢力も拡大の一途をたどっていた。
いまでは元になった組織とは大きく変わり、独自路線として青龍の表社会において欠かせない存在となっていたのである。
無論、これが許されたのはフランス側としてアジア人による交渉や表には出来ない治安維持の名目で汚れ仕事を引き受けてくれる彼らの存在が必要不可欠だった面も大きい。
つまるところ、表社会においては港湾関係の事業を担い、裏では密輸や密売に関するトラブルなどを取り締まる組織として抜擢されたというわけだ。
「我々がこうしてフランスの加護の下で生きているのも、軍のお陰ですからね……」
「そうだ。彼らに目を付けられる行為をしたら真っ先に消されてしまうからな……」
「それに総督が本当に恐ろしいですね……不正事案なら身分問わず牢獄行きですよ?」
「それだけ青龍のことを想っている証拠だ。俺たちはあの総督の指示に従って仁義を果たせばいい」
「そうですね……それから、こいつらの死体はどうします?」
「ここに捨てると厄介だ……漁船を借りて沖合に重石を巻いて沈ませておけ」
そして何よりも、同じ天龍会のグループでも道を外れた者に対しては容赦なく制裁が行われる。
それは総督によって直々に駐留軍の憲兵隊などが完全武装で駆けつけてくるのだ。
元々港湾事業に関して権利を持っている台湾で古参として活動に従事していた天龍会の縄張りであり、かつこの天龍会はフランスの駐留軍と持ちつ持たれつの関係を維持しており、彼らは共存共栄のような存在となっていたのである。
というのも、青龍においては港湾事業に関しては国防の観点から駐留軍が指揮を執っており、積み荷の検査や輸出品の調査などを全て駐留軍に一任していたからである。
これにより、民主的な選挙によって台湾新総督となったオランプ・ド・グージュは、初の女性総督としての地位もさることながら、港湾に関する権利や利権に関しては折半する代わりに、天龍会の縄張りに関しては密輸品や密売業者が入らないように主に青龍内に点在している外国人組織の犯罪者などを見張るようにしていたというわけだ。
天龍会は完全なる善ではないが、裏社会においては「必要悪」という存在に近い。
毒を以て毒を制す……。
そのことわざにピッタリだ。
そして、オランプの経済政策によって、サトウキビを蒸留した酒などの工場群の創設だけでなく、東アジア諸国向けに作られた砂糖やコーヒーなどを加工する工場が次々と建設されているのだ。
また、台湾に入植した亡命中国人や日本人などが開墾を行っており、サトウキビやコーヒー豆の作付面積も10年前から2.7倍に拡大している。
それに、昔から住んでいる台湾先住民の人達に対して、彼らのテリトリーを侵入しない代わりに、肉や野菜、それに酒などの物品などを納めてお互いに襲わないとする紳士協定を結んでいるのだ。
高砂族などの山岳地帯に住んでいる民族には、密林戦闘に特化している者達が多く住んでおり、オランプは彼らの戦闘力に目を付けて、新たに創設する治安部隊にスカウトをするように役人に指示したのである。




