73:弁論
法廷に入ってきた裁判官は全員で10名ほどだ。
いずれも教皇国から強い影響を受けているとされている人物だ。
裁判長が席に到着すると裁判開始の合図がなされた。
「只今より、高等法院における金塊公爵事件の最終弁論と判決を行います。まず、被告人であるオルレアン家元当主のルイ・フィリップ1世……!前に出てきてください」
公爵は随分と痩せた状態で姿を現した。
傍聴席でも特等席に座っている俺からだと公爵の様子がよく解る。
ストレスを受けまくって随分と弱っているようだ。
国王ルイ16世である俺から自分の爵位・領地を取り上げられた結果、懐に入る資金も激減してしまい、収監されていたバスティーユ牢獄では粗末な食べ物しか出されなかったという。
「あなたは英国から金塊や美術品・骨董品などの品々を受け取る見返りに英国に情報を流していたというのは事実ですか?」
「はい、事実です……」
「また、あなたは息子であるルイ・フィリップ2世が現国王陛下を陥れるための策を講じていたにもかかわらずそれを咎めなかった事は事実ですか?」
「はい、事実です……」
ルイ・フィリップ1世は裁判官の質問に淡々と答えていた。
死んだ魚の目のように、目の中に光がないようにも見える。
だとしたらとんでもなく精神的に死んでいるなアレ……。
ちなみにバスティーユ牢獄は、牢獄といっても金持ちの受刑者などは仕送りや食事の差し入れなどが認められているので牢獄にいるにも関わらず贅沢な食生活をすることが出来たという。
むしろ牢獄での暮らしが中々良かったこともあってか自主的に牢獄から離れない受刑者もいたとかいないとか……。
まぁ、俺がオルレアン家宛に渡された差し入れとかに毒が入っているんじゃないかと疑って国土管理局経由で調べたんだ。
そしたら案の定毒まみれのメロンやらレモンなどが沢山見つかったんだよね。
つまり、事の発端が世間に流されるのを嫌った人々から謀殺されそうになっていたというわけ。
ぶっちゃけフィリップ1世に関しては積極的に自白すれば終身刑ぐらいの扱いになるだろう。
一応金塊は偶発的に見つかったものだし、元々はそれ以外の禁制品に関する件で処罰するつもりだったんだ。
軍人として継承戦争と七年戦争でフランス王国軍を指揮した実績もあるわけだし、一般人として慎ましい生活をしていれば困らないだけの金をお渡しするのも一つの手かな。
ただ、息子であるフィリップ2世がどうしても脅威となってしまう為に国内に留まらせるのは危険なんだよねー。
こいつだけは絶対に外に放しちゃいけない人間。
比喩でもなくマジで言っている。
というかフィリップ2世はこの法廷にいるよ。
今この場にね……。
(チラッ……チラッ……チラッ……)
「何やってんだあいつ……」
思わず小声で突っ込んでしまった。
彼は彼でこちらにチラチラと視線を送りつけてきている。
そんなレーザー光線みたいに熱い視線を送るのは勘弁してくれ。
元をたどればあなた方が改革に反対しただけでなく、我々の改革に対して数々の妨害工作を企てようとしたことは分かっているんだ。
悪口だけならまだ目をつぶってもよかったんだが、逮捕した取り巻きから聞いた話によれば、俺の弟ルイ・スタニスラス(史実ではルイ18世として王政復古を果たした人物)を擁立してオルレアン家とブルボン王朝の合併工作までやろうとしていたんだ。
もうそれ実質的にクーデター未遂じゃん。
しかもだ……クーデターを起こすと同時に改革に賛成したり開明派として支持している貴族・聖職者連中を逮捕して始末しようとしていたとか……。
クーデター、改革派の粛清、権力の固持……。
どれもこれも血生臭くて吐き気を催す。
おまけにクーデターに失敗した場合に備えてイギリスのスコットランド地方に家を確保していたらしい。
この家というのは亡命先の土地という意味だ。
色々と悪知恵だけは随分と働くようだな。
おまけにオーストリアとの同盟を解消して、英国との同盟も考えていたとか。
(随分と俺をお恨みでいらっしゃる。裁判官……こいつだけは極刑にして差し上げろ、マジで)
判明しているだけでこれだけあるんだ。
あれか?
恨んでやるぞーみたいなノリでやってんのか?
改革は今後フランス王国を継続させるに当たって必要不可欠ですよーと貴族・聖職者向けのパンフレットにも書いたんだけどね。
どうやら俺が貴族・聖職者の特権を剥奪しようと考えているんじゃないかと先走って行動していたらしい。
行動的な馬鹿って恐ろしい程にやらかす時はやらかすからな。
その恐ろしさを身をもって感じ取ったよ。
本当に改革どれだけ嫌だったんだ此奴は……。
そうこうしているうちにルイ・フィリップ1世の裁判での最終弁論が始まった。
ルイ・フィリップ1世は弁論では罪を認めた上で、国民や国王である俺に謝罪したいと申し出てきたのだ。
「私は全面的に罪を認めます。また、爵位・領地・資産を全て返還し、ご迷惑をかけた国民、ひいては国王陛下に対して謝罪をしたいと考えております。何卒、お命だけは延命くださいますようお願い申し上げます……」
「被告人ルイ・フィリップ1世……あなたはこれからどんな判決が下されたとしても、高等法院の判断に従い、罪を償うことを誓いますか?」
「誓います。私にできる事といえば神に、そしてこの裁判で全て包み隠さずに裁判官、そして国王陛下にご報告いたします」
「よろしい。では、一旦席に戻ってください。判決はルイ・フィリップ2世の最終弁論が終わってから下します」
裁判官に言われて一旦は証言席から離れることになる。
その時にルイ・フィリップ1世は傍聴席にいる俺に向かって深々と頭を下げる。
曲がりなりにも彼は貴族だ。
それも公爵ということもあってか正しい姿勢で俺に謝罪を行ったのだ。
最低でも禁制品である仮想敵国である英国の金塊を持っていたり、息子が反改革派の貴族・聖職者連中を囲って工作活動をしていた事を黙認していた罪は重い。
そしていよいよ、ルイ・フィリップ2世への最終弁論が行われようとしていた。
当初、オーギュストがフィリップ2世にウィンクして挑発させようとするシーンを書いていたのですが、流石にそれはアカンやろと思い書き直しました。




