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54:謁見

「国王陛下ですが、容態は芳しくありません。ですが今はまだお話できる状態です。二人にお会いしたいと仰っておられました」

「分かった……行こう、アントワネット……」

「ええ、オーギュスト様……」


外は薄暗く、気温もかなり冷え込んでいる。

ヴェルサイユ宮殿の廊下も冷えており、国王陛下の容態とシンクロしているようであった。

まだ話せる状態か……。

今日中にもキリスト教のお偉いさんがやってきて告解こっかいを行う予定である。

早い話が聖職者を通じて神様に懺悔と許しを乞うってわけさ。


懺悔ねぇ……。

前世の俺はキリスト教徒でもなかったし、かといって仏教徒でもない。

無神論者というわけじゃないが、正月は神社で初詣をして夏はお盆がてらお寺に立ち寄って掃除したり、クリスマスにはサンタさんからのプレゼントをもらってはしゃいでいた。

つまるところ、宗教についてこれといってピンとこない性質たちなんだ。


今更後悔したり許しを神父さんだかに告げたとしても、それが正しいことなのかは分からない。

死の間際に告げるぐらいなら、俺はその日のうちに悪かった所を改善するように努力するタイプさ。

神様の定義なんて同じ宗教でも宗派によっては曖昧だったり複雑化しているし、存在しているかどうか分からない人物に対して罪の許しを乞うことが正しいのか否かは結論は出なかった。


部屋に入ると立会人が直立不動で俺たちを待っていた。


「どうぞ……奥の仕切りでお待ちでございます……王太子殿下と王太子妃様は手前に置かれている椅子にお座りください。それ以上進むと病に罹ってしまう恐れがございます」

「忠告ありがとう」


立会人の元、俺とアントワネットは国王陛下の最後の謁見の場に臨んだ。

仕切り越しからでも分かるほどに、ルイ15世は苦しそうに呼吸をしている。

ぜーはー、ぜーはーと喉の奥が痰で詰まっているような音だ。


香水を沢山振りかけて誤魔化そうとしているが、それでも少しばかり硫黄のような刺激臭が鼻につく。

きっと身体の免疫細胞が最後まで持ちこたえようとしている証なのだろう。

腐臭に近い臭いを気にしていても仕方ないので、俺から最初に国王陛下に挨拶を行う。


「国王陛下、オーギュストです。只今アントワネットと共に参りました」


挨拶の問いかけに対して、数秒ほど間を置いてから国王陛下がゆっくりとした口調で返答する。


「……おぉ……オーギュスト……聞こえるぞ……だがすまんな……もう、あまり目も見えぬ……余はここでもうじき死ぬだろう……ゲボッ!!!ゲボッ!!!」


痰が喉に絡んで咳き込む音が聞こえる。

話すだけでも苦しそうだ。

聞いているこっちが辛くなる。


「故に、今から言う事は余の遺言である……お前なら大丈夫だ……随分と活発になって……余は嬉しい。そして余よりも遥かに優れた手腕を持っておる……そして、お前ならフランスを担っていける……フランス王国の全権を任せる……」

「……お任せを、フランスを欧州一の強国家にしてみせますよ」

「フッ……よく言うようになったわ……ゲボッ!!!ゲボッ!!!……それからアントワネット……ゲボッ!!!ゲボッ!!!」

「はい、おじい様……」


国王陛下はしばらく咳き込む。

苦しそうに痰がらみの咳をしている。

息を吸い込むだけで辛そうだ。

聞いているこっちまで辛くなる。

落ち着くのを待ってからアントワネットに言葉を託す。


「オーギュストがくじけそうになった時……ちゃんと支えてくれ……こいつは昔から繊細な奴でな……無口だが、その分……溜め込んでおる。誰よりも辛い気持ちや悲しみをな……だから、慰めてやっておくれ……」

「……はい……おじい様……」

「ありがとう……ゲボッ!!!ゲボッ!!!オーギュスト、そしてアントワネット……お前達が望んでいる未来への夢を抱け!……そして……フランスの未来を頼んだぞ……」

「陛下……」

「おじい様……」

「……さぁ、二人とも早く行きなさい」

「「……はい」」


気がつけば、アントワネットは涙を沢山溢していた。

俺も目が潤んでいる。

全く……最近の視界が緩くなるから困ったもんだ。

しんみりとした気分で王の寝室を離れた後、手洗いとうがいを行ってから俺とアントワネットは居室に戻った。


「……ぐずっ……ぐずっ……」

「……」


アントワネットはハンカチが涙でびっしょりになるまで泣いている。

身近な人が死ぬのが辛いのだろう。

俺よりもアントワネットの方が沢山泣いていた。

時間にしてどのぐらい経っただろうか……。

アントワネットは俺の方を見つめてきた。

目を真っ赤にして涙を流しているアントワネットは俺にこう言った。


「オーギュスト様……私は……これから王妃になるのでしょうか……?」

「そうだね……国王陛下の回復の見込みはもうない……あと数日で崩御するだろう。そうしたら俺は国王に、アントワネットは王妃として責務を果たさなければならないよ」

「私……怖いのです……王妃になるのが……とっても……」


アントワネットの身体が次第に震えてきている。

俺は16歳、アントワネットは15歳だ。

俺だってフランス国民数千万人の命を背負わなければならない。

アントワネット同様に、俺もまだ気持ちの整理がついていない。

歴代のヨーロッパ諸国でもかなり若い国王と王妃が誕生することになる。

いくらこの時代の平均寿命が現代に比べて短かったとはいえ、それでもかなり若い部類だ。


国内はオルレアン公爵を筆頭とする反改革派連中を押さえつけていることに成功しているが、それでもまだ逮捕されていない連中を含めると相当数いる。

政治的には安定期に入っているが、それでもこれから反改革派を押さえつけながら改革を推し進めないといけない。


この改革が立ち止まってしまったとき、俺とアントワネットの生命が終わってしまう。

今のフランスはまだまだ経済的に安定していない状態だ。

ユダヤ人投資家や近隣国からの融資を受けているが、各産業の基礎部分を育て上げないと経済は回復しないだろう。

そうなればフランスは他国よりも遅れを取ってしまう。


経済が破綻すれば国民が飢える。

火山の噴火など天変地異が合わさった時、人々から平穏と理性の言葉が消え去って暴徒となる。

暴徒が大挙してヴェルサイユ宮殿に押し寄せた時、フランスは革命を迎える。

革命が起これば最後、君主は不要となり国王である俺とアントワネットは良くて追放か、下手すれば史実通りにギロチン台で首跳ね飛ばし大会の開催が決定してしまう。


それだけは避けたい。

いや、回避して改革を成功させてやる!

俺はこれから降りかかる困難に勝ってみせるぞ!!!

そうした決意を胸に、震えているアントワネットにゆっくりと語りかける。


「俺も……国王になるのが怖いよ。でも、立ち止まっていては前に進めない。これからの時代は俺たちが築き上げるんだ。アントワネット……先程国王陛下もおっしゃっていただろう。フランスの未来を頼むと……だから、俺と一緒にフランスの未来を築いていこう」

「……はい……オーギュスト様……オーギュスト様……!!!あああああ……!!!あああああ!!!!!!」


震えているアントワネットを抱きしめる。

アントワネットは何度も頷いて胸の中で嗚咽をしながらまた泣き始めている。

おいおい、さっきも泣いていただろう!

俺まで涙が出てきちゃうじゃないか!!!

あー、もう目からドバドバと鉄砲水みたいに涙が出てきて止まらない!

全く、国王陛下も最後の最後まで罪づくりな人だよ!!!


俺も気がつけば涙が止まらずにそのまま流しっぱなしの状態だ。

今、一つの王国に立っていた人間が死の間際にいる。

俺は国を託され、アントワネットは夫である俺を支えるようにと願われた。

彼は……ルイ15世は俺とアントワネットの事をしっかりと考えてくれていたんだ。

その想いというのが伝播して、俺とアントワネットの結びつきをより一層に強くしていく。


そして……。

1770年12月22日午前5時54分。

翌日の早朝に国王陛下は俺とアントワネットにフランスの未来を託して息を引き取った。

最後は安らかにほほ笑むような顔で眠りについたそうだ……。

最愛王と呼ばれて多くの女性を愛し、歴史上でも多くの隠し子を産んだとされるルイ15世は崩御した。

史実よりも4年早い崩御であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ご冥福をお祈りします
[一言] 共和派はあくまで弾圧するつもりなのかな? 共和制にするには革命は半ば必須だし。
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