381:日ノ本
……。
晩餐会が滞りなく終わった後、明日から始まる日本使節団との会談内容に関して簡単に内容を整理しながら考えていた。
するとアントワネットが椅子を持ってきて隣に座ったのだ。
珍しい。
普段はこうした作業の際には見守ることはあれど、隣に座ることは殆どなかった。
ちょっといいですか?と話しかけられたので紙に書いていた筆ペンを置いて彼女を対談する。
「どうしたんだアントワネット?何か気になる事でもあったのかい?」
「少々突拍子もないことだと思いますが……オーギュスト様は日本という国をどう捉えておりますか?」
「国としてなら……今後発展の見込みのある国だと思っているよ。大学で学ぶような数学の方程式なども彼らは学んでいるそうだし、蒸気機関の重要性をすぐに彼らは理解できるだろう。ただ、文化的な面としてみれば……まだまだ我々ヨーロッパ人の感覚とは異なった価値観を持っている国でもあるね」
「日本は……周辺国との貿易を限られた場所で行い、殆ど外国の文化とは隔絶している社会で形成されていると伺っております。今日対面した日本人の方と接しましたが……女性と接するのがかなり驚いているようでしたよ?かなり声も高くなっておりましたし……」
「あー……晩餐会みたいに食事をとる文化はあるけど、女性がパーティーを楽しんでいるのは意外だったかもしれないね……そうした面を見ても、文化の違いでもあるんだ」
日本の使節団……恐らく護衛の人だと思うが、アントワネットが挨拶をしたらかなり驚いた様子だったのを俺も遠くから見ていた。
式典や仕来りなどの行事の大部分は男女混合ではなく、それぞれ別々で執り行われていた時代だ……。
それに、女性はそうした祭典などを補佐する役割を担っていた時代でもあるので、晩餐会に出席していたご婦人方も含めて、女性が男性と一緒にパーティーに参加しているというのが驚いているはずだ。
「こうして晩餐会を含めてですが……色々と学ぶ機会が増えております。10年前……フランスに嫁いできた際にもオーギュスト様から色々と教えてくださいました。勉強もあの時のお陰で嫌いではなくなりましたし、二人っきりでいられる時の楽しさのほうが強いですから……」
「そうだね……俺もアントワネットと一緒にいることが楽しいよ。勉強もだけど、こうして二人っきりで過ごす機会って……最近ではあまりなかったからね……」
「仕事もそうですが、オーギュスト様は努力をなさっております。それ故に、お体を壊すほどに無理をなさってしまうのは良くないですよ?」
「うん……」
「初めて……オーギュスト様と夜を迎えたあの日語ってくださった未来への展望……一緒に叶えましょう」
「未来への展望……」
……アントワネットが嫁いできた初日。
俺は彼女にプロポーズがてら、フランスの未来への展望について語った。
本気で国を変えてやる……。
彼女に熱く語ったのだ。
今でもあの日の事は思い出す。
アントワネットを救ってやりたい。
その一心で俺は彼女に語ったのだ。
あれから10年……。
私には多くやり残した事がある……フランスを救ってほしいと……ルイ16世に転生した”俺”の存在によって大きく変わった。
声に応えるべく俺は行動したのだ。
良くも悪くもフランスは生まれ変わった。
フランス革命の要因となった貧富の格差社会も是正するべく、貴族や聖職者への課税を行い、社会構造を変えるべく行動に移した。
初期目標として掲げていたブルボンの改革を成功させ、ヨーロッパでも先進的な国家として西ヨーロッパの覇権を確立することに成功した。
オーストリアとの関係も良く、スペインやポルトガルとも良好な関係を築けた。
……だが世界はどうなった?
革命思想による内乱によりグレートブリテン王国は虫の息に、アメリカ合衆国は成立せずに北米連合という国家となっている。
ラキ火山噴火が史実よりも早く発生したことで、東欧や日本でも飢餓が発生している状態だ。
ロシアは偽皇帝が勢力を拡大し、没落したグレートブリテン王国に代わって植民地獲得競争にプロイセン王国が参戦したことにより、欧州協定機構が早くも対立し始めている。
平和とは程遠い世界になりつつある。
混迷、混乱、混沌……。
暗い、暗い時代に世界は飲み込まれようとしているのだ。
アントワネットと幸せに暮らしていける世界……。
史実以上にこの世界では戦争の脅威が増していくだろう。
おそらく世界大戦規模の戦争に発展する兆候が出始めている。
新市民政府論を基に建国したロンドン革命政府は欧州協定機構軍によって打倒出来た……。
だが、今後の見通しはどうなっている?
北米連合はオルレアン派の残党や中立派だった貴族など、犯罪疑惑が掛けられている者の身柄引き渡しを拒否しているし、その北米連合ではラキ火山噴火の影響で東海岸北東部の農作地帯に甚大な被害が生じたことで、農作物を中心に取引をしていたニューヨークの投資信託会社が経営破綻したことがきっかけとなり、北米連合内で組合や会社の連続倒産が発生しているという。
これに伴い、北東部では財政破綻寸前の地域も出ているらしく、経済保護の為に「北米複合産業共同体」という東海岸随一の生産能力を誇るという会社が連合政府に対して自治権への発言権などを引換として経済支援を約束したという。
北米の工業地帯として投資や整備が進められているボストンやニューヨークといった地域は、この北米複合産業共同体という会社は、新大陸動乱後の北米経済を支える為に発足した労働組合が元となっているらしいが、現在では政治に口出しできるだけの権力や資金力があるようだ。
次にプロイセン王国とポーランド……。
プロイセン王国はグレートブリテン王国の動乱後に発言力と軍事力を増強させており、情勢不安なポーランドを武力併合しようと試みているのではないかと囁かれている。
これも国内で農作物の不作が起こり、政治・経済の不安定化を避けるためにポーランドへの軍事侵攻を企んでいるのではないか。
そしてポーランドもポーランドで、親ロシア派の貴族たちがロシア帝国が正統ロシア帝国に負けそうになっている現状、ロシアを見限ろうとする貴族勢力との間で議会が混乱状態だと聞いている。
そのロシア帝国や偽皇帝が指導者として手腕を振るっている正統ロシア帝国も、今後の情勢不安の材料として大きくのしかかる。
もうじきグスタフ3世が率いるスウェーデン軍が国境を越境してロシア帝国になだれ込むだろう。
北方戦争で失われたスウェーデン領を取り戻すために起こすであろう軍事行動……。
国内が安定しても、諸外国で戦争や情勢不安が起これば結局は不安定のままだ。
……であれば今後フランスが国家として取るべき方法は一つ。
『戦争に負けないための国家作り』
……何とも皮肉なことだろうか。
俺はこの世界にやってきてから史実フランスが歩んでしまった植民地戦争とそれに続く戦乱の時代を避けようとしてきた。
無益な戦争には口を出さないようにしていたが……綺麗ごとを言っている場合ではないのだ。
オーストリアとは武器・兵器の共有化を……そして、日本とは将来的に東アジアへの軍事拠点として機能できるように整えておく必要がある。
内政で経済や政治情勢が良くなっても、諸外国との戦争に負けて国民平等政府のような連中に我々が辱めを受けたら……自由になるのは死体になったときだけだ。
アントワネットを史実のような運命にだけはさせない。
守らないといけない。
そしてこの世に産まれてきたテレーズとジョセフを守り、この国の未来のために……。
俺は未来への展望を守るための戦いに参加する覚悟を決めたのであった。




