376:夫人を想う
議論が進められたが、この日には最終的な決定までには至らず、明日の午後5時ごろまでに内容を精査して最終的な判断を内閣で決定することになった。
この時代では国王が何でもかんでも決めてしまうことができるが……やはり、周辺国の政治的な場面では閣僚達で決議したほうがいいだろう。
無理に国王の独断専行で何でもかんでも決めてしまうとかえって危険だからね……。
とはいえ、俺も王太子から国王になったころにはバンバン独断専行で政治改革をしていたものだ。
……今思い返せばHOBFよろしく、歴史シミュレーションゲーム感覚でどしどしと実行していたよね。
ホント良くこれだけやっても暗殺されていないのが不思議なぐらいだ。
一度アデライードによって殺されかけたり、オルレアン派による謀略未遂事件もあったりはしたがね。
帰りの馬車の中で、俺は今までの事を思い出すように考えていた。
そして、歴史改変小説でよくありがちな「もしも○○が○○であったら……」というIFストーリーが展開されていたらどうなっていただろう?
……もしも、アデライードが暴発せずに父親であるルイ15世との関係が修復していたら?
……もしも、デュ・バリー夫人がアントワネットの相談相手となって関係を構築していたら?
もしかしたらあり得たかもしれない展開……。
アデライードが暴発したことで、フランス王国の歴史は大きく変わった。
俺が知っている歴史では彼女はフランス革命を生き延びることが出来た。
しかし、この世界では精神錯乱を起こした上にデュ・バリー夫人を殺害し、ルイ15世に深い傷を負わせてこの世を去ってしまった。
アデライードは確かにあまり好きになれない人物であった。
王族であることに誇りを持っていたとはいえ、婚期を逃してルイ15世からしてみれば泥を塗られた気分であっただろう。
それ故に、仲間内でデュ・バリー夫人へマウントの取り合いをしていることに精を出すことによってフラストレーションを発散させていたんだと思う。
ただ、もし生きていれば彼女に見合う相手を見つけて結婚の仲介ぐらいは出来たのではないかと思うのだ。
王族故に、結婚相手が限られてしまうのが難点であるが、それでも彼女は三十代……十分に結婚しても問題ない年齢だし、言動や性格さえ改善されていれば相手が見つかっていたかもしれない。
そうしていれば、赤い雨事件を起こすことはなかっただろう。
それに、赤い雨事件の過程でデュ・バリー夫人を失ったことに関して、今になってみれば彼女を失ったのはフランス王国にとって大きな損失であった。
デュ・バリー夫人は宮殿の政界に詳しかったし、史実では宮殿を追放されたとはいえ、比較的裕福な生活で過ごしていることが出来ていた。
もし彼女が生きていれば、今でも政治界を中心に影響を保持していただろうし、こちらの世界ではアントワネットとの関係も良好であったことから、ランバル公妃と同じく良き相談相手として重宝しただろう。
惜しい人を無くしてしまったものだ。
今思い返せば政治的・経済的にも彼女の影響力は大きかった。
彼女を失ったことで、オルレアン派が勢いをつけた上に、ポリニャック伯爵夫人の発言権が史実よりも増大し、結果的に宮殿の内外に中立派という政治派閥を作ってしまった。
もし、デュ・バリー夫人が生きていれば……目を利かせて色んな派閥とのパイプ役として立ち回ってもらえただろう。
転生して早10年……。
もう10年が経過したのだ。
フランス王国は大きく変わった。
この国はルイ16世……もとい、未来から転生してしまった人間である「俺」の存在によって歴史が変革を遂げたのだ。
貴族や聖職者による納税を義務化したお陰で、国内の借金額も大きく減った。
不正行為などを行った者の財産を国庫に納めたことにより、それまで収支の倍以上の赤字を出していたフランス王国の経済情勢は改善した。
というか、今までが赤字続きでよくこんな状態で経済を回していたなと頭を抱えるレベルで赤字まみれだった。
さすがにこれではイカンという状態になったので、ネッケルを中心とした改革派による財政健全化に取り組んだ事と、ハウザーの伝手を使ってユダヤ人たちから助けを借りて国内の金融界隈の調整、改革を推し進めて貰った。
そうした努力によって今では年間3000万リーブルの黒字に転じている。
元々金融関係で力はあったが、それ故に人々から高利貸しとかあくどい商売をしていると数世紀に渡る迫害を受けていたユダヤ人への本土での居住権の自由や信仰を認めた事で、彼らからの信頼を勝ち取ることが出来た。
史実でも革命直前にユダヤ人への寛容令を出していたわけだが、こちらでは改革を始めてすぐに寛容令を発布し、その見返りとして政府に協力してもらうように要請したのだ。
彼らが培ってきた金融・経済システムをフランスに組み込むことにより、収支が大きく上がったのだから、やはり保護して大正解であった。
とはいえ、未だにユダヤ系への偏見を持っている人も多くいるので、時間をかけてそうした偏見をなくせるように政府が取り組まないといけない課題もあるけどね。
そしてサン=ドマングや青龍の開発と販売網の拡充により、コーヒーやサトウキビの栽培も順調に進んでいるそうだ。
これから蒸気機関が発展すれば、さらにこうした第一次産業で栽培された農作物を工場で加工して、より高値で売れるようになるだろう。
今はラキ火山噴火の影響で経済こそ落ち込んでいるが、これから再び経済が勢いを取り戻せばフランス全土での工業化も推進して発展させていくつもりだ。
工業化で欠かせない蒸気機関の普及も全土で進んでいる。
史実では19世紀になるまで普及しなかった蒸気機関が、物凄い勢いで開発と研究、並びに生産が行われており、今現在は高圧式蒸気機関の生産が始まっている。
より効率の良い高圧式蒸気機関が工場に投入されれば、工業製品も増えていくだろう。
製造業の発展が進めば、そのうち産業革命の黄金時代がフランスで再現されることになる。
今のうちに環境対策なども行っておいたほうがよさそうだ。
さて……。
あとはテレジア女大公陛下の健康が心配だ。
あの方が今年を乗り切ることができるかどうか……。
史実ではテレジア女大公陛下は今年の11月ごろに風邪を拗らせてそのまま亡くなってしまう。
晩年はヨーゼフ2世との関係が悪化し、オーストリアも時代の流れに揺らぎ始めていた。
そしてテレジア女大公陛下は最後までアントワネットが無事にフランスでやっていけるのだろうかと心配しながらこの世を去ったと言われているが、その不安はフランス革命が発生してそのまま革命の業火に巻き込まれて処刑されるという最悪の結末で幕を閉じた。
しかし、この世界では歴史を変えてしまったこともさることながら、息子のヨーゼフ2世陛下との関係も良好であり、精神面での調子は良さそうだ。
ブルボンの改革に倣ってウィーン改革を実行し、今ではヨーロッパ地域においてフランスに次いで先進的な改革を進めている国家である。
テレジア女大公陛下にはこれからも元気に過ごしてほしい。
……それから、アントワネットやテレーズ、ジョセフと過ごす時間を増やしていこう。
これからは以前よりもゆったりとした時間を過ごせるようになる。
今までは仕事仕事で構っていられることが少なかったからね……。
父親らしく、家族との時間を大切にしていこう。
ヴェルサイユ宮殿に戻る馬車の中で、そう考えていたのであった。




