356:倫敦潜入(中)
「旧ロンドン塔……現在の化学総合開発局ですが、我々が予想していたよりも厳重な警備体制が敷かれております。少なくとも地上の警備は国会議事堂や革命政府首脳陣の宿舎と同じぐらいに警備の目が厳しいです。兵士も24時間交代しており、潜入は容易ではありません」
アンソニーらに渡された資料には、兵士の巡回時間や警備人数などが示されているが、通常の陸軍基地における巡回人数よりも倍以上に多く、それもロンドン蜂起の際に国民平等軍に採用された市民ではなく、蜂起に賛同して王国を裏切った職業軍人らによって警備体制が構築されていたのだ。
それも、分かっているだけで二重、三重の警備体制を敷いており、持ち出される爆弾をロンドン塔から出すために3回以上の検問を受けなければならない。
この化学総合開発局に対して門番に成りすましたり、門番を買収をしてから潜入する手段も考案されたが、相手に補足されるリスクを鑑みて却下されたのだ。
「三重のチェック体制を敷いているのか……やはり、この場所で爆弾を作っていることは間違いなさそうだ。この化学総合開発局に持ち込まれている馬車については特定は出来たか?」
「はい、ロンドンを拠点に活動している『テムズ運輸』の馬車が出入りをしております。元々蜂起以前は中堅運搬会社として主に鉱石資源の運搬を中心に行っていた会社です。積荷の取り扱いに長けているので、恐らくその信頼も兼ねて爆弾の原料の運搬について任されているようです」
「このテムズ運輸の馬車の動向は……黒か?」
「はい、間違いなく黒であると確信しております。オックスフォードの戦いの一週間前までに「テムズ運輸」やその系列の運搬会社が保有している複数の馬車が化学総合開発局にひっきりなしに訪れていましたから……系列社員から話を伺いましたが、爆弾を輸送していたものであるのは間違いありません」
「話を伺ったか……さては買収したのか?」
「ええ、化学総合開発局へ物資を運搬しているテムズ運輸の運行管理責任者がギャンブル依存症でしてね。相当負けが込んでいた債務者でした。我々が接触した際に、借金の肩代わりする代わりに重要な情報を書類付きで渡してくれました。」
クリスタは化学総合開発局ではなく、爆弾の材料を運んでいる運行管理責任者を買収していた。
しかも、比較的警備の緩い人材を調べ上げ、相手の弱みを握って情報を引き出したのだ。
ギャンブルで首が回らないほどの債務者であったが、接触して互いの利益になると説得し、会社で保管されていた化学総合開発局に関する機密書類を渡し、それを調査班が買い取ったのだ。
「なるほど、門番や施設の職員の警備が固いのであれば、それに関わっている立場の弱い関係者を落していくのか……古典的ではあるが、最も効果的なやり方だな」
「ええ、男性にとって弱いものはお酒とお金と女性ですよ……特に、問題を抱えている人ほどこの三つのうちのどれかに当てはまりますから……そこを突いてしまえば後は芋づる式に情報も引き出していけますよ……こちらがそれらの情報を集めた資料になります」
人の弱みは酒と金と女……それは何処でも変わらないらしいとアンソニーは内心思っていた。
それにしてもクリスタという女は油断できない。
おとなしい見た目とは打って変わって、やるときはとことんやっている。
それも、とびっきりの成果を短期間のうちに挙げているのだ。
これは本国に帰還した際に、上司に昇給してもらうように進言しなければ……と思いつつ、渡された資料にアンソニーは目を通す。
『化学総合開発局一階の見取図、および旧ロンドン塔との比較について』
旧ロンドン塔は元々要塞として建設された建物である。
長年に渡りロンドンの防衛施設として機能を果たしており、政敵や王族間の粛清現場となったこともしばしばある。
化学総合開発局となった今でも要塞としての機能は健在であった。
塔の周囲には城壁があるが、その城壁にはバリスタとマスケット銃を構えている兵士で警備されており、警備は極めて厳重だ。
元々軍事施設だったことの名残からか、礼拝堂や病院なども併設されているが、これらの施設は今では殆ど使われていないようだ。
いや、正確に述べれば本来の使われ方をしていないと言ったほうが正しい。
見取図では病院だった場所は「兵員宿舎」に、礼拝堂に至っては「資材保管庫」と記載されており、この要塞を守っていた王室の近衛兵たちの運命は十分に察するべきだろう。
アンソニーは目を光らせて資料を熟読してクリスタに尋ねる。
「こ、これは……ロンドン塔の情報収集の為に必要な内部資料があるではないか!」
「ええ、でもあくまでも彼らが外部の人間に見せても問題ないと判断された場所までです。爆弾を作っていると思われる階層の説明は何もされておりませんから。あくまでもロンドン塔の見取図に加えてそこまで大幅に変更されていない出入口付近の情報のみ……といったところでしょうか?」
「いや、これだけ資料があるだけでも十分に役に立つ……あとは、情報を照らし合わせて場所を把握すればいい」
旧ロンドン塔の資料は亡命したグレートブリテン王国の軍人が持っており、国土管理局ではロンドン塔の資料と、今回クリスタが見せてきた資料と照らし合わせて違いなどを検証する。
改装などが施されている場合には、図面の形状などが変わっているので、最も分かりやすい。
検証をしていくうちに、それまでのロンドン塔には無かった設備が増えていることにアンソニーは気が付いたのだ。
「これはテムズ川に通じている管か?古い資料では確認できなかったが……これは?」
「それは蒸気機関の動力源となっている装置ではないかと見込んでおります。水力を利用して鉱石などを加工し、爆弾を製造していると推測されます」
「つまり……この装置を辿った先に目標の施設があるというわけだ」
化学総合開発局は、施設の関係上排水機能が必要不可欠のようだ。
蒸気機関を利用して爆弾の製造を行っている関係上、大量の水と工業用排水が出されているらしく、その排水口も拡大工事をして大きくしたのだという。
テムズ川に近いこともあり、警備の厳重な正面から侵入するよりも管などが通っている場所から潜入しやすい。
それに、川の近くということもあり、音も飛び跳ねたりしなければ気づかれにくい。
「テムズ川の近く……情報を見る限りではこの場所から潜入するのが無難だな……」
「どうしますか?明日にでも作戦を実行しますか?」
「いや、明日は化学総合開発局の周辺を下見しよう。情報が本当に正しいかこの目で確認してから実行に移すつもりだ」
実際に下見をしてから化学総合開発局の破壊プランを練る。
すでにフランス陸軍が作成した爆発物を詰め込んだ樽もあるが、やるからには徹底して破壊しなければならない。
中途半端な攻撃では再建されてしまうだろう。
アンソニーはそれから仮眠をとってから早朝から昼頃まで化学総合開発局周辺の下見を行った。
要塞の弱点を探り、横目に映る「貴族関係者」や「造反者」が吊るされた柱を見て、フランスがこのような状況にならないようにと奮起するのであった。




