31:終焉と再生
作者からのお願い:どうしても内政のお話を組みたいのでこの話を含めて4話ほど真面目モード(当社比)になります。
ご了承ください。
☆ ★ ☆
西暦1770年7月20日
ようやく徹夜続きの日々が終わった……。
時刻は午前8時30分、久しぶりに7時間も睡眠することができた。
ここ最近は午前3時頃まで起きているのがザラにあった。
15歳にして肉体的疲労が既にピークに達していそうだ。
朝食を食べているけど、ここ最近はアントワネットと一緒に飲むホットミルクが胃に染み渡るぜ……。
国王代理として任についてから早3週間が経過した。
状況は少しずつだが改善し、何とか国内における情勢不安の心配は乗り切った。
宮殿内であってはならない事件が起こったので、真っ先に守衛や傭兵そしてヴェルサイユを担当している憲兵隊の大改革をトップスピードで行った。
主な改革としては人員整理と来客の荷物チェック、警備管理などを一斉にマニュアル作成を行い、問題が起こった時は先延ばしにせずに直ぐに上に報告するようにした。
これも本来だったらルイ15世とかがやるべきだったんだけどなぁ……。
俺が前から問題にしていた警備の穴を先延ばしにされた結果がこれだよ!!!
自分でももっと気を付けるべきだった。
というか強く粘るべきだったと後悔している。
思っていた以上に事態が流動的だったのがいけなかった。
いくらアデライードでも暗殺まではしないだろうと思っていた矢先にコレだ。
想定が甘すぎたのだ。
こればかりは自分の不手際だったと言える。
俺だけでなくアントワネットまで危険な目に合わせてしまったわけだからね。
安全の為にアントワネットを故郷のウィーンに帰郷させようか本気で悩んだほどだ。
アントワネットとオーストリア大使と長時間相談したんだが、アントワネット本人が俺と一緒にいたいと言っていたから留まることになった。
最初は俺と大使さんの二人で説得したんだけど、アントワネット曰く「オーギュスト様が悩んでいる時にお傍にいて力になりたい」といってどうしても食い下がっていたんだ。
なので俺と大使さんもアントワネットの熱意に負けてしまったというわけ。
アントワネットのお母さんもさぞ肝が冷えたに違いない。
だからもうこんなことを繰り返さない為に改革と改善は絶対にやらないといけない。
アントワネットの命を預かっている以上、これ以上の失態を許せばフランス・オーストリア同盟は破綻してしまう。
なので真っ先に混乱するであろう国内の治安維持に焦点を当てて集中的に問題解決に取り組んだ。
まず、アデライード派は完全に終わった。
国王陛下・王太子暗殺未遂、そして愛妾デュ・バリー夫人の暗殺はフランス国内だけでなく近隣諸国にも大きな衝撃をもたらした。
当然、アデライード派のメンバーや彼女たちと親しかった貴族や聖職者などは真っ先に捜査対象となって憲兵隊に連行してもらったんだ。
ルイ15世と仲の良かった閣僚やヴェルサイユに出入りを繰り返していた商人、さらに地方で大規模な荘園を持っている大貴族など、その数80名以上だ。
この中でも直接的にアデライードが暗殺の指示を出していたのを聞いていたヴィクトワールら6名の女性の処分は修道院送りであった。
ヴィクトワールや他の女性、そして俺を暗殺しようとした貴族の娘さんの自白から、アデライードが最も頼りにしていた取り巻きの女性に頼んで縄で縛ったという事が分かっている。
そして部屋に突入した守衛からの情報を照らし合わせても彼女達が自白した証言の信憑性が高い事が分かり、ヴィクトワールは止めようとしたがアデライードの暴走を止めることが出来なかった。
故に事件は突発的に起こり、ヴィクトワール達は刃物を突き付けられて止めることが出来ず、直接殺人に手を下したわけではなかったので死刑だけは回避された。
ただし、事の重大性を考慮して事件に深く関わっていた女性陣は身分剥奪と領地・資産没収さらにヴィクトワールは王族から絶縁などを経て修道院で一生を過ごす事になったのだ。
修道院の外に出る事は許されず、一生敷地の中で懺悔を唱える日々になる。
これでも暗殺事件を引き起こした関係者の処分としては軽いほうだ。
ちゃんと身体検査をせずに言われるがままドアを開けてしまった門番の守衛2名は懲戒処分及び5年の労働刑となったし、主犯のアデライードは7月8日の朝に国王陛下が、収容先のバスティーユ牢獄において斬首刑を執行するように俺に命じた。
牢獄に収容されてもひたすらに暴れまくり、爪が剥がれるまで壁を殴ったり頭に裂け目ができるほど強打を繰り返すなど、精神科の医師が匙を投げるほどだったからだ。
「余としては、これ以上娘を苦しめずに楽にさせてやりたい。デュ・バリー夫人の葬儀を早く済ませたいからの……最後だけでも父親として情をかけておこう。オーギュスト、アデライードの刑を執行するように頼む」
「分かりました。では即日中に執行いたします」
7月8日の午後3時15分に非公開による斬首刑が執行されたが、とにかくアデライードは刑を執行する直前まで暴れまくっており、刑を執行するときは両手足を縛りつけた状態で首を切り落としたのだそうだ。
アデライードは最後まで殺害したデュ・バリー夫人へ謝罪の言葉は無く、死の直前まで恨み言を叫んでいたというおぞましい最後であった。
謝罪の言葉は一切無かったという。
報告書を読んでいて思わず恐怖で背筋が凍る思いだった。
彼女の遺体はパリ市内の小さな墓地にひっそりと埋葬された。
大逆罪を起こした王女は、その身をもって神に罰せられたと報じられて生命に幕を下した。
宿敵、デュ・バリー夫人を殺したアデライードは最後までプライドを捨てきれずに自壊して滅んだ。
後世の歴史家が見たら凄まじいサスペンスドラマの展開だと言われるかもしれない。
一方のデュ・バリー夫人は国王陛下を身を挺して守った事で正式に名誉爵位が授与され、デュ・バリー伯爵となった。
無論これは形だけのものであり、彼女の身体には無数の刺傷があったことから国葬を行う際には顔だけが出される形となり、彼女が好んだ花によって棺は景観と死臭を誤魔化すために満たされていた。
ヴェルサイユ宮殿から郊外の立派なサン=ドニ大聖堂へと埋葬される事となり、国葬には国王を庇って亡くなったこともあってか、多くの女性が参列に訪れていた。
アントワネットもデュ・バリー夫人の国葬に参加したが、アントワネット曰く身分に関係なく愛する人を命を懸けて守った彼女の精神は立派だったと涙ながらに語るほどだった。
また、重傷を負った国王陛下はゲッソリと痩せていた。
さらに腹部を深く切り付けられたこともあってか、足がしびれてしまうなど後遺症も残ってしまった。
まだ喋ったり意思疎通ができてはいるが、主治医達曰く身体の調子がよろしくないので年を越せるかどうか分からないと言われた。
なので、国王陛下には最後の役割として色々と社交辞令の付き合い方などを学ぶために2日に1回は顔を出してベッドの傍に行き、彼の話を聞いているのだ。
ルイ15世が今できることはそのぐらいしかないのだ。
決して寝込んでいても女性と夜な夜なご同衾をする気力すら、彼には残されていない。
それ以外のアデライード派は閑職に追いやられたり人事異動になったりもしたが、主犯格の貴族の娘さん以外は処刑にはならずにすんだ。
俺を殺そうとした貴族の娘さんはフランス南部からやってきた地方貴族の娘さんだったらしく、まだ22歳だったという。
美人だしネット小説ならここで(エッチなことをする見返りに)許してやろうとなるが、現実はそうはいかない。
なにせ王太子を殺そうとしたんだ。
こればかりは擁護できず、またアデライードに忠誠を誓ってしまっているので釈放されたら俺が殺される可能性が出てきてしまうのだ。
なので、彼女は非公開処刑を行う事が決定されている。
辱しめを受けないために貴族らしく、最後は本人の希望もあって斬首刑だとか……。
まだギロチンが開発されていないのでゴツイ剣で首をぶった切るらしいが、それでも熟練者が剣を扱わないと一撃で死なないので悲惨なことになるかもしれない。
でも処刑にはベテラン処刑人ことアンリ・サンソン兄貴が執行してくれるみたいなので、苦しまずに刑を執行してくれるだろう。
刑が執行されたら彼女は故郷の墓地に埋葬される手筈となっている。
もし俺が転生しなかったら彼女はアデライードと共に生き延びていたかもしれない。
これは余談だが最も俺個人としては史実でアントワネットを破滅に追い込んだ要因をいくつか作ったポリニャック公爵夫人を追い込みたかったが出来なかった。
というのも、ポリニャック公爵夫人にとって運が良いことにアデライード派とは距離を置いていたのだ。
その為、アデライード派と接点が殆どないポリニャック公爵夫人を宮殿から追放することは出来なかったのが悔やまれる。
そんでもって国土管理局の設立を本日11時に宣言する予定だ。
いささか準備不足と言えるかもしれないが、それでもないよりはマシだ。
俺もそうだが、ルイ15世も守衛も傭兵も閣僚も危機管理が出来ていなかった。
その緩みが今回の大事件に繋がったんだ。
その件を踏まえて国内を大改革する上で必要な手段を取る。
というか取らないと国が滅びかねない。
ネタじゃなくてガチで。
フランスの大改革をやろうぜ!
Do it!
王太子の部屋で俺は四六時中頭をフル回転させながら本日の設立に協力してくれる重要人物の到着を待っていた。
あとアントワネットをサポートしてくれる人も正式に今日から女官長になる予定だ。
今日から本当の意味でフランスは新しい未来を切り開く時がやってきたんだ。
俺は新たな期待を胸に秘めながら、アントワネットと一緒に重要人物との打ち合わせを行うのであった。




