309:落日の王国
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1777年10月3日
(※)ロンドン国民平等政府 ウェストミンスター宮殿
ここは、かつてイギリス議会が置かれており、庶民院と貴族院で政治闘争を繰り広げていた場所だ。
旧庶民院は国民議会場と命名され、行政に関する整備を進めていた。
また今ではこの場所はもう一つの意味合いを持っている。
それは議会だけではなく裁判所としての機能を持たせたことで司法・立法をスムーズに行うことが出来るようになったのである。
最も、今行われているのは『平等』という言葉を借りた独裁的な裁判であった。
元貴族院に設置された国民平等政府主催の『国民裁判』が開催されている。
国民裁判とは、文字通り傍聴席に国民がやってきて裁判を見ることができるようになっているのだ。
また被告人への判決内容を審議する裁判官も国民から選ばれた者達が選出されて判決を下している。
ここだけ一見すれば現代のアメリカのような裁判所システムを運用・実施しているように感じるだろう。
だが、そうした裁判官は正義感が強くて法律に詳しい者達が選ばれる。
つまるところ、国民平等政府のトップであるチャールズ・ハリソンの友人や教授などが裁判官として判決内容を決めているのだ。
従って、法律の抜け穴になっている部分を法改正などで埋め立てた上で、チャールズ・ハリソンの意向に反する者達を重罪に出来るように徹底した弾劾裁判でもあるのだ。
「では、第941回目の国民裁判において判決を言い渡す……被告人ロバート・ハリスは本来されるべき税申告をせずにイングランドの鉱山会社に資金を隠し持ち、更には村役場の者を買収して王党派への武器供与を支援していた……これは立派な国民平等を主とする国民平等政府に対する冒涜と叛逆の意思の現れであることは明白。よって被告人に死刑を宣告する。刑の執行は最短で三日後に執り行うように」
「ちょ……ちょっとそれはないでしょう!俺は一度も悪いことはしておりません!ましてや訴状に書かれていることなんて身に覚えがありません!第一この裁判は法廷弁護士を出席させない一方的な判決で……」
「静粛に!厳粛かつ聖域な裁判所において騒ぎ立てるような行為は許されません。刑の執行を一日早めるように」
「いやだあああああああ!こんなのあんまりだあああああ!」
手を縛られた被告人は泣き叫びながら判決を不服としていたが、両脇の鍛えられた国民平等軍の兵士によって裁判所から連行されていく。
一日に裁判は多い時で10回ほど行われており、いずれも国民平等政府にとって反抗的であったり、王党派に属していた人物への弾劾裁判でもあった。
政治家や企業家のうち反革命的な言動などを行っていた者達は次々と処刑されていった。
……が、逮捕された時点で財産が没収されて政府の管轄下に入っているので、如何に反省しているかが焦点となっていた。
故に、ロンドン中央銀行やイングランド国際貿易会社の幹部で有罪判決を下す予定だった者でも、国民平等政府への財産の寄付と新市民政府論やチャールズ・ハリソンへの忠誠心を見せることで死刑を免れた。
そうした者達には思想教育の免除と引き換えに、国民平等政府が運営している国営企業への要職に就いて、密かに再起を図るために国内で潜伏しているスパイなどに情報提供を行っていたのだ。
それでも今日もロンドンの広場では処刑が止まることはない。
むしろ処刑見たさにギャラリーが集まる程に、人々は熱狂的になっていた。
「殺せ!殺せ!俺たちをだました悪党どもを正義の鉄槌で殺せ!」
「あんたのせいで息子は死んだ!責任を取って死になさい!」
「死ね!死ね!死ね!死んじまえ!」
「薄汚い王党派をやっつけろ!」
「その名誉も道徳も穢してしまえ!」
「時間を掛けて殺してやろう!指を一本ずつ切り落としてやれ!」
民衆は処刑を咎めるどころか、ノリノリで処刑人に、より残虐な方法で殺すようにと叫んでいるほどだ。
処刑されていくのは反革命派……つまるところ、政治的・社会的混乱が起こっても王族を信じて王の為に立ち上がった人達に重罪になるように法律で罪を乗算させて処刑判決を下していたのだ。
先に述べたように財産の寄付と忠誠心を裁判で見せた者達は改心していると判断して温情的な判決をし、尚且つ財産の分与方法なども公表されていた。
故に民衆は悪徳会社であっても財産を分け与えるのであれば……と、了承する代わりに死刑判決が下された者達に怒りをぶつけていたのだ。
自分達を虐げていた者達であると認識していた民衆の前で罪人の首が次々を跳ね飛ばされていき、また王党派に属していた軍人は一斉射撃によって身体に無数の穴が開いて絶命していった。
処刑をするたびに大歓声が沸き起こり、周囲には食べ物や飲み物を売りながらスポーツを観戦するように熱心に見ている民衆。
「あはははは!水兵に入れと脅していた海軍広報官の首だぞ!みんなでサッカーしようぜ!こいつの首がボールな!」
「おっ、それいいな!顔がぐちゃぐちゃになるぐらいまで遊んでやろうぜ!」
「ちょっと!この指輪は私が見つけたんですのよ!指ごと切り落として奪おうとするのはやめてくださいよ!」
「いいじゃないの!その男は指輪3つも付けているじゃない!私にも一本頂戴!」
「首飾り!その首飾りが欲しいわね!」
さらに、殺された死刑囚の首でサッカーをしたり、死んだ死刑囚の遺体から宝石や首飾りなど身につけていた物を奪い合う光景が日常茶飯事になりつつあった。
下手な宝くじを買うよりも利益が出る。
そんな中で起こっている狂気的な光景にゾッとしながらも、建物の窓ガラス越しから眺めている者達がいた。
「クソッ、一等地だから我慢しているが……本当に処刑はいつまでやるつもりなんだ……」
「自分達の気に食わない人物が慈悲なく無惨に殺されていく様子を楽しみたいんだろう?何なら耳栓を貸してやろうか?」
「……ああ、頼む。もうじきロンドンが解放されるまでの辛抱とはいえ、こればかりは慣れないな……」
「いつだってそうさ……デオンさんの言われた通り、情報収集を徹底していこう」
彼らは国土管理局外地管理部イギリス調査班に属している者達だ。
その中でも最も危険が伴うロンドン国民平等政府の中枢に近い場所での諜報任務を担っている。
ウェストミンスター宮殿の近くにあるアパートの一室を借りており、ここでは7人の諜報員が活動していた。
基本的な諜報任務の方針としては、政治の中枢に潜り込むのはハイリスクであり、行政担当などの革命政府における中堅クラスの職員の動向などを注視する方針で決めていたのだ。
政府が重大な行動を起こす際には、必ず中堅クラスの人員に動きがある。
特に、行政では金の流れが視覚化できるので、行政府に協力者を紛れ込ませた上で毎週月曜日と木曜日に政府から認可された帆船漁船に暗号化された手紙の入った箱を渡し、海峡を巡回しているフランス海軍に接触して渡しているのだ。
それにより、情報共有が出来ていたのでフランス側も彼らにしか分からない暗号を使った手紙でやり取りをしていたのだ。
「遅くても来年の初頭には欧州各国でグレートブリテン島を攻略するそうだ……あともう少しでこの騒ぎも治まるかもしれない……だから俺達は今まで通り、任務を全うしていこう」
「……そうだな……できる限り早く終わってほしいよな……このクソッたれな任務は本当にコリゴリだ……」
「ああ、俺もだよ……早いとこ、情報を仕入れて終わりにしようか……」
ヨーロッパの国々は反乱を鎮圧できず、内政でグダグダしているイギリス王国に見切りを付けて独自に侵攻計画を練っているようだ。
イングランド解放を目指した欧州協定機構が作成した奪還作戦には、大国間の利益分配なども含まれていたが、一応は真っ当な正当化を述べていた。
もはや弱体化し、分裂しているイギリスは自壊の道をたどっている。
しかしながら国民平等政府への支持は厚く、貧民層を中心に数十万人規模の即席軍人としての教育が行われている。
地の利は国民平等軍にあるので、市街地戦では苦戦するだろう。
また、王国の意向を無視して諸外国の軍隊がイングランド方面に海上から侵攻するのでイギリス王党派は、彼らを歓迎するしか生き延びる道はない。
混迷のイギリスに待っているのは更なる地獄へと舗装されたいばらの道であった。
(※)フランスでの呼び方はロンドン革命政府




