288:厳戒態勢
……。
仮眠を貪ってから朝食を食べ終えて、一緒に行きたいと駄々をこねるテレーズを宥めて服を着替える。
今日はヨーロッパ中から要人がやって来る。
変な服装して笑われるのは御免だ。
ビシッと引き締まった礼服を着ていくのが良い。
この時代にも現代に通用するレベルのカッコいい服装はちゃんとある。
召使い長が慎重に持ってきてくれたのは黒色で統一した上着だ。
「陛下、お待たせいたしました。こちらが昨日仕立て屋がお作り致しましたフロックコートでございます」
「おぉ、これがフロックコート……!想像していたよりも良く出来上がっているな!」
軍服のように凛々しく、それでいてカッコいいデザイン……。
それがこのフロックコートだ!
元ネタはポーランド軍人が身につけていた服装だったけど、それがプロイセンなどに普及し、18世紀中期ごろまでにはそれなりにフランスでも取り扱っていた服の一つだ。
フリードリヒ2世もフロックコートを着ている事で有名だし、割と最近の防寒着としてはこれが一番最先端でカッコいい服だ。
せっかくの国際会議の場という事もあり、ちゃんと見栄えの良い服を王室御用達の仕立て屋に頼んだ甲斐があったぜ。
『あまり豪華絢爛ではなくていいから、黒色でビシッとした威厳を保つ雰囲気のフロックコートを作ってほしい』
……と注文して、昨日完成したばかりの新品だ。
触り心地も中々良い。
防寒着としても優れているので冬場真っ盛りの今では本当に有り難い存在だ。
現代のモーニングコートのような触り心地に、思わずテンションが上がってしまう。
(ほぉ~……で、このフロックコートの下に袖なしベストを着こんで行けばいいのか……これにYシャツとネクタイを装備すればサラリーマン時代に戻るような気分だぜ)
この時代には、既に現代で言う所のスーツの下地ともいえる服の基盤が完成されつつあった。
なので、それに重んじてこの時代でも奇抜と思われないように、そしてちゃんとした礼服としての機能も兼ね備えているので一石二鳥だ。
立襟なのでピシッと決まっている。
身長が185センチオーバーの俺にとって、このフロックコートを着ているだけでもかなり雰囲気が渋くなる気がする。
威厳もマシマシになるので、これでさらに黒帽子を被ったらまるで気分はゴットファザーだぜ。
(確か現代のスーツの原型になった服装だっけ?うーむ、たしか会社の同僚の結婚式で上司が身につけていたのもフロックコートだったよね……いやはや、これ現代なら数十万円はする服だよなぁ……やはり、軍服の元ネタになった服は基本的に見栄えしやすいからカッコいい……写真機がないこの時代でも、油絵や肖像画で描かれるような服は、大抵カッコいいものだ……)
そんな感じでフロックコートに感動していると、アントワネットが着替えを済ませたようで、俺に美しいドレスを見せてくれたのだ。
アントワネットは赤地の花模様などの刺繍が特徴的なローブ・ア・ラ・フランセーズを身に纏っている。
もうじき春も来るだろうし、色柄もいい感じだ。
「どうですか?」
「おぉ、この模様がいい感じだね!きっと会議でも注目が集まる感じだよ!」
「ふふっ、ありがとうございます……うぅっ、それでもちょっと寒いですね……」
「流石にそれだけだと寒いだろうから毛皮を羽織っておこう」
「ありがとうございます。やはり毛皮は温かいですね……」
やはりドレスだけだと寒そうなので上着を羽織って寒さをしのぐようにアドバイスをする。
毛皮は割とこの時代……ロシアが毛皮貿易で財を成していたこともあり、王族や貴族といった富裕層向けには模様などを施した豪勢なモノもある。
現代では代用毛皮や暖房技術の発達で、そうした毛皮を身につける習慣が薄れてきたそうだが、まだまだこちらでは現役だ。
アントワネットが身に纏っているのは模様も付けられており、まさに王族が身に纏うのに相応しい。
それとこのフロックコートは元々軍服として使用されている事もあってか、耐寒性能もそこそこあるぞ。
俺がフロックコートを着ている姿を見たアントワネットは、ちょっと意外そうな顔をしてこう言ってきた。
「なんだか、フリードリヒ2世みたいですわね」
「ん?そういえばフリードリヒ2世はフロックコートを着ていたね……元々軍服がベースだけど、これは身体が暖まるからいいんだよね」
「そうですわね。こうしてポカポカしているのもいいですが、演説しているときは見栄えも良いので、きっと印象に残りますわ」
「ああ、さてと……これであと10分後にブルボン宮殿に出発だから、忘れ物がないようにチェックをしておくか」
「ええ、これで会議での演説をしている最中に寒さで震えないようにしておきましょうね」
「そうだね……震えて宣言文を落としたりでもしたら一大事だからね」
というわけで、寒さ対策も兼ねてフロックコートを着こんでいる。
服装もビシッと決めた事だし、これからブルボン宮殿に乗り込むというわけだ。
ブルボン宮殿での開催については国土管理局でも安全面を考えて調印式はヴェルサイユ宮殿でやった方がいいのではないかという意見もあったが、移動手段やそれに伴う警備面の増大、そして何よりも改革の成果を見せつけるにはヴェルサイユ宮殿ではなく、パリ市内を直に使節団や代表者に見て貰い、評価したほうがいいという意見が主流になったのだ。
『ヴェルサイユ宮殿での宣言のほうがいいんじゃないかと思いましたが、諸外国に国内は改革をしてこれだけ発展しましたと見せつける成果をアピールするなら郊外ではなく首都を訪問させたほうがいいのではないでしょうか?』
『発展している場所だけでなく、市民生活がどういう風に良くなった等を見せることが改革を促進させるための手段です。ヴェルサイユ宮殿も条約締結には良い場所ですが、やはり改革という意味合いであれば都市にある宮殿でやるべきでしょう』
『仮に、ブルボン宮殿で開催するとすれば警備面でも重点を絞って行う事ができます。地区を丸ごと貸切という形で行い、二重……いえ、三重の検問所などを設置し、武器や爆弾などの危険物の持ち込みを徹底して検査を行えば不穏分子の侵入を防ぐことができます』
改革派での会議では、複数の経済学者や高級将校からの進言もあり、パリ市内での視察もすぐにできるブルボン宮殿での開催に白羽の矢が立ったというわけだ。
流石に赤い雨事件のような不祥事を起こすわけにはいかないので、警備は厳重に、そしてチェック漏れなどが起きないように既に通行規制や持ち物検査などを行っているはずだ。
テロ攻撃が一番恐ろしいからね……少人数による政治的中枢への攻撃というのは割と成功しやすい。
故に、思想革命によるテロリズムへの警戒の為、出入口は勿論のことだが、会場周辺にも三重の検問所と持ち物検査場を設けている。
馬車にアントワネットと共に乗り込んで30分、優雅に馬車を走らせているとブルボン宮殿まで500メートルの距離で最初の検問所が見えてくる。
マスケット銃に軍用サーベルを装備し、人の出入りを規制している。
格好からして陸軍の兵士だろうか。
検問所に立っているのはサン=ドマング出身の士官らしく、黒人の男性であった。
しっかりと馭者さんや、俺達に敬礼をしてから検問所で決められたチェックを行っているようだ。
「おはようございます陛下、王妃様!第三検問所の警備責任者を任されております陸軍第3連隊第1中隊隊長のオットー中尉です!只今馬車に不審物がないか検査しております。しばしお待ちくださいませ」
「任務ご苦労。何か異常はあったかい?」
「いえ……今のところ問題となるような事は起こっておりません。市内の様子も交通規制をしている影響でこの辺りは、パリとは思えないぐらいに静かですよ」
「そうか……もし、何かあったら直ぐに部隊に配備されている警報器を鳴らすようにしなさい」
「はっ!心得ております!」
今のところ異常がなくて何より。
そしてオットー中尉も警報器を背中に担ぐように携帯しているので問題はないだろう。
とはいえ、防犯ベルとは違い警報器はかなり大きく……チューバのような見た目をしていてサイズも大きいので準備に10秒ほど掛かるのが難点だ。
それでもホイッスルよりも遠くまで響くので、近距離でホイッスルを吹いてから遠くにいる自軍の部隊に伝えるようにした代物だ。
元々パリの音楽家が試作した楽器だったのだが、あまりにも音がデカくて不快すぎるという理由で没にしていた物を陸軍が買い取って警報器として活用したのが発端だ。
とにかく音が大きく鳴るので、警報器としては優秀だ。
モーツァルトに聞かせたら「聞くだけで拷問ですよコレは!」と半ギレしていたね。
ちょっと待っていると検査が終了したようなので、オットー中尉は頭を下げて通してくれた。
「陛下、王妃様、問題ありませんでしたのでどうぞお進みくださいませ」
「ありがとう、助かるよ」
「ありがとうございますオットー中尉」
「はっ!ありがとうございます!」
俺とアントワネットがお礼を言うと、オットー中尉は嬉しそうにしながらも一瞬で気を引き締めて敬礼して検問所を後にする。
彼のような兵士がしっかりと検問所を見張っていれば大丈夫だろう。
いざ、気合を入れて会議に挑もう。




