281:ヴィーナスの間
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1777年2月19日
ヴェルサイユ宮殿 ヴィーナスの間
おはよう諸君!すごく大変な時期だけど男ならやらねばならない事は優先して片付けようとしているルイ16世だ。
欧州諸国会議まであと1日となった。
この時代ではかなり先進的な試みであり、一度ヨーロッパ各国の状況整理や意思疎通も兼ねて恐らく数年以内に発生してしまうであろう革命戦争に対抗する基盤作りをしなければならないのだ。
革命戦争というのは旧体制の政治秩序を打破して新秩序の構築を図る事であり、本来であれば行き詰った経済状況や政治情勢を打開する手段に用いられる。
政治的な意味合いの革命だと、国王や皇帝を処刑せしめたフランス革命やロシア革命が有名だね。
既存体制を撃破し、新しい新秩序体制に移行したからね。
最初期のフランス革命も貴族や聖職者が持っていた非課税特権者への課税などを行うと同時に、緩やかな改革を望んでいたのもまた事実だ。
しかし、彼らの要求は次第に過激になっていき、国王夫妻を含めた王族や貴族を無条件処刑し、党派を組んで血みどろの戦争と内紛を繰り返した。
ロシア革命でもニコライ皇帝やその家族だけでなく、大勢の国民が処刑されてソビエト連邦社会主義共和国が樹立し、共産党政権による弾圧や粛清によって大勢のロシア人が命を落とし、資本主義陣営への亡命も余儀なくされた。
あれと同じような事が今まさにロンドンで起こっているのだ。
11月中頃から市民による暴動が頻発し、地域への移動制限も出されたにもかかわらず、人々はそれを無視して抑圧的な政府にとうとう反乱を起こした。
当初は直ぐに鎮圧されるかと思いきや、ブリテン島全域に抗議運動や暴動が広がり、その全てを鎮圧する事ができず、ロンドンは今や新市民政府論を主体思想とする革命勢力の支配下に置かれたのだ。
(ああ……いよいよ始まったか……革命の火蓋が切られてしまった……)
1月13日にイギリスでとうとう国民平等政府という名のロンドン革命政府が樹立された事で、ヨーロッパ全体に激震が走っている状態だ。
しかも政府首班として選出されたのはまだ25歳の人だぜ?
いくらなんでも若すぎると思ったが、よくよく考えたら今の俺はまだ23歳なので、俺の方が国王として若い感じなんだよね。
『23歳で国王生活満喫します!』もしくは『25歳から始める革命生活』……某ライトノベルのようなタイトルにして見ても可愛げすらないなコレ、特に後者。
もしかしたら話し相手としてはいいかもしれないけれど、多分「善良な国王だとしても!真の身分平等制度を実現する為に国王を退いてください(真顔)」とか言われかねない。
むしろ言いそうで怖い。
国土管理局が入手した情報によれば一年ほど前までオックスフォード大学の法学部に所属していた学生らしい。
成績優秀で温厚な性格だったようだが経済的な理由で大学を中退し、それ以降の消息は不明だったそうだが……。
一年程前から貧民街の酒場などに繰り出して演説をしていた青年がいたそうで、その青年の演説が聞き取りやすいものだったらしく、かなり好評だったとか……。
これは社会体制に不満をこじらせて覚醒したパターンかなぁ……。
そこそこ良い身分から転落して、そこから演説などを使ってのし上がるストーリー……。
どことなくかのフランス革命で恐怖政治を引き起こしたロベスピエールみたいな人物が爆誕したのだろう。
確かロベスピエールも弁護士を目指して法学部に進学していた筈だから……うーむ、なんというかデジャヴを感じてしまう。
もしかしてこれが歴史を変えた反動ってやつかな?
俺も知らせを聞いた時に、体全体に電流が走ったような感覚すらあった。
まるで某名作ギャンブル漫画のような感じに、ビリビリと伝わってきた。
俺が歴史を変えても、転換期になればどことなく元の歴史みたいな革命が別の国で発生するような仕組みにでもなっているのかもしれない。
誰かを幸せにするのは、その分の犠牲を生み出すという事だって有名なセリフもあったね。
……いや、あのセリフ、ゲームかアニメのどっちだったかな。
このヴィーナスの間にいる会談相手にも、その緊張感が伝わっているようだ。
相手は淹れたてのミルクティーを一口飲みながら、今朝発行されたばかりの新聞を読みながら国民平等政府についての情報を見ている最中だ。
「1月13日の国民平等政府宣言……ロンドン自治体というべき都市政府ですかな?今のところは……」
「しかしながら、その国民平等政府は身分制度の撤廃と貴族や王族の屋敷に眠っていた富の再分配を実施したのだろう?富を撒いているうちは元気になるだけさ……」
「さながら富は肥料であり、それを撒き続けないと民衆という名の草木はいずれは枯死するという訳ですね?」
「そう言う事だ。だからイングランド一帯が制圧された場合には我々としても困るというわけだ。とはいえ、欧州諸国会議でプロイセンや領邦の出方もうかがわない事には始まらないからな……貴殿も苦労の種を抱えたものだな」
「こうした急進的なやり方は、フランスだけではなくヨーロッパ全体で危険が差し迫っているという事ですよ。もしこの急進的なやり方が曲がりなりにも通ってしまうようなら各国で社会体制に不満を抱いている人物がやりかねないですから……」
ヴィーナスの間で新聞を読んでいるのは、何を隠そう神聖ローマ帝国皇帝のヨーゼフ2世陛下である。
彼と一緒にお茶を楽しんでいるよ。
うん、ヨーゼフ2世がやってきたのはオーストリア大公国との経済協定や軍事協力などをフランスから取り付けるのが狙いだけど、それに合わせて今後の情勢を見極めながら方針を決定する重大な案件も協議するために、欧州諸国会議が開かれるついでに一足先にヴェルサイユ宮殿に立ち寄って会議をしようとしているわけだ。
国民平等政府について、ヨーゼフ陛下は略奪した物を分配出来るうちはその勢力を維持できると語っていた。
ロンドンの金融街も貴族の名家が立ち並ぶ通りも既に国民平等軍の旗が靡いているという。
そこで接収した資金を使って兵器や人員の募集などを行っているのだろう。
軍隊を動かすのに必要なのは資金だ。
仁義と人情で動いてくれと頼んでも、それで動ける人間はごくわずかだ。
大抵の人間を動かすには金の力が必要だ。
その次にメシだろう。
「とにかく、兵士を育てるには金とメシがいる。ロンドンは数十万人が住まう大都市だ。食料攻めをされたら先ずは夏まで持たないだろう」
「つまり、それまでに穀倉地帯までを革命勢力が奪取しないと彼らは生きていけないというわけですね」
「そうだ、逆を言い換えればそうした兵士達の胃袋を満たせる穀倉地帯を抑えたら革命政府はしばらくは活動出来るという事だ。欧州諸国が要請を受けて鎮圧をするにしても最低二年ぐらいはかかるだろう」
ヨーゼフ陛下も先見の明がある人なので、革命政府をヨーロッパ諸国でボコボコにするにしてもどれぐらいの期間が掛かるか等を計算しているらしい。
なんでも軍事顧問の人から聞いたり、公国軍の将校からもいくつか聞いているそうな……。
「それにしても、貴殿といるといつも面白いと感じることがあるぞ。いつも斬新な考え方を持って話に切り込んでくる……独創的ともいえるやり方をしているからな。アントワネットも貴殿の事について尋ねると、常に策を巡らせていると聞いているぞ?」
「いやいや、買い被りすぎですよ。あくまでも私は今後の予測を立てながら現実的な考え方を頭の中でひねり出しているだけです」
「それでもだ……それでも貴殿はこれまで王族といえど踏み入ることに躊躇していた改革を悠々と実行に移しているではないか。ウィーン改革も、貴殿のブルボンの改革が成功したからこそ、実施に踏み込めたのだぞ、ほら……女大公陛下からの手紙だ。直に渡してほしいと言われてな……」
そういってヨーゼフ陛下が懐から取り出して渡してきたのは、かのテレジア女大公陛下から俺宛に書かれた手紙であった。




