276:魚鍋
「オーギュスト様!お昼ご飯をお持ちしましたよ~!」
「失礼します。陛下、王妃様がお作りになったお昼ご飯ですが……こちらに置いてよろしいでしょうか?」
「ああ、そこに置いてくれると凄く助かる。色々と悪いなアントワネット……」
「いえ!今の私にできる事はこのぐらいですから……それに、ブリジットが今日のお昼ご飯を作るのを手伝ってくれたんですよ。彼女にお礼を言ってもらえると嬉しいですわ」
ブリジットにもお礼を言わないといけないね。
いつも世話になりっぱなしだ。
今日ぐらいは一緒に昼ご飯を食べてもバチは当たらないだろう。
ブリジットにもお礼も兼ねて昼食を一緒に食べるかと尋ねた。
「ありがとうブリジット……助かったよ。良ければ昼飯を食べていかないか?」
「とんでもございません!陛下のお役に立てれば幸いでございます!ですがお二人の食事をお邪魔するわけには……」
「いいのよブリジット、手伝ってくれたわけだし、一緒に食事をしても誰も文句を言わないわ」
「まぁ、立ち話も何だし、二人ともそこの椅子に座ってくれ」
「あ、ありがとうございます……!」
執務室に招き入れたアントワネットとブリジットの二人に椅子に座るように促してから持ってきてくれた料理を見てみる。
既に良い香りがしているが、今日は寄せ鍋のようだ。
ん……寄せ鍋?!
シチューやコンソメスープではなくまた別の料理がここで登場することになるとは……。
おまけに、鍋の蓋を開けると蒸気がムワッと沸き起こり、眼鏡があれば絶対に曇ってしまっていただろう。
鍋の中には魚とハーブが沢山入れてあったのだ。
「これはまた……随分と具沢山の鍋物だな……これは魚かい?」
「はいっ、パリ郊外の川で今朝釣ってきたばかりのデイスという魚です!冬場なので身の脂が乗っているので美味しいと評判なのですよ!ただ、骨が多いので取り除くのに苦労しましたわ……」
「そしてそのデイスを埋め尽くす緑色の物は……これは野菜か?」
「風邪予防も兼ねてローズマリーやパセリをふんだんに入れております。マルセイユ名物のブイヤベース風に作ってみました」
「おぉ……確かにこれだけ入っていれば風邪予防にはなりそうだな」
確かに冬場では固いパンをひたすら食べるよりは暖かい鍋料理で食べるのもいいのだが……。
鍋の中には近くの川で採れたデイスと、玉ねぎにセロリ……ローズマリーやパセリなどを詰め込んだ野菜とハーブ山盛りのスープだった。
アントワネット曰く、ブイヤベースと呼ばれている鍋料理を彼女なりにアレンジしてブリジットのアドバイスも貰って作ったらしい。
まず見た目は悪くない。
日本海側の魚料理で、こんな感じの鍋料理を出している魚鍋を見た事もあるし、それを西洋風にアレンジしたものだと思えばいいのだ。
色々と考え事が深すぎてしまうと変なことを考えてしまう悪い癖がついてきてしまっているなぁ……俺。
最愛の妻が丹精込めて作ってくれた料理だぞ?
きっと美味しいに決まっている!
それにブリジットがアドバイスをしてくれていたみたいだし、問題ないだろう。
制作者:アントワネット、監修:ブリジット……みたいな感じで映画のエンディングでスクロールに流れてきそうだけど、これはこれでいいんじゃないかな?
さてさて、このブイヤベース風のスープを真ん中に窪みがあるお皿に移してテーブルの上に置けば今日の昼食の出来上がりだ。
アントワネットとブリジットのためにも紅茶を一杯淹れておくか。
ハーブと紅茶の組み合わせによって風邪予防の相性としてはピッタリだもんね。
「これに紅茶を淹れれば風邪予防としてもいいかもしれないね。アントワネット、ブリジット……二人とも紅茶でいいかな?」
「ええ、お願いしますわ」
「本当にありがとうございます陛下……」
「いいってことよ。普段色々と世話になっているからね……こうしてささやかな束の間をゆっくりと過ごしたいのさ……ささっ、紅茶も淹れたから食べるとしようか。アントワネット、牛乳も入れてミルクティーにするかい?」
「ええ!是非!」
紅茶を淹れてからいよいよ食事の時間だ……。
アントワネットはサンドイッチとか軽食系を作ることはあれど、本格的なスープ系の料理を作るのはこれが初めてなのだ。
仮に失敗だったとしても怒らないであげよう。
あとアントワネットが牛乳をよく飲んでいる事もあってか、最近乳の出が良くなったと喜んでいたなぁ……。
匂いも生煮えのようではないし、フォークでちょっと魚の身の部分をグイッと切ってみるとしっかりと火が通っているようだ。
これなら問題なく食べれそうだ。
先ずはデイスを一口頂くとしよう。
「どれどれ……」
「……どうですか?お味の方は……」
「……うん、美味しいね!パセリとかのハーブが結構デイスの中にも染み込んできているから本当に寒い時は身体が温まる料理だよ!」
ちょっとだけ魚を捌いた時に骨が残っていたらしく、口の中でデイスの骨が刺さって痛かったのは秘密だ。
このぐらいの痛みなど問題ない!
味に関しては美味しいか、不味いかの二択を迫られたら、美味しいと感じる部類である。
アントワネットはハーブをかなり丹精込めて入れてくれたみたいで心も身体も温まるが、逆にそれが原因かどうかは定かではないにせよ、風味がハーブ系になっているので魚本来の風味が薄れてしまっているような感じになってしまっているのだ。
しかし、ここでアントワネットを責めてはいけないし、何よりも彼女はわざわざ俺の為にブリジットと一緒に作ってくれたのだ。
文句があるなら自分でお作りになって、どうぞと言われるのがオチである。
思っても口に出して言っていい言葉ではないのである。
……と思っていたのだが、どうやら食べていたアントワネットもハーブを入れ過ぎたと思ったらしく、俺に謝ったのだ。
「そう……ですね、かなりハーブの香りが強い感じですねぇ……少し入れすぎてしまったのかもしれません……すみません、オーギュスト様……」
「申し訳ございません!陛下、王妃様!私が付いていながら……!」
「いやいや、ブリジットが謝る必要はないから!これ美味しいから大丈夫だよ!」
「すみません、私も作っている時に少し加減するべきでした……ブリジット、謝る必要はありませんよ……悪いのは私ですから」
アントワネットが謝ったら、隣にいたブリジットが土下座をする勢いで謝ってきたのだ。
監修をしていたのがブリジットなのは事実だが、やはり申し訳ないと思ったのだろうか……。
まぁ、本当に出されてヤバイと思う料理なら途中で毒味係に止められているだろうし、変な物を料理に仕込んだらその場で捕まるからね。
過去に一度だけ、食材の配達人がデザートに毒物を混ぜ込もうとした事があったけど、未然に防ぐことができたよ。
ちょうど赤い雨事件から1年経った頃なので1771年の7月頃だったな……。
ヴェルサイユ宮殿に届けられた食材は基本的に厳格な安全基準を設けているので、腐っていたり変色がある時点でその食材は捨てている。
……のだが、ある日届けられた食材の中を検査していた際に、フルーツの一部に切れ目がある事に検査係の者が気が付いて開けてみたら銀色に変色していたのだ。
そう、フルーツの中に毒物の一種であるヒ素が混じっていたのである。
腐っているならまだしも切れ目が入れられていた上に毒が盛られている事が分かってそれはもう結構な騒ぎになった。
……で、調べた結果配達人がやったんじゃないかという話になり、配達人を捕まえようとしたけど隠し持っていたヒ素を一気飲みしてしまってその場で死んだので真相は闇の中……。
恐らくアデライードかオルレアンの息のかかった者だろうね。
そんなわけで、ヴェルサイユ宮殿で使われている食材は基本的に厳格なチェックと検査を通過した安全なものしか使っていないので大丈夫だ。
「ほら、スープが冷めてしまうとせっかくの料理が台無しになってしまうよ。ささっ、食べよう」
「そうですね!ブリジットも食べて頂戴!また今度作るときは美味しくできるように頑張るから!」
「はいっ……!」
アントワネットのフォローのお陰でブリジットもメンタルを取り戻したようだ。
誰しも失敗はあるし、失敗は成功の基ともいう。
かの発明王トーマス・エジソンだって言っていたぞ、これは失敗じゃなくて成功に近づけるための実験だから成功なんだぞ!……と。
なお、テスラ博士との対立問題に関しては触れない事とする。
この時代でも既にエレキテルしかり、電気を生み出す原理は解明されつつあるので、ひょっとしたらエジソンが生まれるよりも先に電球が誕生するかもしれない。
それとイギリスに関する事で、アントワネットにも聞こうと思っていた事があったのでタイミング的にも丁度良かったのだ。
昼食のブイヤベース風の魚鍋を食べ終えた俺は、手伝ってくれたブリジットに礼を言った後に、アントワネットと二人きりになって彼女にしか出来ない大役について相談をする事になったのであった。




