274:隠しコマンド
「ん……?この女性は……」
「どうかなさいましたか?」
「ハウザー、このオリーブ・ウィルモットという女性の亡命申請理由が『王室との隠し子を持っている』というものだそうだが……詳しく知っているかい?」
「ええ、その女性はイギリス王室のヘンリー・フレデリック氏との秘密結婚をしたとかで騒がれていた筈ですよ。ただ、ヘンリー・フレデリック氏との関係を証明することは出来なかったので裁判では彼女の主張は退けられたはずです。今から十年以上前にロンドンで相当のスキャンダルになっていたので、ヘンリー・フレデリック氏との間に生まれたとされる娘さんも今は10歳以上ですよ」
「ほう……では、このオリーブ・ウィルモットは娘さんと一緒に亡命したというわけか……これまた強烈な亡命者だなぁ」
亡命申請をしてきたリストの中に、オリーブ・ウィルモットという女性の名前があり、その理由が王室との隠し子というインパクトのあるものだったので注目してしまったのだ。
今現在王位継承を争っているウィリアム・ヘンリーとヘンリー・フレデリックの両者はそれぞれ秘密結婚とか二重結婚、さらには隠し子騒動とかでジョージ3世直々に「お前らちゃんと身分とかキチンとした人と結婚しろ!」とキレて王室に対して厳格な結婚に関する法律を作らせた程だ。
このオリーブ・ウィルモットもそんな女性とのスキャンダルで大揉めしたことのあるヘンリー・フレデリックとの関係を主張するぐらいだから……。
もしかしたら本当に彼の隠し子だったりするかもしれないね。
証明されていないとはいえ、本当に彼の子供だったら彼女は序列ではかなり下となってしまうが、イギリス王族の一員になってしまうぞ。
(だとしたら……彼女の隠し子の主張が本当だったらオリーブ・ウィルモットらを使って取引材料になるか?)
少しばかり考えてみたが……。
いや、ちょっとリスクが大きいな。
変に公言したら絶対に大混乱してしまうよ。
隠し子だと財産等の相続が認めらないはずだし、この時代にはDNA鑑定なんて出来ないしなぁ……ルイ15世も隠し子をポンポン相手の女性に産ませた後は一生暮らしているだけの金額を積ませて黙らせていたという話があるから、この時代なら女性にお金を支払ったので隠し子を産んだ女性との関係はノーカウント!と主張できてしまうはず。
それこそ変に王室の子供だと主張して混乱させようものなら秩序を乱した罪で刑務所行きか暗殺者を送られて人生終了してしまう。
オリーブ・ウィルモット並びにその娘であるオリビア・ウィルモットについては万が一本当に隠し子だった場合に備えておかないとね。
もしもの時の政治で使える駒があれば大いに活用しなければならない。
勿論、この駒は生きているしぞんざいにすることは出来ないのだ。
「……このオリーブ・ウィルモットと、その娘であるオリビア・ウィルモット……交渉の材料にはならないよね……」
「ですが王族の血筋である可能性が高い場合は無下に扱う事も出来ませんので、とりあえずは監視付きで保護するように指示を出しました」
「すまないね……本当は王族の一人ぐらいは来て欲しかったけど、皆エディンバラに行ってしまうとはね……デオン氏も申し訳ないと詫びた理由も分かってきたよ」
「まだスコットランド方面や中部はロンドンに比べたら無事ですからね……やはり危険を察知して退避したと見るのが自然かと」
「もしかしたら例の革命勢力が宮殿に迫っていたのかもしれないね。身の危険を感じて必要最小限の荷物をまとめて行けば短時間で済むからなぁ……」
王族関係者の亡命に関しては予想よりも早くにロンドンからバーミンガム、そしてエディンバラに素早く移ってしまったこともあり、フランスへの亡命ないし避難してきた王族関係者は2人だけだった……。
2人といってもメイドや王太子の世話係をしていた人物であり、現在では殆ど政治的な意味合いでは関わっていない人物であった。
そして直系の王族に至っては誰一人……フランスには来ませんでした。
最終日までギリギリ待っていたけど誰一人我が国に亡命しに来ることはなかったです。
理由は大きく分けて二つある。
まず一つ目は先程も挙げたようにエディンバラは安全だったこともあり、優先順位的にそっちに向かうことが先決であった事。
イギリス全土で騒乱状態となっているけど、エディンバラを含めた北部では暴動も鎮圧されて治安もロンドンに比べたら安定していることから政治的機能をエディンバラに移して、臨時の首都機能として役割を果たしている。
そして革命派が混じっている可能性も鑑みてロンドンからの避難民の受け入れを厳しく制限している状態だ。
火の手が上がり、兵隊と革命思想を信仰する者達で戦場と化したロンドンに留まるよりも騒乱が治まるまで外国で避難しようとしてやってきた人の割合が高い。
もう一つは我が国とイギリスとの関係の問題だ。
今現在は双方に大使館や領事館を置いている関係上平和は保たれているが、それでも仮想敵国状態なので心の底では信頼していない事、また亡命するにしてもフランスよりも友好国であるプロイセン王国や領邦諸国の方に向かう人の方が多い。
実際にフランスが助けた亡命希望者もフランスを経由して友好国や第三国に向かうと回答しているのだ。
「まだまだイギリスの間では関係の溝があるという事だな……」
「そのようです。我々も受け入れ態勢を整えていましたが……イギリスでは地位が高ければ高いほどフランスへ行きたがる人は少ないようです」
「やはり七年戦争の事が尾を引いているのかなぁ……これに関しては教訓として対英戦略の練り直しを行うべきだね」
「はい、既に国土管理局では今後の対英戦略において練り直しをしている所です」
「ああ……これに関しては同じ轍を踏まないように教訓にして次回に活かそう」
イギリス王室やそれに準ずる王族関係者の誰か一人でも亡命してきたらいいかな~と思っていたのだが、残念ながら失敗に終わっていたのだ。
まぁ、全部が上手くいったら誰も苦労しないよね。
今現在ロンドンにある宮殿は、王国騎兵隊といったイギリス軍の中でも精鋭である熟練兵によって守りを固めているらしい。
逆にそれ以外のロンドンの要所は陥落ないし革命勢力と交戦している真っ只中だそうだ。
デオン氏がプランGBの結果報告と、王族関係者の亡命失敗の件で大トリアノン宮殿で報告した際に、ひたすらに頭を下げて謝罪したので俺はそれに関してはしょうがないと彼女に対して許しを行った。
むしろデオン氏が予定よりも早くプランを発動するように進言してくれたお陰でフランス軍の被害も殆どなかったのだ。
彼女のお陰で犠牲者を最小限に食い止めることが出来た上に、目標の8割以上を遂行することが出来た。
彼女には謝罪する必要はないとした上で、よくぞ無事に戻ってきてくれたと労いの言葉をかけたらその場で号泣されてしまって、その後どんなセリフを言って対応しようかと悩んだのは秘密だ。
政府としてはむしろ最重要人物であったジェームズ・ワット氏とヘンリー・キャヴェンディッシュ氏を引き入れた事に非常に感謝している。
ジェームズ・ワットは史実とは違い、蒸気機関ではなく別の装置を開発しようとしていたらしいが、資金繰りに行き詰まり事業を畳もうとしていたところだったという。
そんな彼に接触した国土管理局の職員は、フランスでの地位と新しい事業の設立に向けてジェームズ・ワットの開発研究事業をサポートするようにいくつもの魅力的な条件を提示し、スカウトを成功させた。
変人として名高いヘンリー・キャヴェンディッシュに関してはデオンが自ら出向いてフランス科学アカデミーからの親書と、フランス科学アカデミーが貯蔵している科学実験資料の模写をいくつか手渡しした上で交渉したらしい。
最終日まで交渉が続けられた末に、ヘンリー・キャヴェンディッシュがフランスに行くことを決断してくれたという。
彼らの活躍があってこそのプランGBだ。
良かった点も悪かった点もまとめた上で、今後のフランスの為に活用していこう。




