269:DEFCON3
会議を終えた俺はアントワネットとテレーズが待っている寝室に足を運ぶ。
今日は三人でゆっくりと明るい話題に触れたいんだ。
こうした重く暗い内容を食事中にでも話したら折角美味しいフルコース料理でもマズイと感じてしまう。
一歩、また一歩大トリアノン宮殿の廊下を歩いていく。
廊下には時折職員がすれ違い、そのたびに俺に頭を下げている。
最初に来たときは一般人だらけでセキュリティーもプライバシー保護もあったもんじゃなかった。
食事や寝室で寝るときですら一般公開という罰ゲームに等しい行いが堂々となされていたぐらいだ。
人でごった返していたヴェルサイユ宮殿やトリアノン宮殿は、今となっては静かで優雅なひと時を過ごせるぐらいに人が少ない。
(転生した直後は人だらけだったけど、今ではこんなに人が少なくて落ち着ける場所になるとは思わなかったなぁ……)
毎日がお祭り騒ぎみたいにどんちゃん騒ぎだったあの頃の記憶……。
今のヴェルサイユ宮殿はフランス政府の心臓部であると同時に、今後は革命思想に対抗するための戦略拠点としての役割を担うことになる。
オーストリア、トスカーナ、スウェーデン、それにクラクフ……フランスの同盟国や友好国と連携して、体制崩壊を望む革命思想から国家を防衛しなければならない。
革命は民衆やそれに賛同する政治家が起こし、それで新政府を樹立すれば全て問題を解決するわけじゃない。
フランス革命では旧体制派や革命に懐疑的な勢力への弾圧を強め、かつて革命を共に喜んでいた仲間ですら不穏分子としてつるし上げを行い粛清を巻き起こした。
ギロチン、銃殺、絞首刑……様々な方法で政敵や民衆を殺し、フランスの大地は敵国ではなく自国民の手によって血で塗装される。
政治的混乱によってフランスの資産は国外に逃げていき、結果的にナポレオンが台頭する頃までフランスは諸外国に遅れを取っているような状態だった。
そんな王であるルイ16世にとって悪夢のような出来事を繰り返すなんてのはもってのほかだ。
今ではアントワネットに、テレーズもいる。
史実では経済が傾いたまま回復できずに終わってしまった改革を次々に成立させており、経済の底上げに成功して国の借金も減ってきている。
フランスは今ではヨーロッパでも一番の経済強国としての地位を確立しようとしている。
経済が豊かになれば、その分人々の政治不信を減らす事ができる。
不正を摘発し、きちんと報告を行う者への褒賞や昇格を行えば、自然と人々の支持を取り付けることができた。
それまでフランスの政治において強い発言権を持ち、改革の邪魔をしてきた者達はもういない。
牢獄に入れたか、死罪になって処刑されたかのどちらかだ。
ごく少数の権力者が自分達の贅沢三昧な生活を維持したい為に改革に反対して、そうしたワガママな注文で改革がとん挫してはならない。
ブルボンの改革は、そうした頑迷な権力者を排除し、フランスをより良い国家へと変貌を遂げるために全国から人材を集め、そして改革に基づいた経済・社会構造改革の実施によって、国内の貧困層を減少させる事に成功した。
人々が暮らしやすい社会の樹立。
ようやく、ブルボンの改革の根が育ったのだ。
この改革の根が枯れてしまう事は何としても防ぐことが重要だ。
その為には、家族が……いや、ブルボンの改革によって今後フランスに暮らす全ての国民が安心して暮らしていくには、革命思想に打勝てる程の福利厚生に優れた保障体制の充実と、侵攻してくる軍隊を撃退できる戦力。そしてそれらを跳ね除ける事が出来る経済力が必要だ。
俺はありとあらゆる手を尽くしてきた。
アントワネットを守る為に。
フランスを荒波から救うため。
全ては自分自身が処刑されずに、幸せに暮らしたい為にこの体を動かしてきた。
そして今、イギリスではフランス革命勃発の合図とされているバスティーユ牢獄襲撃事件に類似した出来事が起こり、かの国にいる親フランス派の王族関係者や要人、科学者や技術者、企業家といった人材の保護を行うために海軍に出港準備命令を下し、来月にはプランGBが発動されるだろう。
寝室までの道のりが凄く遠い。
まるで延々と続いているみたいだ。
気が重い。
これも俺が歴史を変えた反動によるものなのだろうか?
少なくとも史実でフランスが歩んできた歴史でも重大イベントであるフランス革命を阻止するべく俺は歴史を変えた。
思えば自分が納得できるように、そして悲惨な歴史を変えるべく行動して結果的にフランスでの悲劇を防ぐための伏線を何重に渡って敷いた。
「王を倒す為の革命か……それとも王自ら社会構造改革を推し進めて平民の暮らしを安定化させるべきか……同盟国や友好国にも改革の早期実施を推し進めておく必要があるな」
新市民政府論が出回っていた時点で、遅かれ早かれ……革命に似た出来事が来るとは思っていた。
俺にできる事は、そうした急進的で暴力的手段を伴う主義主張が通ってしまうような社会にしない為に、同盟国や友好国の社会システムの改革を早急に見直すべき事なのだ。
一旦、そうした難しい話をシャットダウンしよう。
今ヴェルサイユ宮殿の寝室前についたのだから。
「あら、おかえりなさいオーギュスト様!」
「パパおかえりー!」
「ああ、ただいま!二人とも!」
ヴェルサイユ宮殿の寝室に入ればアントワネットとテレーズが笑顔で出迎えてくれた。
アントワネットは貿易商の人と温泉療養施設アンギャン・レ・バンで売り出す商品について交渉を行い、テレーズは今日も元気に付き添いの職員と一緒に外で遊んで来たという。
子供は外でいっぱい遊ぶのがいい。
深い事は考えずに眠くなるまで沢山走ることが子供にとって一番幸せな時間だろう。
なんでも、テレーズは駆けっこをして遊んだそうで、服を派手に汚してしまったという。
なので今日は彼女が一番風呂に入っていたそうだ。
服が汚れるのはしょうがない。
アントワネットも子どもの頃はかなりおてんば娘で噴水にダイブしたり、女大公陛下にお説教を食らうレベルでドレスを汚していたりしたそうだ。
「ハハハ、元気な事はいいことじゃないか!テレーズ!駆けっこは楽しかったか?」
「うん!」
「もう本当にお転婆で……最近は走ることが特に好きみたいですね」
「おぉ、そうなのか……よし、明日は公務が休みだから家族で一緒に遊ぼうか!」
公務が休みだとテレーズと一緒に遊べる。
もうイギリスの情勢不安が一発で噴火でもすればそんな時間は今後数年は取れないかもしれない。
だから明日はアントワネットとテレーズの三人で親子水入らずで遊べるはずだ。
あぁ、できればこのまま幸せな日々を過ごさせてほしい。
日に日に成長していくテレーズ、王妃としてできる事を率先してやってくれているアントワネット。
その姿を見ているだけでも今の俺は幸せだ。
この日々が無理でも、明日はテレーズとアントワネットと幸せな休日を過ごせるようにして下さい……と、心の中で神様に祈ったのであった。




