268:平穏な日々
平穏な日々がもうじき終わりを迎える。
これからは対英戦争も軸に考えた具体的且つ王としての役割を果たせるような高度な軍事・経済戦略を練らないといけない。
準戦時体制下に移行し、世界最大の海軍力を保持しているイギリスと対峙することになる……。
第二次世界大戦前までは世界でもトップクラスの海軍艦艇数を保有しており、欧州だけでなくアジア方面にも東洋艦隊を有していた。
沈まぬ太陽という異名は世界各地に植民地を持っているので、イギリスでは常に太陽が当たっているという意味であり、その異名にふさわしい程の軍事力を保持している証拠でもある。
そして、そんな植民地を大量に持っているだけに海軍に力を注いでいるイギリスこそがヨーロッパ最大の海軍大国としての地位に君臨し続けている証拠でもあるのだ。
「杞憂で終わればいいが、万が一革命勢力との戦闘になれば我が国はヨーロッパ最大の海軍国を相手に戦うことになる。ようやく七年戦争で負った傷を癒したのはいいが……真っ正面から戦うには分が悪いな」
「あくまでもプランGBにおける我々の主目標は在英フランス人並びにイギリスの要人救出です。牽制としてなら十分に発揮しますが、戦闘となれば船の搭乗員の練度次第です」
「もしもの時はフランス海軍が介入する事もやむなしだ。戦闘になったとしても処理に関しては外交でケリを付ける。とにかく救出を最優先に行ってくれ」
この時代に至ってはイギリスは間違いなく世界でも最強とも言える海軍戦力を保有している。
現代で例えるならアメリカ合衆国海軍と同じぐらいに強いと言えば分かりやすいだろう。
独立戦争時に複数の海軍艦艇が鹵獲されたり破壊されたりして、その損害の埋め合わせをしている最中ではあるが、それでもフランス海軍と全力で殴り合いをすれば真っ先にフランスはやられてしまうだろう。
プランGBが発動し、救出作戦が実行される際には輸送船を護衛するのが艦隊の主任務となる。
また、ロンドンなどの大都市で内戦による治安悪化が起こった場合には、陸軍の地上戦力も動員して一時的な港の確保も行うつもりでいる。
今一度海軍の戦力について確認したほうがいいだろう。
俺はロシャンボー海軍大臣に尋ねた。
「イギリスの主力は沿岸警備隊のようなフリゲート艦ではなく、多くの砲台を搭載し外洋航行を重視した戦列艦が主体の艦隊編成か……我が国の最新鋭艦はシャルルマーニュ級フリゲート艦だが、予定している44艦隊構想は年内に間に合いそうか?」
「はい、シャルルマーニュ級フリゲート艦は順次造船所で建造されております、シャルルマーニュ級フリゲート艦最後のマンドリカルドも来月に就任いたします」
「よしっ、来月に完成できるのであればひとまずは戦力になるからな……我が軍は練度でイギリスを牽制しなければならない。イギリスで革命が勃発すれば真っ先に対峙する事になるのは海軍だ。彼らの行動次第で運命が変わるからね……しっかりやるように伝えておいてほしい」
「はっ!肝に銘じて末端にも徹底させます!」
44艦隊構想……戦列艦を葬ることが出来るシャルルマーニュ級フリゲート艦を合計16隻建造し、それぞれ4隻ごとにダンケルク海軍基地、シェーブル海軍基地、ル・アーブル海軍基地、ブレスト海軍基地の四つの海軍拠点に配備する構想の事だ。
1774年度の海軍編成の際に新造した16隻のフリゲート艦をこれらの海軍基地に配備し、有事の際にはドーバー海峡やイギリス海峡に駆けつけることが出来る沿岸警備を主軸にこれまで訓練を積み重ねてきた。
その訓練の成果を見せつけるときなのかもしれない。
「今回のプランGBでは軍の行動に全てが掛かっている。陸海軍の連携を密に行い、必ず成功させてほしい。そして、同盟国や周辺国にもその旨を伝えておいて欲しい」
「大使館との間でも連携を密に情報共有を行う事……ですね」
「そうだ、オーストリアやトスカーナ……それにスウェーデンとの連携だね。それで仮想敵国であるプロイセン王国やネーデルラント連合王国にはあくまで今回我々が行うのは自国民やイギリス政府の要人の救出任務が主体であり、イギリスとの戦争が目的ではないという事もしっかり説明するように。だがもし彼らが自国民の救出を要請してきた場合に備えて民間船もいくつか徴収したいのだが……可能かね?」
「勿論可能です。造船所では軍隊だけでなく民間船の建造も大いに栄えております。有事の際に破壊された時の賠償なども踏まえて契約書を取り付けて参ります」
「そうだね、契約書があれば後になってそんなことは言っていないとゴタゴタになる事もないからね。多少割高な料金を吹っ掛けられたとしても政府がお金を出すから遠慮なくやるように伝えて欲しい。遅くても一か月以内には済ませるように」
フランス海軍はヨーロッパでもそれなりの海軍戦力を保持しているが、それでもまだまだ輸送船となれば話は別だ。
この時代の輸送船は戦時下で接収したり徴収したりするのが常であり、こうした船舶は基本的に略奪されてもOKという暗黙の了解が得られていた時代でもある。
なので自衛用として多少口径が小さくても精度に優れているグリボーバル砲をポン付けして、海軍水兵が数名乗り込んで小銃などで武装すれば即席海軍輸送船の出来上がりである。
とは言ってもあくまでも輸送が主任務であり、戦闘を行う船ではないので大砲の集中砲火を受ければあっという間に撃沈してしまうので、彼らは安全に要人をフランスまで届けるのが主任務となる。
Qシップ(潜水艦囮用武装民間船)みたいな事はまだ出来ないので、これが精一杯だ。
(砲台以外にもナポレオン戦争時にはマイソールロケットをポン付けした火力支援船なんてものも存在したらしいが、まだまだ試作段階だから今回の救出作戦への投入は無理かな?)
マイソールロケットの実戦投入も考えたが、あれには風速や風向きも関係してくる上に、まだ陸上での実験が終わっただけであり、海上での試験は行われていない。
仮に行うにしてもプランGBの本格的な発動が起こるぐらいには……間に合いそうにないな……。
というかイギリスの混迷具合からして近いうちに暴発するのは確実だ。
来年の春ぐらいにはイギリスの国名も変わっているかもしれない。
それを示す証拠としてイギリス大使館の全権大使であるマンスフィールド伯爵の行動が全てを物語っている。
まず、彼は今年の9月頃にはパリから100キロ程離れたトロアという場所に40エーカーの土地や屋敷といった不動産関係の取得申請を申し出ており、10月にはその三倍にあたる120エーカー相当(東京ドーム11個分)の土地取得申請願いを出してきたのだ。
それと合わせるようにデオン氏からのイギリス国内での敗戦結果に人々だけでなく経済が滞ってしまい、騒乱と化してきているという情報が入ってきた……つまり、マンスフィールド伯爵はイギリスが動乱や内戦によってフランスに逃れてきた人々が住めるように住居や土地を手配するつもりなのだ。
先日腹を割って話した際には、マンスフィールド伯爵はかなりやつれていたほどだ。
マンスフィールド伯爵には万が一イギリス国内で動乱や内戦が勃発した際には王族関係者や企業家を優先して助ける事を伝えた上で、その際に軍事衝突のリスクを減らすために俺が書いた親書とマンスフィールド伯爵直筆の通行許可書を与えたイギリス船舶を先行して向かわせてから港に輸送船を接岸させて要人などの救出をするように取り計らう。
その事への見返りとして、一般市民に対しても政府閣僚と協議した上で難民申請などの手続きを済ませた上での入国をスムーズに行えるようにするようにする予定だ。
それだけイギリスは切羽詰まっているのだ。
「イギリスの大使も大変だろうな……あのマンスフィールド伯爵もわざわざ頭を下げて依頼してくる程だ。やはりもう国が持たない可能性が高いと踏んでいるのだろう」
「ええ、マンスフィールド伯爵も親フランス派のイギリス人を招き入れているぐらいですから……」
「プランGB……イギリスが無くなるかもしれないな……こうした形でイギリスが崩れていく様を見るのは……余としても少々きついな……」
マンスフィールド伯爵が涙ながらに何度も頭を下げてお願いしていたからね。
それだけ祖国が危機的状況にあれば尚更辛いだろう。
本来仮想敵国であるフランスに頭を下げる状態なので、それだけ余裕がない証拠でもあるのだ。
かつて、フランスが革命によって倒された時、ナチスドイツによってフランスが降伏した時も、亡命先の地にいたフランス人も同じような気持ちだったのだろう。
そんな切ない気持ちに包まれながら最終的な総括を行い、会議は幕を閉じたのであった。




