244:結果
閣議の間ではフランス政府の重鎮たちと共に代表者が到着するまで簡単な世間話をしていた。
景気の先行きが良好なので投資案件が増えているとか、クラクフ共和国との経済協定も締結できそうだといった経済系の話が上がってきている。
経済は順調に発展しているが、胡坐をかいてボーっとしていてはいけない。
常に最新の情報を仕入れて動向を注視し、週に二回程経済対策なども語り合う。
ネッケルとの関係も良好だし、彼曰くフランスの経済状況は好調なのでこの調子で頑張りましょうと語っていた。
そんな話をしているとドアがコンコンとノックされて係の者がやってきてもうじき到着するという。
お喋りと止めて、皆で静まって使節団の代表者がやってくる。
ドアが開くと、二人の男が閣議の間に入ってきたのだ。
「ラモワニョン・ド・マルゼルブ、及びラ・ペルーズ……両名只今清国から戻って参りました」
「おおっ!よく帰ってきてくれた!二人とも、本当にご苦労だった……!」
「はっ!ありがとうございます陛下……」
「積もる話もあるわけだが、そう緊張せずに落ち着いてからやるのもいいだろう。そこの椅子にかけてから紅茶とお菓子を食べてからでも遅くはない」
「陛下の御厚意に感謝いたします」
部屋に入ってきた使節団代表のラモワニョン・ド・マルゼルブと彼と共に清国まで送り届けて無事に帰ってきたラ・ペルーズ准将をまずは労う。
二人とも、最初に対面した時よりも痩せていたように感じる。
国の重大な交渉を任せたこともあってか、相当の激務だったのだろう。
フランスを出発したのが10月11日で、帰国したのが3月30日……。
ほぼ半年近く時間が過ぎた計算になる。
現代なら政府専用機で一日で行けるが、この時代はスエズ運河が無いからアフリカ大陸をぐるっと回ってからでないとアジア方面にはいけないのだ。
直ぐにでも結果報告を聞きたいのだが、一つ気掛かりな情報があるのだ。
というのも今回の使節団派遣の際に犠牲者が出たと先行報告で聞いたからだ。
数はそれ程多くはないそうだが、使節団の乗った船にアクシデントが発生したのであればその情報を聞いてからのほうが良いと判断した。
その事についても紅茶とお菓子を食べ終えた二人から直接聞きだしたのだ。
「先に確認しておきたいのだが……今回の使節団派遣の際に犠牲者が出たという話を耳にしたのだが……それは本当かね?」
「……はい、清国からの帰りに水兵6名が犠牲になりました。皆、インド洋の沖合で高波にさらわれたのです」
聞けば今回の使節団帰還の際に水兵6名が命を落としたそうだ。
亡くなった水兵はいずれもシャルルマーニュ級モージに乗船しており、清国からの帰りにインド洋の沖合で高波にさらわれたそうで、亡くなった水兵たちは甲板に出て作業をしていた時に波に飲まれて犠牲になったという。
6名の水兵は周囲の海域を捜索した後に発見され、皆心肺停止状態だったそうだ。
このうち1名の水兵に関してはフランス海軍の学校から派遣された訓練生だったという。
本人の希望で軍艦のノウハウを学ぶべく志願し、学校では優秀な成績を出していたとか……。
もしかしたら将来フランス海軍の発展に尽くす人物だったかもしれないと思うと残念だ。
高波によって亡くなった水兵の葬儀は遺体の保管が出来ない洋上という事もあってか水葬で行われ、遺族に対する年金も支給されるように既に取り計らったそうだ。
「そうか……水兵が6名も……亡くなったのだな……」
「はい、彼らは皆忠実な軍人でした……亡くなった水兵に関しては既に遺族に連絡を行っております」
「……連絡が行き届いているのであれば話が早い。ロシャンボー海軍大臣、亡くなった水兵の遺族に対して政府からのお悔やみの言葉と彼らの名誉も含めての経緯を説明し、彼らの故郷で葬儀を行うように準備を頼む。葬儀費用は国が負担するようにしておいてくれ、遺体がなくてもせめて故郷で葬儀を行って魂を鎮めることが出来るように配慮したい」
「畏まりました。海軍としても今回の任務で亡くなった彼らの事について記録に残し、今後同様の事を減らすために対策を講じます」
亡くなった水兵も、きっと無事に帰れると思っていたのだろう。
清国に到着してその帰りに高波に呑まれたのだから……。
そう思うと辛い気持ちにもなる。
葬儀代ぐらいは国が負担して行うべきだろう。
現代日本なら殉職者に関しては国が追悼式や慰霊祭などを行うけどね。
この時代における殉職者の扱い方に関してはあまり詳しくはない。
だけど、遺族からしてれみれば長い勤務を終えて帰ってきたと思い待っていたに違いない。
永遠に再会が叶わないとなれば深く悲しむはずだ。
今回の使節団派遣で職務を全うして殉職したのだ。
彼らについてもしっかりと新聞等で告知しておいたほうが良いだろう。
「では、そろそろ本題に入ろうか……マルゼルブ、報告を頼む」
「はいっ、ご説明させていただきます!」
さて、いつまでも亡くなった水兵の話題を引きずってはいけない。
話の本題を切り出してマルゼルブに肝心の清国との交渉結果について報告を出すように命じた。
皆が固唾を飲んでその報告に耳の神経を集中させている。
「……清国との交渉ですが、結論から申し上げますと成功いたしました。3日間に渡る交渉の末、5千万リーブル相当の金貨との交換で交渉は成立し、台湾基隆の買収が行われました。こちらがその売買契約書になります」
交渉が成立した事で、しんみりとした空気は一気に吹き飛んだ。
周囲からは「おおっ!」という歓声も聞こえた。
売買契約書が俺の元に渡されると封蝋でしっかりと留めてあるので、これが偽装されたものではない証拠だ。
開封すると売買契約書はフランス語と中国語の二つがあり、それぞれ翻訳者が立ち会ってフランス側と清国側に売買契約書の控えを渡し、後に取引がご破算にならないようにしっかりと契約を交わしたのだ。
俺はその売買契約書を見ながら使節団代表で交渉を担当したマルゼルブを褒めた。
「よくやったマルゼルブ……大変結構だ!フランス語に中国語……両国の言葉で書いて二つともそれぞれ代表者のサインが記されているのだな……」
「はい、清国では重大な取引の際には印鑑を使用します。そこに押された印鑑は清国の皇帝による印でございます」
「ほぉ~……これが清王朝の皇帝の印鑑か……中々大きいのだな……」
清国皇帝である乾隆帝の印鑑がポンと押されていたのだが、これがまたデカい。
拳一個分ぐらいはあるんじゃないか?
契約通知書とかに添付される企業印よりも一回り……いや、それ以上に大きい。
皇帝の印鑑という事も相まってか、かなり難しい漢字が彫られているが、これが乾隆帝の漢字なのだろう。
「それにしても清国はあっさりと基隆の売却を認めたな……やはり、ロシアの南下が影響しているのか?」
「はい、北京に到着してから分かったのですが……ロシアは清国との戦争ではかなり有利に戦いを進めたそうです。快進撃を続けてモンゴル近辺まで侵攻したロシア軍への対応が困難となり、止む無く清国は去年の12月27日に停戦協定を結び多額の賠償金をロシアに支払ったそうです。その影響もあってか清国では増税が行われてお金が足りない状態だったというわけです」
「なるほど……まぁ、清国からしてみれば直接的に脅威ではない地域を多額のお金で取引を持ちかけられたら応じるのも無理もない話だ……金が足りないのであれば藁にも縋る思いだったのだろう」
ロシアはヨーロッパ方面では負け続けだったが、アジア方面では快進撃を続けることが出来たようだ。
マスケット銃や大砲、それに戦いに勝利すれば恩赦が貰える兵士、負ければシベリアで木を数える仕事しかない。
クラクフで痛い目に遭った反省から戦術を変えてから戦いを行ったようで、清国の兵士はロシアの猛攻に耐えきれず、敗走に敗走を重ねたそうだ。
ロシアの兵士には後がないので死に物狂いで戦ったのだろう。
快進撃によって停戦協定が結ばれた日までにロシアはモンゴルまで攻め入ったそうなので、下手をすれば北京に到着できる勢いだったに違いない。
「何はともあれ……これでフランスは平和的に且つ双方合意の元で台湾の基隆を手に入れたのだな?」
「はい、行政機関の設置や基隆から他の場所に移住したいと願い出る中国人への移送なども含めますと、遅くとも来年までには事業が開始できそうです」
取引によってフランス領基隆の誕生だ。
まさかのフランス領となった台湾基隆だが、行政の移管やらなんやかんやでフランス領基隆と名乗ることが出来るのは来年になりそうだ。
これでアジア方面における貿易拠点として大いに活躍できるだろう。
何と言ってもあの場所は大陸にも近いし、転生前の祖国である日本とも近いのだから……。
貿易や人の交流ができるのであれば日本との貿易も見込める。
フランス領となった基隆だが、これからまだまだやるべき事は山のようにあるのだ。
気を引き締めて続けるとしよう。




