224:討伐軍の瓦解
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1775年8月27日
おはよう諸君、いつも通り清々しい朝ではなくドタバタしているルイ16世だ。
今朝国土管理局の情報員によってもたらされたとんでもないぐらい大きな情報によってオフトゥン……ではなくベッドから叩き起こされたんだ。
伝声管を使って叩き起こしたのはハウザーであり、国土管理局で緊急の第一報が入ったというのだ。
時刻は午前6時30分、いつも起きる時間より1時間ほど早いモーニングコールとなった。
「お休みの所申し訳ございません陛下、緊急の第一報が入りましたので来てもらえますでしょうか?」
「……国内か?それとも国外か?」
「国外でございます。今後の政策に影響を及ぼす可能性が極めて大でございます」
「分かった。服を着替えてからすぐに向かうよ」
傍で寝ているアントワネットとテレーズを起こさないように、ゆっくりとベッドから起き上がって服を着替える。
国外で大きな情報といえば新大陸方面だろうか……第一報として速報で出すぐらいだから大きな動きがあったとみて間違いないだろう。
でなきゃ説明がつかないもの。
服を寝間着から普段着に着替えて国土管理局の執務室に向かう。
最近は派手な装飾品の服より、シンプルで着替えのしやすい服装が一番いい。
まだアントワネットとテレーズは一時間は眠っていてほしい。
これで起きてしまったらテレーズが連れてってほしいと駄々をこねてしまうからね。
甘えたい年頃とはいえ、泣いて引き留めてくる姿を見ると心が痛い。
これが子を持つ父親の試練なのかもしれない。
二人が起きないようにドアをそっと閉めてから国土管理局の応接室に向かう。
早速応接室にはハウザーが起立して待っていてくれた。
「待たせたね、それで緊急の第一報とは何事だね?」
「ハッ、先程新大陸方面から到着した諜報員の情報によりますと、新大陸においてイギリス討伐軍が大敗北したそうです」
「……大敗北という事はかなりひどい負け方をしたという事かね?」
「はい、北アメリカ連合州軍によるニューヨークとセント・ジョンへの大規模攻勢の直後に、守備隊が連隊規模で反乱を起こしたとの事です。反乱が起こった要塞と都市部は陥落し、海軍の艦艇までも奪われたそうです。こちらがその報告書になります」
新大陸において独立を宣言した北アメリカ連合州軍が8月2日よりニューヨークとセント・ジョンへの大規模攻勢を開始。
当初は守備側のイギリス討伐軍が攻撃を受け流していたが、8月8日未明に突如としてニューヨークの要塞で要塞の城門が開城されて北アメリカ連合州軍の正規兵が侵入。
それと同時に守備を固めていた討伐軍内部や海軍の複数の艦艇で反乱が起きたという。
反乱ですよ反乱。
それも一人や二人だけではなく、連隊規模で起こってしまったという。
大規模攻勢と反乱の板挟みによってイギリス討伐軍は身動きがままならないまま、大部分が降伏し、逃げ延びた者や艦艇は数える程しかいないという。
「ハウザー……イギリス討伐軍内部で連隊規模の反乱が起こるのが信じがたいのだが、それは本当なのかね?」
「はい、私も信じられずに何度も報告書を持ってきた者に誤報ではない事を確認しました……。結論から申し上げますと事実のようです」
「なんという事だ……これじゃあイギリス討伐軍は瓦解するぞ……」
「既にニューヨークとセント・ジョンの二つの拠点は確実に瓦解しました……また、沖合にいた海軍に関しても情報が錯綜しておりますが、複数の艦艇でも同様の反乱が発生したとの事……新大陸において残存しているイギリス討伐軍はノーフォークとリッチモンドにいるイギリス軍の主力部隊のみです」
イギリスを中心とした討伐軍は大規模攻勢と反乱によって瞬く間に敗走し、しかも沖合に逃げようとしたイギリス海軍の軍艦も指揮系統の混乱に乗じて連合州軍の兵士や反乱兵によって多数の艦艇が鹵獲されたというのだ。
北アメリカ連合州軍は殆ど被害を出さずに勝利し、ニューヨークとセント・ジョンを占領。
一方でイギリス討伐軍は壊滅的被害を受けて、残存戦力をノーフォークとリッチモンドに結集させて徹底抗戦をするという。
いくら何でもにわかには信じられない話だったが、精度の高い情報が次々と入ってきたのだ。
守りも固く強固な要塞も築かれており、攻略には最低半年は掛かりますと軍部から言われていた場所だけに、あっけなく陥落したという報告はまさに想定外であった。
報告をしてきたハウザーに俺は再度情報が確実なものなのか尋ねた。
「ハウザー、繰り返し聞くがそれは間違いなく確実性の高い情報なんだね?」
「はい、ニューヨークでは守備をしていたヘッセン方伯領軍の大部分の兵士達が……セント・ジョンでは連隊規模のヴァルデック侯国軍の兵士が離反を起こしたとの事です。現場で指揮に当たっていたチャールズ・コーンウォリスをはじめとするイギリス討伐軍の主要な軍人を捕虜にしたそうです」
「なんという事だ……討伐軍内部で反乱が起こるなんて……」
信じて送り出した討伐軍が反乱を起こしてしまうなんて前代未聞だ。
イギリス本国は顔を真っ青にしているに違いない。
俺が討伐軍の司令官ならストレスでぶっ倒れるレベルだ。
しかしなぜ反乱なんて起こしたんだろうか?
処遇や待遇に不満があれば軍内部で反乱とか起きるのが良くあったらしいけど、ここまで同時に出来るものなのだろうか?
思想的に共感したとか、家族を人質に取られたとか理由があるはずだ。
北アメリカ連合州軍がニューヨークとセント・ジョンへ同時に大規模攻勢を仕掛けたという事は、そうした反乱と同調する為に攻撃を行ったわけだ。
元から内通者を忍び込ませていたのかもしれない。
そうじゃなきゃ説明がつかないからだ。
「これだと討伐軍内部で齟齬があったのではないかね?反乱なんてそう易々と起こるものじゃないし、ここ最近の討伐軍の行動はどうなっている?」
「はっ、主にノーフォークやリッチモンド方面のイギリス討伐軍主力部隊はゆっくりですが占領地を拡大していました……集落をしらみつぶしに制圧し、占領した土地の所有者の斧や鍬などを確認して武器になり得る物の徹底管理をしている程です。対して、ニューヨークとセント・ジョンの守備を任されたプロイセン王国の領邦の軍隊に関しては目立った動きは確認されておりません。むしろ、北アメリカ連合州軍も攻撃はせずに睨み合いの状態が続いておりました」
「そうか……では大規模な戦闘はせずにせいぜい小競り合い程度だった……という事で間違いないな」
「詳細は随時追って入りますが、これでイギリス討伐軍は重要な拠点のうち半数を失ったことになります。残るノーフォーク・リッチモンドの主力部隊がどれだけ持ちこたえられるか分かりません。最悪今年中に新大陸から撤退するかもしれません」
「このままいけばイギリス討伐軍は完全に新大陸から叩きだされるというわけか……だとしたらイギリスの世論は最悪になりそうだな」
自国だけではなく、領邦からも援軍を要請して新大陸の討伐に向かったが、現地でのサボタージュや破壊工作などが絶え間なく続いている為に、イギリス軍は進撃しようにも慎重になってダラダラと膠着状態が続いている。リッチモンドを解放できたのは北アメリカ連合州軍の戦線整理が大きい。
戦略上最も重要なニューヨークを失ったイギリス討伐軍にとってはかなりの大打撃だ。
これでイギリスの敗戦は濃厚になった。
まだニューヨークとセント・ジョンが無事で南部方面から強襲を仕掛ければ北アメリカ連合州軍を包囲出来たかもしれないが、それが出来なかったばかりでなくニューヨークとセント・ジョンの兵力がほぼ壊滅して捕虜になったという事は、イギリス討伐軍も作戦実行を行える人物も減ったという事になる。
おまけに史実よりもボロ負けしている上に、イギリス本土では度重なる敗戦と敗走によって国内世論は沸騰しており、この戦争を継続させているジョージ3世への批難も殺到しているそうだ。
「仮にだ……イギリスが新大陸から撤退するとしたら国民は納得するかね?」
「……恐らく納得は出来ないでしょう。既に多額の軍事費を国債や植民地からの収入で賄っていたのです。それがダメになったとなれば一般市民はともかく、債務の返済を巡って政府幹部内で論争や政治闘争が激化するのは避けられません。ましてや新大陸はイギリスにとって最も重要な植民地です。この植民地が無くなったとなればインド方面で挽回するしかありません。それも、今まで以上に取立を厳しくしないと難しいでしょう」
「それに、今イギリスでは新市民政府論という急進的な王政廃止を主張する論文が出回っているからな……知識階級者の中でも現在の王政に不満を持つ者達が結託したらと思うとゾッとするな……」
「ええ、あの本を読みましたがあれは過激すぎますな……王政廃止、共和政治体制の確立、市民政府と国民主導による革命行動……確実に王を廃して混乱を生み出す為に作ったとしか思えません。下手をすれば1689年に起こった名誉革命の再現……いや、それ以上の混乱になるかもしれません」
「名誉革命の再来か……逐一新大陸とイギリス方面の情報は寄こすように、国土管理局の外務担当部署は臨戦態勢下で望むように、それに合わせて職員たちの給料も弾むように」
……もしかしたら、イギリスでフランス革命のような急進的なイデオロギーの政治闘争が始まるかもしれない。そうなれば混乱は避けられないだろう。
そうなったらフランスが取るべき行動は何なのか、しっかりと閣僚たちと話し合う必要がある。
「それとハウザー、国土管理局だけではなく改革派に対しても緊急の会合を開きたい。今夜の晩餐会をキャンセルする代わりに可能であれば改革派の中でもパリ近郊に住んでいる者を中心に大至急今日の夕方までにセッティングを頼む」
「かしこまりました。王妃様におかれましてはいかがいたしましょうか?」
「……アントワネットにも出席してもらう。これはフランスの未来が掛かっている出来事だからね」
アントワネットにもしっかりと見て、聞いて貰わないといけない。
これは生易しい戦争ではない。
12年前まで行っていた欧州各地を巻き込んだ七年戦争の再来になるかもしれない。
そう考えてしまうと、今まで欠かさずに飲んでいたモーニングコーヒーですら喉を通らなくなってしまうのであった。




