191:愛しのテレーズ
☆ ☆ ☆
「オギャアァァァァァ!オギャアァァァァァ!」
「アントワネット様!おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」
「えぇ……本当に……良かったわ……さぁ、こっちにいらっしゃい」
本当に、なんて可愛らしい子供なのでしょうか。
最初は早産になりそうだと言われて物凄く不安でしたが……どうやらそれは主治医の杞憂に終わったようです。
テレーズは主治医や助産師さんが診た際に、体重や身長を測ってもらい異常などは見受けられなかったので、当面の間は経過観察を行う事になりました。
当初は早産かと思われたのですが、産まれてきたテレーズの体重を測ったら平均体重よりほんの少しだけ低い程度で、それ以外は特に異常なしと仰っておりました。
よく泣いて産声をあげてくれたので私は本当に嬉しいです。
オーギュスト様に至っては私と産まれてきたテレーズを見ると涙をポロポロと流して喜んでおりました。
よく頑張ったね!と喜んで抱きしめてくれたのです。
本当に私の事を気になさっていたようなので、そんなオーギュスト様の事がもっと好きになります。
この人が結婚相手で良かったと改めて嬉しく思っています。
テレーズの名前も気に入ってくれたので、お母様にも出産のご報告を行えます。
きっと喜んでくれることでしょう。
何度も出産を催促する手紙を送ってくるぐらいですので、画家の方に依頼して一番の絵を描いてもらいましょう。
「どの画家の人にテレーズのお姿を描いてもらいましょうか?……まだ描く人を決めていませんでしたので……オーギュスト様はご希望はありますか?」
「そうだねぇ……うーん、俺は二人いるな……」
「二人……ですか?」
「そうだ。一人目は宮廷画家で結婚前にアントワネットの肖像画を描くためにウィーンに派遣されたジョゼフ・デュクルーだ。アントワネットもあった事があっただろう?」
「ああ!あの方ですか!かなりお茶目といいますか、剽軽な御方ですよね?」
「そうそう、割と新しい技法を生み出す人でね、彼なら無難だと思うんだ」
ジョセフ・デュクルーは有名です。
オーストリアにいるときにフランスから派遣された画家の人で、私の肖像画を上手く描いた功績によって男爵の地位を授かったそうです。
私もフランスに嫁いでから何度かお会いした事があるのですが、新しい手法を積極的に取り入れるお人らしく、気さくな感じの人でした。
彼の自画像はユニークであり、他の人とは違って自画像なのに指をこちらに向けるように差した絵を描いているので強烈に印象に残っている人です。
「もう一人は何方ですか?」
「最近パリで有名になっている女性の画家さんだよ。ヴィジェ・ルブランという人でね、丁度アントワネットと同じ歳でもあるんだ。13歳ごろから肖像画を描いている事で有名な人だよ」
「あっ、その人でしたら改革派の画商の方々が話題にしていた人ですね!私も彼女が描いた肖像画を拝見しましたが……繊細な絵で素敵だなって思っていたんです!」
「おお、アントワネットも知っているとは……やはり彼女は有名なんだね」
ヴィジェ・ルブラン……勿論画商の間では有名な方ですわ!
女性で若い事もさることながら、大勢の画家を唸らせるほどの才能を持っている天才の女性です。
改革派に属している画商の間では、若いのに凄く絵の美味い女性画家がいると話題が持ち切りになるぐらいに有名な人です。
最近は彼女のアトリエも満員御礼と聞きます。
その人にテレーズの肖像画を描いて貰えるとしたら、是非ともお願いしてみたいですわ!
私はオーギュスト様にヴィジェ・ルブランに肖像画を描いてもらうようにお願いしました。
「オーギュスト様、ヴィジェ・ルブランにテレーズの肖像画を描いてもらいたいのですが……お願いできますでしょうか?」
「うん、勿論いいとも。俺もヴィジェ・ルブランが気になるからね。ついでに直接会ってみて伺うのもいいかもしれないね、もし彼女が承諾してくれたら会ってみるかい?」
「ええ、お会いしてみたいですわ!」
「よし、では早速ヴィジェ・ルブランに連絡を取らせるように手配しよう。もし彼女が来てくれるようであれば、早いほうが良いからね」
オーギュスト様は快く承諾をしてくれました!
ヴィジェ・ルブラン……彼女に会える事と、彼女に娘の肖像画を描いて貰える事……これ程嬉しい事はありません。
気に入った画家に描いて貰えるなんて本当に幸せですわ!
早速オーギュスト様はヴィジェ・ルブランがいるアトリエに使いを走らせて、宮殿までお越しくださるようにお願いしたそうです。
本当に行動がお早い!
それからは、今後の予定をどうするか取り決めを行ったのです。
「んーっ、これでやるべき事は一先ずこのぐらいでいいかな?洗礼はまだ先だしね……」
「そうですね。もう少し時間を置いてから洗礼を行いましょう」
「それに乳母さんも募集しないといけないけど……うーむ、病気を患っていないことを条件として……これからが忙しくなりそうだね……」
「ええ……でも、この子の為ですもの。どんなに忙しくても頑張りたいですわ!」
「ああ、勿論だ。テレーズの為だからね……」
テレーズの面倒を見る乳母を募集しなければなりません。
ただ、誰でも乳母になれるというわけではありません。
乳母になる条件があるのです。
まず良質な母乳が出る事と、子供の面倒を見るのが得意で優しい女性でなければなりません。
そして過去数年以内に大病を患ったことが無い人を対象に行います。
これもオーギュスト様が決めた方針です。
当初は母乳が出れば問題ないとしていた王室規範ですが、オーギュスト様によれば感染症などが母乳を経由して感染する可能性があると言うのです。
流石にそれは考え過ぎではないかと思ったのですが、オーギュスト様はサンソン氏が1773年に調査した医学報告書の中で、乳母で労咳などを患った場合、その乳母の母乳を飲む赤ん坊が病に感染する事があると記しておりました。
しかも、症例は一件だけではなくパリだけでも50件以上に及んでいたと話しておりました。
ある子供に至っては、結婚して生まれるまでは問題ない身体をしていたのですが、出産直後に夫が梅毒に侵され、それが妻に移ってしまい、妻の母乳を飲んでいた乳児にも梅毒が移されたという症例までありました。
「労咳に梅毒……これを過去に患った人に関しては残念ながら乳母にする事は出来ない。テレーズに感染するリスクが高すぎるからね。乳母に採用するとしたらこうした病を患ったことが無く、先天的な疾患を抱えていない人にするしかないんだよ……だから募集をするとしてもかなり人を絞って行うことになるね」
「成程……思っていた以上に病が移ってしまいやすいのですね……」
「そうだ。テレーズが無事に成長するためにはそうした病を患うリスクのあるものは排除していきたいんだ。アントワネット、それで問題ないね?」
「ええ、問題ありませんわ」
思っていた以上に病というものは厄介なものです。
特に労咳と梅毒は完治が難しい病なので、こればかりは慎重にならないといけません。
大事なテレーズを守る為にも、健康的な乳母にお任せしたほうが良いでしょう。
これから先、王妃としての務めが益々増えていきそうです。
「俺たちはまだまだ育児に関しては本当に知らない事ばかりだからね……色んな人から助言を聞いてしっかりとこの子を育てよう」
「そうですね……初めての子供ですからね……ふふっ、よく見ればテレーズの頭の部分はオーギュスト様みたいですわ」
「言われてみれば確かにそうだね……でも顔の辺りはアントワネットにそっくりだと思うよ」
「ええ、本当に……可愛くて、自慢の我が子ですわ……」
「ああ、俺たち自慢の子供だね……」
本当に、こんな可愛らしいテレーズを私達夫婦が二人三脚で育てて行くことになるのです。
母もお転婆だった私を育てるのに、さぞやご苦労をなさったでしょう。
優秀な兄たちや姉たちは嫁いだり、勉学や政界で名を連ねている人達ですから……。
これでお母様に少しだけですが、恩返しが出来たかもしれません。
テレーズを抱きしめながら、この子が大きくなった時にフランスはどのようになっているのか、オーギュスト様やランバル公妃やルイーズ・マリー夫人、スタニスラス様と一緒に未来への展望を話し合い、夜遅くまで部屋にいたのでした。




