151:官民一体
ほうれん草の種を植えてから、種を撒いたところに軽く土をかぶせていく。
この作業が中々楽しいものだ。
デスクワークばかりしていると身体が鈍ってしまう。
スコップを使って土を均等に盛り付けて均していく。
トントントン、と土を盛り付けてから軽く叩いているのだが、わりとアントワネットがこうした菜園で植えたり収穫をするのが好きみたいだ。
普段なら汚れを気にしてしまうような服を身につけているが、この作業着であれば汚れても構わない。
貴族や聖職者でも土仕事を生まれて初めてこなしている人がいる上で、試行錯誤をしながら種まきを経験している。
「すみません、植える際にはこれぐらいの間隔を開ければよろしいですか?」
「……少し種と種の間が近いですね。もうすこし離れた場所に置いてみましょう。拳一個分ほど離れておくのが良いかと思います」
「有難い、何分こうした畑で土を弄るのは初めての事ですので……」
「いえいえ、何かあればお申し付けください」
今会話をしているのはトゥールーズからやってきた貴族と、セーヌ川中流に位置しているルーアン近郊からやってきた農家の人の会話だ。
これがちょっと前なら有り得ない光景だっただろう。
貴族と農民がこうして畑仕事を共に行う事なんて考えられないからだ。
しかし今は違う。
改革派として参加をしたこの貴族は、自らの意志で領地における農業方法を改善するために、ここに来て学んでいるんだ。
最後の一人がほうれん草の種を撒き終える。
「ほうれん草の種撒きはこれで終了のようですね」
「ええ、次は収穫についてお伝えいたします。こちらの畑に皆さん来てください」
パルマンティエ所長に案内された畑には青々とした強い緑色の葉が生い茂っていた。
土の下からこっそりと顔を覗かせているのはオレンジ色の強い野菜だ。
子供の頃苦手だったという人も多いのではないだろうか?
お馬さんが大好きな野菜といえば大ヒントになるな。
養豚用のクローバーを挟んだ向かい側に生い茂っている野菜はニンジンだ。
ほうれん草の種まきだけではなく、ニンジンの収穫も同時に行われているんだ。
ニンジンの収穫時期が丁度10月頃が目安とされており、試験場で栽培しているニンジンも大きい個体を組み合わせた品種改良品を作っているのだ。
一年や二年単位ではそうそう大きいものが直ぐに生み出せるわけじゃないけど、十年単位でようやく大きい品種を開発できる。
現代科学のように遺伝子組み換え食品があるわけじゃないので、基本的に自然発生か交配して優等なニンジンを産み出そうとしているわけだ。
「おや、この辺りには藁などを敷いているようだね?」
「はい、ニンジンは乾燥に弱い野菜ですので保湿を行うために藁を敷いているのです。湿度が多すぎても根腐れを起こしやすいので、そうした変化に対応するべく藁を根の周囲に敷くことでニンジンの発芽率を大幅に上げることが出来るのです」
ニンジンは乾燥した場所に弱く、かと言って加湿しすぎてもダメのようだ。
カブなどであれば春でも秋でも植えてみれば大体は実をつけるが、ニンジンでは管理が不十分だとすぐダメになってしまったり、実りが少ない脆弱なものしか栽培出来ない。
おまけに雑草の手入れをしていないと養分を雑草に吸い取られてしまう為、管理を徹底しないと育成できない野菜でもある。
そうしたこともあってか、ニンジンの収穫量はカブよりも少ないのだ。
この時代では野菜の中でも栽培コストが高く、値段もそれなりに張る品種といえる。
「では皆さん、ニンジンの根の部分を握って引っこ抜いてみましょう。腰をしっかり曲げて抜いてくださいね。服は汚れても構いませんが、腰を痛めてしまいますと一生響いてしまいますよ」
「腰をしっかり曲げて……根を引っこ抜く!って……きゃぁっ!」
「おお、王妃様!お怪我はございませんか?」
アントワネット、初めてのニンジン収穫で力を入れすぎて尻餅をついてしまう。
ドッスンとまではいかないが、お尻のあたりに思いっきり土が付着してしまっている。
幸いなことに怪我は無かったようだ。
すぐに駆け寄って怪我の有無を確認する。
「お、おい……アントワネット……大丈夫か?」
「すみません、少々力を入れすぎてしまったみたいです」
「……腰は大丈夫かい?」
「ええ、地面に尻餅をしてしまいましたが、痛みとかも無いので大丈夫です!それに、何だかこうして農作物をしていると生き生きしている感じがしますわ」
「そうだねぇ、すごく目が輝いているね」
何かとアントワネットはお転婆だったこともあってか、ドレスなどを汚してしまいテレジア女大公陛下から雷を何度も落とされた経験がある。
そのぐらいに外で動くことが好きなアントワネットは、ここで普段の業務などで溜まっているフラストレーションをこのような形で発散させているのかもしれない。
それからニンジンを掘り出していると、パルマンティエ所長が大きな声を挙げてとあるニンジンを掲げた。
「あっ、これです!皆さん、これをご覧ください……これがニンジンをはじめとする根菜類で厄介な病気の一つである変形病によって侵されたニンジンの姿です」
「うわぁ……表面がボコボコになっていますね……」
「はい、こうした変形病で侵されているニンジンなどを食すと腹痛や胃潰瘍の原因になるとされております。こうしたものは出荷せずに破棄しなければなりません。また、同じ場所で栽培すると病が強く残っている場合が多いです。なので、翌年に植える際にはこの変形病に侵された場所では栽培しない事が重要です」
ニンジンの表面を見せてもらったが、かなりブツブツと丸っこいものがニンジンを侵食している。
一昔前前にビックリ系フラッシュ動画で顔面に無数の腫瘍が出来た人間の顔が悲鳴と共に大音量で出てくる動画を思い出してしまった。
それぐらいにボコボコになっている。
多分これは根こぶ病の一種だと思う、線虫と呼ばれている寄生虫によって栄養分を丸ごと吸われた結果出来上がったのは他のニンジンに比べて明らかに小さくて、無数の丸っこいブツブツ状の変形したニンジンの成れの果てだった。
「これはニンジン以外の野菜でも成りえる病なのですか?」
「はい、白菜やカブといった根菜類を中心に広がる病です。こうしたものが集団発生している場合だと石灰などを撒いてしばらく土地を休ませる必要があります」
「ふむ、作物の不作が頻発していたからな……なるほど、是非とも領地で効果的な対策を行ってみます!」
パルマンティエ所長などが貴族や聖職者を中心にアドバイスを行っている。
土地でそうした育成不良が発生している場合などについて、どのような対処を行うべきかなどアドバイスだけではなく、領民の代表者を派遣して王立試験農場で研修を行う事も企画されている。
俺個人としてはそうした農業の学問も発展させるべきだと考えているし、これから化学肥料なども考案されていく予定でもある。
身分などを超えて、農業に関して取り組みをもっと深めるべきだろう。
そう実感したのであった。




