114:ランナバウト
「サン=ドマング総督、ピエール・ジェデリオンデ・ノリボス。及びプランテーション農園側の代表者ジェレミー・ディナール氏が入ります!」
応接室のドアが開いて、サン=ドマング総督のノリボスが姿を現した。
俺と会うなり最敬礼を行って深々と頭を下げている。
後ろにはプランテーション農園の経営者の代表者もやって来ている。
莫大な利益をあげている農園だけあって、旧アデライード派として有名なデギュイヨン公爵などと深い関わりを持っていて、フランス本国でも富豪家として名を馳せているジェレミー氏が応接室に入ってくる。
「国王陛下、ご多忙のところ恐れ入りますが会談の時間を割って下さりありがとうございます」
「いえいえ、私もそろそろサン=ドマングの貿易や治安関係の内情を伺おうと思っていた所ですので、本当に良いタイミングでした。むしろ来て下さってありがとうございます」
「ははっ、何卒この度はよろしくお願いいたします」
この時代における欧州全土で消費されるコーヒーの半数以上を作っているのがサン=ドマングであり、幾つもあるプランテーション農園の代表者として選ばれた彼は、国王である俺にサン=ドマングの経済状況を報告するべく、首都ポルトープランスから派遣されたのだという。
表向きはそう言う風に語っている。
しかし、余りにも胡散臭いというか……仮に総督を人質に取っているとしたらこのジェレミー氏というのは、恐らく総督が変な動きをしないようにする為の監視役なのだろう。
いやはや、富豪家なら刺客あたりを送り込むのがセオリーのハズなんだがな。
俺なら刺客を送り込んで国王を暗殺ないし大けがをさせている間に、混乱に乗じて外国勢力と結託して利益の一部を還元する代わりに独立を宣言するだろう。
実際に去年の赤い雨事件の辺りであれば最も可能性があって実効性のあったやり方だ。
それをしなかったのはなぜか?
それはルイ15世がコーヒー好きであり、サン=ドマングに対してはコーヒーなどの嗜好品の輸出を好きにやらせていた上に、税金も安くしてあったお陰だろう。
そうした経緯もあって彼らはルイ15世が負傷したニュースを聞いた途端に、栄養値の高いバナナや品質がとても良い高級コーヒーなどを寄贈しているほどだ。
だが、そうしたサン=ドマングの繁栄には黒人奴隷などを人間扱いしない程に苛烈なやり方で抑圧してきた歴史があるのだ。
いや、恐怖と弾圧によって経済発展を遂げてきた状況でもあるんだ。
その状況を解除する事を望んでいないのだろう。
ジェレミー氏が派遣されたのも、農園者の代表者として奴隷制は植民地で残すべきだと持論をぶちまける為にやって来たんじゃないかと俺は思う。
とりあえずジェレミー氏に対しては最初は良い感じに話をしておくか。
「そちらの方は……プランテーション農園の代表者として派遣されたジェレミー・ディナール氏ですね?王室御用達の高級コーヒーを作っているプランテーションの経営者でもあるとお伺いしております。いつも美味しいコーヒーを送って下さってありがとうございます」
「光栄であります。陛下がお気に召しているようで何よりでございます」
ジェレミー氏は頭を下げてコーヒーを飲んでいると喜んではいるが、目が笑っていない。
ただじっと俺の方を見つめているのが怖い。
敵意というよりも、相手を見定めているような感じがするんだ。
農園の代表者として選ばれただけに、それだけ商売に通じている人間だ。
気を伺うようにノリボスが会話のスタートを切った。
それは俺が予想していた事態よりも遥か斜め上をいくものであった。
「恐れながら陛下、本日ヴェルサイユ宮殿に赴いたのはサン=ドマングの現状をご報告するためにやって来たのです」
「ほう、総督自らやって来るとなるとは……経済状況が悪化しているのですか?」
「いえ、これから大幅に治安が悪化する恐れがあるのです。各地で奴隷が奴隷廃止を聞きつけてプランテーション農園関係者を襲撃する事件が相次いでいるのです。こうして陛下の元にやってきたのも本国フランス軍による出動を要請する為にやって来たのです」
ノリボスが口にしたのは、サン=ドマングにて黒人奴隷を含めた奴隷廃止令を出した結果、プランテーション農園で従事していた黒人奴隷が中心となって農園から脱走したり、犯罪行為に走っているのだという。
それも、植民地軍では対処しきれない規模に膨れ上がる可能性があり、総督自ら本国に赴いてフランス軍による治安維持出動を要請する為にやって来たのだという。
総督に続いてジェレミー氏がサン=ドマングの詳細を記した資料を俺に渡してきた。
「現在、サン=ドマングには我々フランス人を含めて白人は4万人程度……対して奴隷たちは45万人以上います。その気になれば力ずくでサン=ドマングで大規模な反乱を起こそうとするでしょう」
「しかし、本来であれば今後奴隷は平等扱いになるはず……なぜ元奴隷の彼らが反乱を起こそうとなるのですか?むしろ解放したことで喜ぶはずでは?」
「それはですね陛下……恐れながら申し上げてもよろしいでしょうか?」
「ノリボス総督、顔色を窺わなくても構わないので遠慮なく言ってください」
「はい、我々は恐怖で奴隷を支配していたのです。その恐怖の反動が今になって帰ってきたのです」
ノリボスが語ったのは、近いうちにサン=ドマングが内戦状態に陥る危険性についてだった。




