111:外扇
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「ポリニャック伯爵夫人、如何なされた?」
「いえ、少しだけ考え事をしていたのです。お気になさらないでください」
「そうか、少し疲れたような顔をしているように見えますが……。無理なさらずに」
「ええ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて少しだけ席を外させて頂きますわ」
ポリニャック伯爵夫人は身体を震わせていた。
本人は必死に隠したつもりだったのだろう。
しかし、他の人からは丸見えだった。
どう見てもオーギュストと会談をしてから様子が変だった。
それまでは中流貴族相手に得意の滑舌を活かしながら投資契約を結ばせていたのだが、会談が終えた途端にそれまでとは打って変わってだんまりしている。
しきりに手洗い場に行ったり来たりを繰り返しているのだ。
これでは周囲から不審に思うのも無理ない。
お手洗い場でポリニャック伯爵夫人は何度も沸き起こる身体の火照りを鎮めていたのだ。
オーギュストに出世欲や自分の行動を見抜かれた事に対する苛立ちと、どうやってオーギュストから逃れて宮殿内で勢力を拡大させるか、考えているうちに何度も頭がオーバーヒートを起こしそうになったのだ。
欲望と願望が頭脳の中でひしめき合った彼女は、何度も、何度も身体から沸き起こるエネルギーを発散させるために、一人トイレでハンカチを強く握りしめていた。
「まだ、まだ17歳の陛下に全てお見通しだったなんて……少し揺さぶろうとしたけど甘かったわね」
予想していたよりも、オーギュストは手強い相手だ。
ポリニャック伯爵夫人の目に映ったオーギュストとは、自分よりも遥かに強大であり、栄養分として取り込もうとすれば、直ぐに首を切られてしまうだろうと直感で感じ取った。
言葉の重みも違ったのだ。
『あまり大勢の人を巻き込めば利益が出ている時は味方だが、大損をした際には皆裏切って非難の的になるぞ』
彼女自ら行っている投資の穴を即座にオーギュストは見抜いたのだ。
ポリニャック伯爵夫人が投資で儲けている仕組み。
その仕組みこそマルチ商法のような、他人を紹介するとさらに投資案件に利息を上乗せするという方法を行っていたからだ。
そしてオーギュストは転生者だ。
マルチ商法に関しては詳しかったのでポリニャック伯爵夫人の行っている投資案件というのには限度があるという事を知っている。
新規の投資契約を結ばせれば、その分取り分が増えるが投資を行える人間というのは限られている。
トップや最初に始めた人間には投資先が損をしても確実に儲けが出るシステムではあるが、後から始めたら損をした時に莫大な損失を被るようになっているシステムでもあったのだ。
つまり、ポリニャック伯爵夫人が勧誘をしていた投資案件というのは人的資源が有限の勧誘方法であり、いずれ大勢の人間がこの投資案件に加入してしまうと投資が無くなった時に、破滅的な破綻をしてしまうシステムでもあるのだ。
ポリニャック伯爵夫人からしてみれば、改革を行っているオーギュストは少々厄介な相手ではあるが、手懐けることができると考えていた。
側近は硬くても頭の回る人間なら魅力的な投資案件に興味を持つだろうと思っていたのだ。
だが、それは思っていた以上に甘い考えだったのだ。
「側近連中が有能だと思っていたけど、これでは予想以上に陛下のほうが有能だわ……今の私ではどうしても手が出せない……」
いざオーギュストと話してみれば、投資の弱点を指摘された上にこれ以上投資を行うと不利益を被った際に我々も容赦しないとやんわりとした表現ではあったが警告を受けたのだ。
これがポリニャック伯爵夫人にとって大きなショックでもあったのだ。
今まではブルボンの改革と称して様々な改革に着手していたオーギュストを、彼女は側近たちによる傀儡だと思い込んでいたからだ。
しかし、今日改めて話をすればそれは間違いであり、己の未熟さを痛感する結果となったのだ。
心に響き渡る痛みにポリニャック伯爵夫人はますます惹かれていくのだ。
「陛下……ますます私は楽しみになってきましたよ……」
気が付けば、ポリニャック伯爵夫人の心の奥には野心と陛下に引き寄せられる魅力のようなものに頭の中が蠢くようにぐしゃぐしゃと入り乱れるような感覚に襲われている。
今までにないほどに危険である事を察知したが、それでもこの感覚が享楽的にも感じ取ってしまう自分の身体を落ち着かせることに笑みを浮かべて耽っている。
「対立をすればするほど反発する……であれば、これ以上は目を付けられないように投資をするのはしばらく見送りにしましょう……でも、まだ諦めたわけじゃありませんよぉ……まだまだこの国の中には使える人材が沢山おりますから…ゆっくりとワインボトルで熟成するように落としていこうかしら」
ポリニャック伯爵夫人の次なる目標が決まった。
この国のトップが手強いのであれば、脆弱な部分からゆっくりと削いでいけばいいのだと。
正面からではなく、弱い部分から……。
ポリニャック伯爵夫人は頭の中で策謀を巡らせながら会場を後にするのであった。




