110:抑止力
「成程……ポリニャック伯爵夫人、中々面白い話だ。少額といえど直ぐに案件を持ってくるのは実に凄いな。一体どんな魔法を使ったんだい?」
「魔法は使っておりませんわ陛下、使ったのは人を信頼させる事ですわ」
「ああ、信頼と……女性としての武器を使ったというわけか、まるで竜巻のように全てを巻き込んでいるようにも見えるが……投資案件は程々に行うようにしてもらえるか?」
俺がそう述べた時、ポリニャック伯爵夫人の眉毛が少しだけピクッと動いた。
少しだけ癪に障ったのだろうか?
あくまでも現状では彼女を逮捕することは出来ないし、合法的な範囲で行っているのだ。
だからこれは警告でもあるんだ。
警告を素直に受け入れて貰えるとこちらとしても有り難い。
ポリニャック伯爵夫人は少しだけ困惑したように俺に尋ねた。
「それはどういう意味でしょうか?投資は全て合法的に行われております陛下。何か問題となるものがあったのでしょうか?」
「今現在は貴方の投資の誘致案件は合法なのは知っている。調べたからね……ただ、気を付けておくんだ。投資で儲けていても、いずれ儲けが出ない時がくる。そうなった時、全額投資していたら今まで費やしてきた投資費用が回収出来なくなるぞ」
「か、回収ですか?」
「そうだ、投資に嵌ってしまうと利益が出なくなった際に破滅してしまうぞ」
そう、かつてバブル経済で景気が絶頂期だった頃の日本を思い出したのだ。
不動産、株、よく分からないけどとりあえず土地や企業の株を購入したら翌年には確実に20パーセント以上の儲けが出ていた上に、銀行に1億円預ければ利息で500万円も儲けた狂気の時代。
好景気の熱に呑み込まれていた日本は活気に沸いていたのと同時に、バブル経済がまやかしだと気が付いた途端に一気に不景気になったのだ。
世に言う失われた30年と呼ばれる経済停滞期に突入した日本。
ある程度は経済不況から脱出したが、結果的に技術的に周辺国に追いつかれるほどに悪化したのは事実だ。
そうした事を踏まえても、現在の改革で沸き起こっている投資によるバブルもいずれ終わりが来るときがある。
そうなった時、ポリニャック伯爵夫人が宮殿内で力を付けているとこちらとしても非常に困る。
何故なら国の金で補填しろと言いかねないからだ。
「つまり……この先投資するのを控えろと陛下はおっしゃるのですか?」
「いや、投資そのものは続けていても構わない。ただ、なりふり構わずに大勢の貴族の人達に投資を募っていざ投資バブルが弾けたら、投資を勧めた貴方に危害が及ぶ危険があるんだよ」
「私に?」
「ああ、何も投資というのは100パーセント利益が帰ってくるものじゃない。損をする事だってあるはずだ。損をした時に、投資を勧めた貴方のせいにして危害を加えてくる可能性だってあるだろう?」
俺の指摘にポリニャック伯爵夫人は口に手を当てて考えている。
どうやら思い当たる節があるのだろうか。
しばらく黙って俺の話を聞いてくれたのだ。
「貴方の投資が悪い事だとは言っていない、ただ、これだけは覚えていてほしい。あまり大勢の人を巻き込めば利益が出ている時は味方だが、大損をした際には皆裏切って非難の的になるぞ」
「……分かりました。陛下のお言葉を肝に銘じておきます」
「うん、私からは気になるところがそこだったのでね、ではまた」
俺はアントワネットと共にポリニャック伯爵夫人とは正反対の場所に歩いていく。
ポリニャック伯爵夫人の取り巻き連中は俺と話を済ませた彼女の元に集まってきている。
どんな話をしていたのか気になっているのだろうか。
俺としては、あくまでも忠告で済ませておく。
もし忠告を聞かずにドンドンと勢力を拡大していくようなら、工作も辞さない。
それが政争というものだ。
フランスでも西部では聖職者たちが改革に反対する立場を続けており、現在そうした聖職者に対して工作活動をしている真っ最中だ。
歴史は綺麗ごとばかりではない。
権力者の立場になってから分かるんだ。
安定した政治運営を担っていくには時として政敵を陥れることも必須になっているという事を。
だが、俺は暗殺といった手段は取らないし、あくまでも法的に相手が不味い事をしている場合に世間に広めて失脚を狙うようなタイプだ。
悪事が発覚して、その悪事を咎められて辞めるという方針をしている。
さてさて、釘を刺したことだし、あともう少ししたら晩餐会だ。
美味しい夕飯が待っている。
アントワネットはポリニャック伯爵夫人について気になることがあったのか、歩いている途中にこんな意見を述べていた。
「オーギュスト様、あのポリニャック伯爵夫人はメドゥーサ以上に厄介な人なのでしょうか?」
「ああ、直に会ってみて分かったんだよ。彼女は自分の行為を正しい行いだとして広めようとする癖がある。自己愛精神というべきかな……こんなに苦労したんだ。だから今の自分が正しいと思っているような感じなんだ。多分、投資話も彼女が契約上有利になるようにしている筈だ」
「そうだったのですか……ここ最近宮殿でポリニャック伯爵夫人が勢力を増していたのも……」
「ああ、自分の栄養分になる肥やしを集めていたと思うよ。本人がどう思っているか分からないけど、恐らく自分の事を最優先で考える人だ。アントワネットも彼女には気を付けておきなさい」
ポリニャック伯爵夫人。
今日、会話をしてみて分かったが、やはり史実のように誘惑的で様々な形で俺たち王族を手玉に取ろうと考えているようだ。
要注意人物だと国土管理局でも語ってはいたが、やはり思っていた以上に彼女は厄介だ。
厄介さを助長しているのは本人が正当性を持って自分が正しい事をしていると思い込んでいることだろうか。
投資案件も絶対に儲かるんだと謳って俺にまで勧誘をしてきたんだ。投資に絶対など有りはしないのに……。
本人に悪気が無くても、心のどこか奥で金持ちを恨んでいるような気がした。
本人の境遇を考えてみれば同情する部分もあるが、金持ちから金を巻き上げて見下した相手よりも、さらに金持ちになって彼女なりの復讐をしようとしているのかもしれない。
宮殿内で権力を振りかざすかもしれないし、もしこれ以上発言権が大きくなってトラブルを起こすようであれば、彼女には宮殿から去ってもらう。
そうした考えを纏めて、俺とアントワネットは他の人のダンスを鑑賞することにしたのであった。




