1059:スコーン(下)
ケルンの街中は賑わいを見せている。
それは戦後においてベルリンよりも発展を遂げて急成長ともいえる経済発展が行われている事に由来している。多くの人々が夜の街に繰り出して、酒を飲みながら語り合っている場所でもある。
主に大衆居酒屋として栄えている「クナイぺ」と呼ばれている場所に集まり、労働者の多くが日々の労働で培った汗を流し、ソーセージやビールを飲み食いしてストレス発散のために食事を楽しんでいた。
そんな中で、国土管理局の職員とオーストリアの諜報機関が合流を果たす。
一番奥の席に座った彼らは、まず事前の確認としてこの居酒屋の裏側にある宿屋、それから宿屋で使われている倉庫が怪しいと睨んだ。
睨んだ理由としては、ケルンの銀行が預かった多くの銀貨を調べた結果、複数の人物が銀行に預けていたものの、その大元となる場所がこの居酒屋や宿屋で使われたテレジア・ターラーであったことが判明しているのだ。
預かったテレジア・ターラーを両替する形でリーブルに変換し、テレジア・ターラーはミュンヘンに移す。
銀行としても贋金を掴まされた個人が行っているとは考えづらく、さらに複数人を聴取したところ、この居酒屋と宿屋ではケルン市内においても規模が大きく、尚且つ両替商も駐在しているためにそこか贋金の出処ではないかという結果になったのである。
国土管理局から派遣されたのはアンソニーの部下であり、今はケルンに派遣される諜報員のロンである。
ロンはオーストリア側の諜報員と握手を交わして軽く自己紹介をするが、オーストリア側の諜報員は何故ここを集合場所としたのか少し疑問に思っていたのである。
「しかし……この場所で良かったのですか?あまり人が多い場所だと困りますが……」
「いえ、ここでないといけないのです。彼らの資金源がこの居酒屋と宿屋にあるとすれば、その元を辿る上で欠かせないですからね……現場を抑えないと彼らだって被害者を装うかもしれない。それに……」
「それに……他に理由があるのですか?」
「……ここは奴らの隠れ蓑だとしても、味はこの街一番と伺っています。酒は支障があるので飲めませんが、それでも味わってからやるべきことをするべきでしょう……それから、彼らの両替が本命であって、そこを抑えるのも軽く食べてからのほうがいい」
「そう言う事ですか……まぁいいでしょう。私も夕飯をまだいただいていないですし」
ロンの言い分に若干呆れながらも、実際に隠れ蓑に作る反面、その隠れ蓑が機能するように様々な対策を講じている。
その理由の一つとして、この店の味はケルンでも随一と言われており、常に座席は満杯になるほどなのだ。
多くの人々が大衆居酒屋と伺っているものの、味に関しては高級レストランと謙遜ないレベルに熟成されたソーセージや、しっかりと挙げたポテトなどが並べられており、そのボリュームもさることながら、味もすこぶる美味いのである。
「お待たせ致しました。当店オススメのセットメニューです」
「おっ、きたきた!これですよコレ!食べてみたかったんですよね~」
「これですか?」
「ええ、何でも元宮廷出身者のシェフとして雇っていることもあって、味に関しては絶品なんですよ」
「……確かに、美味しいですね……元宮廷料理人というと……ベルリンの方ですか?」
「ご名答ですね……それも、彼らは少なくとも味に関しては妥協はしない人達です。思想はともかく、彼らは宮廷においてそれなりの地位を確立していた人です。ここにいるという事は、つまるところ……」
「例の薔薇が関わっているという事ですね」
「そう言う事です。彼らはベルリンが崩壊してもなお権力を維持するために関係者の縁は切れない……つまるところ……シェフもまた関係者というわけです」
ロンが語った話も調合性が取れている。
すでにこの店や宿屋の主人に関しても調査が行われたのである。
結果として、彼らは薔薇十字団のメンバーとして繋がっており、居酒屋と宿屋も合わせて複合した残存機関としての役割を果たしていたのである。
元宮廷料理人という肩書も、ここでは薔薇十字団のメンバーとして引き入れてもらっているという上に、彼らが贋金を製造しているというのも、薔薇十字団の復活を考えての行動ではないかと予測されている。
それを理解した上で、ロンとしては居酒屋と宿屋、そして裏側にある倉庫を同時に現場を抑えておかなければ一人でも脱出して逃げてしまえば贋金の元になっているコインの製造に欠かせない銅板などを持ち逃げして第三国で生産してしまうリスクも挙がってしまうのだ。
食事を頼んだのも、決して自分がこの居酒屋がダメになってしまうまえに最後に食べておきたかったという私欲も含んではいたものの、薔薇十字団がこれ以上暗躍しないようにするためにはやむを得ない処置でもある。
食事を20分程度で済ませると、ロンは客を装ってウェイトレスに対して両替が出来ないかと尋ねたのである。
「すまない、会計の前に両替をしたいのだが両替商は何処にいるんだ?」
「こちらにございます」
「ありがとう。助かるよ」
ウェイトレスの案内に従って両替商の元にやってきたロンは、10リーブル紙幣を取り出す。
すでにこの時代には透かし入りのリーブル紙幣が製造されていたが、フランス本国でしか生産されておらず、その価値も高額紙幣故にそれ相応の価値をもっていたのである。
両替商のほうも、10リーブル紙幣の新札を出してきた客はあまりいなかったこともあり、少しばかり驚いた様子で紙幣を眺めた。
「こちらの紙幣をテレジア・ターラーに両替したいのだが、可能か?」
「そうですね……10リーブル紙幣を見るのはあまりない機会ですから、少々お時間をください」
「それで構わない。あとそれから……テレジア・ターラーは”新品”のものがあるのかい?」
「……?ええ、うちの両替では新品を取り寄せているので常に新しいものを取り揃えておりますよ」
両替商は自信満々にそう答える。
彼はテレジア・ターラーが複数枚保管しているとされている倉庫に出向く。
そして倉庫から持ってきたテレジア・ターラー銀貨をロンに渡す。
すぐにロンは財布の中に銀貨を入れるのではなく、贋金の特徴的な紋章が異なっているかどうかを確かめる。
1枚……2枚……3枚……全て贋金の特徴である紋章が異なっているテレジア・ターラーであった。
これでハッキリと両替商が黒であることが判明し、そそくさとオーストリア側の諜報員に報告。
さらに宿屋で休憩と称して先払いで金銭を支払った別の諜報員も贋金を宿屋でも使用していることを突き止め、午後9時30分に居酒屋と宿屋、それに倉庫に一斉捜索に入ったのである。
結果は黒であり、倉庫内には『ケルン経済研究部門第6研究室』に属していた技師が複数いたのである。
彼らはせっせとテレジア・ターラー硬貨を製造していたところであり、直ぐに破棄しようにもそれが出来ない状態だったのだ。
ケルン市内においてテレジア・ターラーの贋金が作られていた事件が発覚した事で、他にも協力者がいないか調べるためにケルン市内における取締は強化されるようになり、贋金を掴まされた一般市民に対しても無償で正規の硬貨と交換できるようにしたため、被害は最小限に食い止められたのであった。




