表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1060/1065

1058:スコーン(中)

ケルンにおける経済発展状況は、オーストリア、フランス双方にとってのメリットを増やしていた代わりに、民間の間では企業間による取引も絶えず行われていたのである。

というのも、オーストリアとフランスの間に掛けられている関税率と比べて、一度ケルンを挟んだ上で貿易を行うと関税率は直接輸出入をするよりも5%も手数料が安く、かつオーストリアのウィーンに向かう便も比較的安全なルートを通じて行われたことで、戦後賠償としてオーストリアに割譲されたミュンヘンにも恩恵が与えられるようになった。


ミュンヘンの自治政府もオーストリアの影響下に置かれているものの、実態としては半ば独立行政区としての地位を確立しており、名目上ではオーストリアの併合地域における自治政府という扱いになってこそいるが、ミュンヘンの自治政府はケルンと協力してプロイセン王国時代末期における経済低迷から抜け出して復興を果たした都市同盟として条約を締結をしたりするなどしている。


その一方で、フランスの諜報機関の活動も北米複合産業共同体との戦争が勃発して以降、このケルンにおいても活発化してきているのである。

その理由として挙げられるのは、プロイセン王国との戦いで暗躍し、国王を誑かしたあの薔薇十字団のメンバーの生き残りがいるのではないかというものだ。


薔薇十字団は詐欺師として名をはせたカリオストロが権力を掌握し、最終的に国王を誑かした生粋の友愛団体であり、当初の目的である友愛に関しても、自分達の思想に共鳴しないものは友愛の敵と見なして攻撃する事も辞さなくなったことから、ネーデルラントやオーストリア、それにクラクフ共和国への軍事侵攻に踏み切った戦争を勃発させた者達であり、彼らの多くは戦後のベルリンで裁判を受けるか、もしくは戦場で散って死亡するかのどちらかであった。


ケルンにおいても例外ではなく薔薇十字団のメンバーが戦死、もしくは市民によって逮捕された際に、薔薇十字団の兵士が残していた日誌や名簿などを見ても、戦死者や捕縛された者を差し引いても10名前後の人間が行方不明となっており、この行方不明となっている数に対しても殆どが『ケルン経済研究部門第6研究室』に属していたメンバーであり、多くが戦闘要員でなかったことが挙げられるのだ。


戦闘員の多くは捕縛ないし戦死した上に、撤退した者達の多くがベルリンの戦いで散っていった。

その反面、薔薇十字団の裏方として暗躍を遂げていた政治部門の者であったり、経済部門に関して関わっていた複数人の薔薇十字団のメンバーが戦後行方不明となっている事が判明したのである。

これらのメンバーの多くが北米複合産業共同体との関係も持っていたとされており、同時に北米複合産業共同体とのスパイを通じて中欧地域における政治的混乱を引き起こそうと画策している可能性が浮上したのである。


国境地帯であったり国内の革命分子などの摘発を行っても、薔薇十字団のメンバーとの関わりのある者の摘発がいない現状、旧プロイセン王国地域に潜伏しているのではないかとする報告書が作成され、この報告書はフランスとオーストリアの政府に共有され、それぞれの諜報機関が薔薇十字団の残存メンバーの摘発に乗り出したのである。


ケルンの経済的重要性が揺るぎないものになった事に加えて、人の出入りが多くなっている現状からして、薔薇十字団のメンバーがプロイセン王国領だった地域に留まっているとすれば、ケルンが潜伏場所として適していると想定し、国土管理局では双方の政治問題にならない程度に、ケルンの内部監査などを行って監視を続けることになっていた。


というにも、国土管理局としては薔薇十字団といった秘密結社が未だに活動をしているのではないかという疑問と、出所不明の資金源が存在しているのではないかという噂が飛び交っていたからだ。

問題となっている『ケルン経済研究部門第6研究室』に属していたメンバーの大半が薔薇十字団結成時から存在していた部署であり、尚且つカリオストロが権力を掌握した後にこの研究室には通貨・紙幣部門に精通していた者が集まり、多くがギルドの一員として通貨製造に携わっていた職人や工員のメンバーがいたとされている。

そして贋金事件を切っ掛けに経済対策などを任されていたメンバーでもあったのだ。


贋金事件が起こった際に流通していたフランス製の贋金に対して、文字の刻印とコインの均一性を指摘し、本物と贋金を見分ける方法を発見し、ベルリンに対して直ぐに報告し、見分ける術を教えたとされているが、残念ながら新しく通貨を発行しようにも、既に無価値となるぐらいに金融パニックを起こしていた市場を止める手段はなく、結果として彼らの試みは失敗に終わっていたのだ。


だが、話はここで終わらない。


ベルリンに向かって脱出したとされているが、実際にはこの経済部門に属していたメンバーの多くが贋金事件で価値の無くなった銀貨ターラーを多くかき集めていたとされており、これらの銀貨を溶かしてリーブルやテレジア・ターラーなどの共通通貨に作り直し、この贋金を資金源に正規のリーブルやテレジア・ターラーに換金し、これを資金源に薔薇十字団を復活させようとしているのではないかという都市伝説がケルンの酒場を中心に広がっていたのである。


単なる噂話であればそこまで目くじらを立てることはなかったのだが、決して無視できない事件がケルンの銀行からミュンヘンの通貨両替所に移送されたテレジア・ターラー銀貨の中に不審な銀貨が複数枚混じっていたのである。


最初こそエラーコインないし経年劣化や損傷によるものではないかと言われていたが、調べを進めていくうちにオーストリアの造幣局で作られたものではなく、精巧に作られた贋金であったことが判明したのである。


精巧ゆえに、プロイセン王国に残されていた造幣局などを強制捜査したものの、すでにこれらの造幣局にはオーストリアやネーデルラント、フランスなどから派遣された職員が監視している上に、コインの製造の上で欠かせない圧印作業の工程などを検査しても異常は見られなかったのである。

故に、それ相応の技術を持った組織が集団でテレジア・ターラーを製造しており、それも精巧に作るだけの技術を有している事は由々しき問題でもあった。


贋金と判別できたのは裏面の紋章部分に違いがあり、1780年に製造されたテレジア・ターラーには無い紋章が描かれていたことが決め手となったのである。

この事件を受けて、複数の組織などが事件に関与をしているのではないかという調査が行われ、フランスの国土管理局並びにオーストリアの捜査により、これらのテレジア・ターラーを製造している場所がケルン市内に存在することを突き止めたのである。


強制捜査を悟られないように少人数かつ精鋭のメンバーをかき集めて、彼らは人々が寝静まった真夜中に贋金の製造所となっている工房への強制捜査に踏み切ったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー

☆2020年9月15日に一二三書房様のレーベル、サーガフォレスト様より第一巻が発売されます。下記の書報詳細ページを経由してアマゾン予約ページにいけます☆

書報詳細ページ

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ