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1053:進むべき時

アントワネットはまだ寝ているので、報告書は彼女を起こさないようにゆっくり見ている。


(まだ午前4時半だもんなぁ……寝ている時間帯だし、アントワネットの機嫌を損ねるような真似は控えた方がいいかな……この時期はまだ薄明かりしか光源がないから暖炉の火を頼りに見ているけどね……)


何と言っても、彼女の寝顔を崩してしまうようなことがあればアントワネットはあまりいい顔をしない。

不平不満を口には漏らさないが、機嫌があまり良くない時は少し顔に出る時があるのだ。

アントワネットはストレス発散のために家庭菜園であったり、ワインの酒造所に出向いてワインを飲んだり自分の趣味などをして発散させているので、これでもまだいいほうだ。


喜ばしいことに、史実のような派手なストレス発散方法をしていないだけマシだ。

なにせ史実ではストレス発散のために散財することが多くなって競馬などのギャンブルで当時の紙幣価値にして10万リーブル……日本円で10億円ちかくの金を吹っ飛ばしたり、夜に宮殿を抜け出して仮面舞踏会に参加して贅沢なことをすることが多くなったりと、本人のメンタルケアなどが疎かになってしまったために、貴族からはいい顔をされていたが、平民からはあまり好印象を持たれていなかったのではないかと言われているのだ。


これには諸説あるが、競馬などのギャンブルにのめり込んだのもフランスでの生活にストレスが掛かり、当時のデュ・バリー夫人との間でトラブルがあったこともあり、関係悪化により宮廷内でギクシャクした関係も相まってこうしたギャンブルでストレス発散をしていたとされているのだ。

最も、ジョゼフが産まれてからはそういったギャンブルとは縁を断っていたため、彼女も母としての自覚をもってからは精神的にも自立した心を持っていたとされている。


(アントワネットとこの先も上手くやっていけるように彼女自身のサロンで改革について答弁などを行っているぐらいだからなぁ……いずれ政治家になったとしてもやっていけるだけの度量と発信力があるからね……)


アントワネットの集金能力も凄まじい。

彼女はお金を集めることだけでなく、投資をして莫大な利益を産み出す能力を身に着けているのだ。

何分、史実でギャンブルで十億円相当の金額をスッたにせよ、多額の資金を運用できるだけの能力があることを見込んで、ギャンブルを使う側ではなく産み出す側でやったらどうかと数年前に尋ねたことがあったのだ。


「アントワネット、何かお金を集める方法でいいのは無いかな?」

「そうですね……国庫の足しになるものでしたら考えがあります」

「ほう……どんな感じのやつだい?」

「短期的には赤字ですが、中長期的には国の財産として、そして私たち王室にも利益をもたらすものがあります。王室企業が管理・運営する競馬場を建設するのです」

「競馬場……」

「幸い、地区の再開発でパリにおける娯楽施設の需要が高まっているんです。その需要を満たせる施設として作るんです」

「成程……確かに中長期的にはフランスの利益になるね……いいアイデアだ!」


アントワネットのアイディアが形になり、国家プロジェクトの一環として大きな競馬場がパリに建設されている。

が競馬などで使われている馬の飼育を王立企業が担うだけでなく、パリに芝とダートの複合型の大型競馬場を建設したのである。

アントワネットが立ち上げたプロジェクトであり、ブローニュの森の中に建設した総面積70ヘクタールに及ぶ巨大競馬場だ。

競馬場の胴元となれば、賞金などを差し引いても売り上げだけで大きな大会がある度に一日で10万から20万リーブルの収益が見込めるのだ。


その名も「大・ロンシャン競馬場」……史実でも1800年代にパリロンシャン競馬場としてブローニュの森を切り開いて行われている競馬場ではあるが、大きな違いはその面積と使用目的にある。

史実のパリロンシャン競馬場は60ヘクタール未満であったのだが、アントワネット主導で建設された大・ロンシャン競馬場はそれよりも10ヘクタールも大きい設計がされている。

これには三つの理由があって拡大が施されたのである。


まず一つ目はパリ市内に近い場所にあるブローニュの森なのだが、この森では昔から政府の認可を取らないやり方の()()()()()()サービスを行う個人女性や男性が根城としており、警察の取り締まりが行われるたびに数十人が検挙される程に乱れている地域でもあり、半ば黙認されているようなアンダーグラウンドと言ってもいいような場所でもあるのだ。

さらに、この場所では阿片などの指定薬が無許可で販売されていた事例もあり、危ない取引現場としてパリの治安を悪くしている要因の一つとなっているのだ。


そういった場所において、人の出入りが多くなれば人の目を気にするようになり、そうしたいかがわしいサービスを行う人物も立ち寄らなくなるというわけだ。

最も、ゼロにすることは難しい上に、これは現代のパリでも警察の取り締まりが行われていても尚、摘発者がいる上に治安も良くない場所として知られているのだ。

負のイメージを無くすためにも、こうした取り組みが必要であるのだ。


次に、この競馬場を立ち上げた際にも、平時では競馬や乗馬クラブなどが使えるように市民の娯楽の場として提供する一方で、有事が発生した際には陸軍の騎兵隊や歩兵部隊の訓練場として使用が可能になるのだ。

現に、今は北米複合産業共同体との戦争状態になっていることもあり、八割方完成した競馬場に関してはパリに拠点を置いている騎兵師団や、北米大陸に派兵される訓練兵などが訓練を行っており、主に騎兵に関しては馬術を用いた訓練を、歩兵に関しては基礎訓練と射撃訓練が行われており、トラックに関しても基礎体力向上のために兵士達の鍛錬の場として活躍しているのだ。


いずれ時代が進めば有事の際に戦闘機やヘリコプターの離発着場となる場所になるだろうし、首都に広大な平地があるというアドバンテージは有利に働く。


そして何よりも大切なのは災害対策だ。

パリ大火災のような大災害が発生した場合には、避難所として開設できるようにしたものである。

アントワネットからの提案を受けた際には驚いたものの、この災害対策は有意義に働くと考えている。

災害もパリでは1910年に大水害が発生し、市内のセーヌ川が氾濫して大きな被害を齎した記録が残されている。


現代でも治水対策を施していてもセーヌ川の氾濫が発生し、度々洪水が発生している地域でもあるのだ。

故に、パリ大火災や水害が発生した際の避難場所として一時避難が出来るように、陸軍などを動員してテントや仮設トイレなどを設置できる対策が行われているのだ。

無駄な予算ではないかと言われるかもしれないが、災害対策において無駄な予算というものはない。

災害を過小評価することが最も恐ろしい行為でもあるのだ。

人が救われるのであれば予算を通じて設備投資をしたほうがいいだろう。


そんなことを想いながら報告書も中ほどまで読み終えたところで、気になる記述を発見したのである。

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