1049:解体(上)
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1797年1月2日
旧ロシア帝国構成国家 モスクワ都市連合国
新年を迎えたモスクワでは、ピョートル降臨神を崇める救世ロシア神国を排除し、スウェーデン軍指導の下で再編成された都市国家が建設されていたのだ。
モスクワ都市連合国も、実質的に都市同盟と同じく国家に属さない都市が独立を維持する代わりに、少なくない税金を新ロシア帝国に支払うことで彼らの支配から逃れることが出来ていたのである。
モスクワ都市連合はクレムリン宮殿を中心として、半径200km圏内の都市や農村部を吸収した小国ではあったが、その活気と10年以上救世ロシア神国の首都として栄えていたこともあって、彼らの国家体制は都市連合国という名目よりも実質的にクラクフ共和国よりも国力も軍事力を兼ね備えた国家になっていたのである。
新年を祝っていたモスクワ市民らは、都市連合国の商業者らが新年を祝って無償で配布したアルコール度数の強い酒であるウォッカと、ライ麦で作ったパンが貴賤を問わず平等に配られ、多くの者が新体制を歓迎していたのも事実だ。
主に、スウェーデンとフランスなどの西欧各国によるパワーバランスの調整と、ロシアが強大化して統一国家となって再び強大な敵となって東欧諸国や中欧地域に影響を及ぼすのを防ぐために、国家の分割化という選択肢をとったのである。
これを主導したのはグスタフ3世とルイ16世であり、ヨーロッパ史においてはロシア再統合の機会があったのはこの時が最期であったと語られている。
この際に、お忍びでパリにやってきたグスタフ3世と面会したルイ16世が、ロシアが巨大な大陸国家になった場合、将来破滅的な威力をもたらす爆弾の原材料であったり、電気を生み出す石炭などの化石燃料等の資源を有している国家が一強となれば、将来その資源を巡って兵器や武器を製造したり、破滅的な戦争を仕掛けて欧州全土が戦場になるリスクが高いと警告したのである。
その証拠として、救世ロシア神国主導で行われた自国民や東欧地域での虐殺行為に触れた上で、もしロシアが同盟国で一定程度の武器や兵器を供給して進軍をしていた場合、北はスウェーデン北部地域、中部はポーランドを超えてプロイセン王国の首都であるベルリン、南は中東地域まで彼らの支配領域になっていた可能性が高いとする検証結果を見せたことに由来している。
その検証結果を見たグスタフ3世はしばしの考えた後にルイ16世に尋ねた。
「ルイ16世陛下……ロシアの再統合は望ましくないと仰っているのは良く分かりますが、モスクワなどの都市部で都市同盟を結ばせておくのはどういった意図があるのでしょうか?」
「都市同盟を結ばせることによって、かの国家間でロシアという強大な国家が再び統合しないようにそれぞれ分割させておくのです。最初のうちは再統合に前向きな意見もあるでしょうが、都市同盟で経済力を付けていけば、彼らの間では格差が生じていくでしょう。その生じた格差によって国家の統合がリスクであるという認識を彼らに持たせる事で、国家の再統合を断念する事を庶民の間でも広げることが可能になるでしょう……」
「緩やかな連合国家体制を構築するとは思いますが……それも今後はせずにあくまでも都市部間での同盟に留まってロシア東部の都市国家体制に移行する……という事ですかな?」
「モスクワの都市同盟からしてみれば、これ以上の軍拡なども行うことはスウェーデン軍による軍事侵攻を引き起こすと判断するでしょうし、何よりもかの国がこれ以上巨大化するのは我々の子孫にとって良くない事になるのです」
ルイ16世が主導した計画では、新ロシア帝国領はミンスクからサンクトペテルブルグの領域に限られており、これは元々の保有していた地域の5分の1にも満たない地域であった。
それでも新ロシア帝国はまだ重工業を生産できる地域を残したのは温情であったとも言われている。
経済圏は限られるようになり、また復権を果たしたポーランド政府がミンスク方面での影響力を強めており、新ロシア帝国はスウェーデンの傀儡国家として帝政を有しながらも、国家元首はスウェーデン国王である事や、現地の皇帝は必ず収支報告をスウェーデン国王に報告し、虚偽の報告をすれば直ちに皇帝の座から降ろす権限を有していたのも事実である。
すでに新ロシア帝国は以前と比べて領地も発言権も縮小している状態ではあるが、これでもまだ脅威になると考えているルイ16世を些か心配性ではないかとグスタフ3世は考えて、こう告げた。
「……随分な言い回しですが、あの国が我々を脅かす事になるのでしょうか?」
「なります。断言してもいいですが、ロシアには広大な大地があり、その多くが手つかずの状態であるのはご存知だと思いますが……東シベリア一帯には可燃性の気体が噴出する地域が複数あるとされており、この気体が将来燃料として使えるようになれば、間違いなくロシアはその気体であったり燃料などを使って資源大国になります。資源を確保した彼らは欧州向けの資源の制限などを加えるなどして脅して交渉材料にする事は目に見えております。今は無理でも百年、二百年後に再統一がされるようなことがあれば、彼らは西欧諸国への復讐のために、そうした資源を武器に立ち上がることは必須です。故に、それを阻止するために今力が無いうちに手を打つべきなのです」
「数百年後の未来のためにか……確かに、今はそこまで力が無くても資源大国になれば話は変わっていきますな。我が国の安全保障を鑑みれば、ロシアを抑制するために都市国家のみに絞って力を抑える意味合いで今の分裂状態のまま国家を固定化していく事が最適解ですな」
あのロシアは再び立ち上がった際には、周辺諸国を巻き込んだ戦争をしでかす。
それは指導者の中に強大な国家権限を保有し、それを行使できるだけの実力を持った人物や組織が上に立つと危険であるという表れでもあった。
現に、この時代において救世ロシア神国による反乱がモスクワなどを陥落し、ミンスクの中心部まで迫った勢いで攻勢に転じたことを踏まえると、ルイ16世の発言も一定の説得力のあるものであった。
後世のモスクワにおける民族主義派が主導して採用している教科書では『ロシア再統合を無き者にした悪者』として描かれており、グスタフ3世とルイ16世が大きなナイフでロシアの大地を切り取るイラストが掲載されている。これは新ロシア帝国が首都をサンクトペテルブルグに固定した上で、旧ロシア帝国領までを編成した後にスウェーデンとフランスの影響下に置かれたことに由来している。
スウェーデンの影響下に入った新ロシア帝国では、スウェーデン王室との間で政略結婚であったり、スウェーデンの息のかかった者が政治を動かすようになっており、エカチェリーナ2世の時代に活躍していた政治家の貴族や聖職者の多くが発言権を失っているか、救世ロシア神国に捕まって無残な最期を遂げたかのどちらかであった。




