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1046:年越しのために

本年初投稿です。

「おや……もう7時か……そろそろ仕事を切り上げないとアントワネットが怒るから今日はここまでだ」


さて、業務の事については一旦ここまでにしておこう。

仕事の方も夜7時以降は緊急時を除いてしないようにアントワネットから厳命されているからだ。

俺が何度か徹夜が原因で風邪ひいたことに対してかなり怒っていたし、今日はここまでだ。

最近は書類の決裁であったり、報告書を見るのが仕事になっているが、これでも王政政治としては理想的なものになっていると思う。


「いずれは立憲君主制の民主議会制に行き着くのが理想的ではあるんだけどね……イギリスや日本みたいな国王や天皇が国の象徴とし、機能できるようにしておいたほうが国民は必然的に君主に対して敬意を評する社会が構築できる。余程のヤバいスキャンダルであったり失政をしない限りは大丈夫だ。シャルルやその子供たちが安心して王族として暮らしていける社会になればそれで大丈夫だ……」


確かに国王自ら政治介入を行って先進的な改革を行っているのは、トップダウン型でいいかもしれないが、いずれ時代が進んでいけば国王自ら権力を振るうことに対して疑問を持つ人間が出てくるはずだ。

特に国王の政治能力が優秀ではなく平凡であってもまだ何とかなるが、世襲制になって政治能力も人格能力も最悪だった奴が統治者になった場合、国民の不満が爆発するのは必須だ。

これに加えて、統治者が近代化政策を推し進めて努力をしていても、時の政情不安や経済不安によって不安が増大して革命が発生し、国外退去を余儀なくされたケースも複数あるのだ。


「国王が追放される……なんてなろう小説みたいな事が20世紀には頻発したからなぁ……ただ単に国王や皇帝が変わるんじゃなくて、革命によって追放されたりして君主制が無くなった国もあるし……」


有名なところで言えばイラン革命が起きる前の王政時代のイランの話が有名かな。

1950年代に当時の国王であったパフラヴィー2世がイランの西洋化を推し進めて、識字率の向上や産業の促進などを行ってイラン経済を底上げする政策を行ったのだ。

これは国民の識字率を高めて農政改革、重工業化政策なども実施して識字率の向上こそ成果は出たものの、農政改革は中途半端に終わって失敗し、また石油産業主体となっていたイランが一極集中化したことによって貧富の格差が拡大し、国民が反王政派に転じた事で、イスラム勢力による革命が勃発して親欧米派のパフラヴィー2世は亡命を余儀なくされたのだ。


原因として複数の要因が挙がっているが、やはり欧米からの支援があったとはいえ、その恩恵を受けていたのが一部の富裕層や軍幹部、それに石油事業に携わる人達だけで、多くの国民はその恩恵を受けることができず、さらに言えば西欧文化の流入と軍事面でアメリカ製の装備品を購入していたことが保守派からの反発を招き、急進的なイスラム勢力による革命へと繋がったのだ。


その後のイランがどうなったかといえば、反米主義思想を押し出してイラク、北朝鮮と並んで悪の枢軸と呼ばれており、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻の際にはロシア側に自爆ドローンや短距離弾道ミサイルなどを輸出していることが確認されていたりもするので、東側諸国の中でもとりわけ中東地域において軍事国家として一定の影響力を置いている。


そして、フランス革命でもそうだったが……一度革命が勃発して王が退位されたり亡命したりすると国王が復帰することはかなり難しくなる。

20世紀初頭までであれば、ヨーロッパでも国王や皇帝の権力は地域に根付いているので、フランスのオルレアン派やナポレオン派による当時の皇帝や国王の子孫などが表舞台に立ってスピーチをする事もしばしばあるが、第二次世界大戦後に革命などによって正式に国王の退位や廃位が定められて君主が不在になって代表となる人物が居ない場合もある。


東欧地域においては20世紀半ばまで国王や皇帝がいたが、これらの地域では第二次世界大戦後に進駐してきたソ連軍によって王政や帝政が解体され、多くの王族や皇族の関係者が西側諸国に亡命。結果として東欧諸国では王族や皇族関係者は継承権がある一市民として生活をしているケースが多いのだ。


「東欧ではソ連による圧力で社会主義政権が設立されて王族や皇族関係者は国を追い出されたからな……それでいて、現代でも王政復古運動こそあれど成功した国はいない……結果として議会を経て大統領や首相が強い権力を掌握して国王時代以上に圧政を強いる例も少なくないからなぁ……先のイランもそうだったが、ベトナムの場合も有名だからなぁ……」


かのベトナムにも第二次世界大戦後までバオ・ダイという皇帝がいたが、時のベトナムの権力者であったゴ・ディン・ジエム首相による画策により廃位させられて最終的に亡命先のフランスにて余生を過ごしたパターンもある。

最も、バオの場合は廃位に追いやったジエムが熱心なキリスト教徒であり、仏教徒を平然と弾圧した挙句にアメリカからも【こいつは使えない】と判断され、最終的には同国軍の将校とCIAが結託したクーデターによって殺害されているため、因果応報といえばそうなるかもしれん。


ただ、バオは君主としては人気が無かった上に、国民からの支持も低かったことがジエムによる国民投票による廃位に繋がったので、君主としての箔などが無いと上手くいかないケースとなる。

いずれにしても国家君主が居なくなった後の国が共和体制や連邦体制に移行したとしても、うまく機能していた例は少ない。


そこが難しい所なのだ。

かつてタイ王国の国王であったラーマ9世などは国民から絶大な支持を得ていたし、日本の昭和天皇の場合も象徴天皇制となってからも国民は天皇制を支持し、象徴であったとしても権威と名声は名だたるものであった。

国民から慕われる存在であれば、自然と王族や皇族に対する敬意というものが発生し、人々はその事に対しても肯定的になる。


「いつまでも素晴らしい国王が誕生する……なんてことは限らないからなぁ……王族にしろ皇族にしろ、変なスピリチュアルな考え方であったり女性関係に嵌って国民から白眼視される人もいる。それに晩年になって名君だった人がカリスマ性や手腕を失って傍から見れば乱心しているような行いをして晩節を汚してしまう事もある……君主制であっても、任期を設けた方がいいかもしれないな……」


敬意などが無い人物が王位や皇帝などに即位してしまうと、議会制民主主義が発達した国においては反発の対象となって人々から人気などが無くなって廃位などの対象にされてしまうのだ。

それに加えて、君主制であってもメリットやデメリットも多く存在している。

この事を踏まえた上で、今後のフランスを如何にして運営していくかそろそろ本格的な議論をするべきだろうな。

その事を踏まえてアントワネットにも話しておくべきだろう……。

今年もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
タイは強い王朝の良い部分と悪い部分の良い見本ですよねえ。名君なら良いが、そうでない時は・・・。
あれだけ盤石に見えていたタイの王政だって今のラーマ10世になってから危ぶまれてるからな プミポン国王の唯一の失敗と言える
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