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大坂で祭りが行われている頃……。
中国大陸では血で血を洗う流血の騒ぎが起こっていた。
中国の大部分を支配している白蓮教の統治下に置かれていた上海では、白蓮教の教えに忠実に守っていた複数の参加者が、突如として集団で笑いながら裸になったり刃物を振りまして襲い掛かるなどの奇行を起こし、それも一人や二人ではなく数百人以上が同時多発的に気が触れたように笑い、そして叫びながら凶行を開始、述べ5万人規模の死傷者を出すという凄惨で怪奇的な事件が起こった。
この事件は焼香の香りに満たされた状態で集団祈祷を行っていた集団が、ある列を過ぎた頃から参加者たちが急に笑い始めたのだ。
最初は何か面白い話でもしていたのかと思われていたが、実はそうではなかった。
彼らは幻覚を見てしまっていたのである。
「見えるッ!仏様が我々を救ってくださる時が来たのだ!」
「浄土の世を広げよう!この共感を広げよう!」
ある者は仏教の教えである弥勒菩薩が目の前にやってきて高徳な教えを説いたと語り、またある者は周囲の空気が一体となって自分がその空気に溶け込んでいる感覚に陥ったと述べている。
そう、彼らは集団で幻覚を経験し、その幻覚作用はやがて幻聴も併発して集団錯乱を起こすには十分であった。
この集団祈祷の直前に、白蓮教側が出した食事には地域で採れた山菜や身体の血行を良くする漢方薬などを煮詰めた鍋料理が提供されており、その中でマイソール王国で採取された乾燥のキノコを『長寿となって健康に良いとされる薬』と称し、複数の貿易工商に務めていた人物が善意で入れたのである。
入れた理由についても、マイソール王国から貿易品などを持ち込んだ船から持ち込まれたものであり、この持ち主が肺結核により急逝し、家族が持ち物を全て白蓮教に寄付したいと申し出たためである。
「父の品がこちらの船にあるとお伺いいたしました。是非とも白蓮教に寄付を願いたいです」
「それは構いませんが……これは薬ですか?」
「そうです。マイソール王国から輸入したとされる薬です。これらを粉末状にすれば大鍋に煮ても作れるはずです。それで貧しい人々に鍋を振る舞うことができれば、弥勒菩薩様も喜ぶでしょう」
「そうですな……上の者と相談して決めることに致しましょう」
白蓮教の者は、寄付を無碍にするわけにもいかず、教団の教えに則り寄付を平等に分け与えることにしたのである。この時に、白蓮教にとって一部の反白蓮派の一派による偽装した薬などで毒が盛られている可能性を危惧して、寄付を行った家族の素性を洗い出して問題がない人物か確認を行った。
確認をしたところ、確かに白蓮教に毎月給与の半分近くを寄付しており、熱心な信者であることが判明。
同時に、持ち主も漢方薬の原料などをマイソール王国やムガル帝国といったインド地域や東南アジア諸国から集めており、薬なども東南アジアから取り寄せた長寿の薬であると書かれていたこともあり、漢方薬なども取り揃えていたこともあって、上海の白蓮教を取り仕切っていた者達が白蓮教に参加を表明した貧困層を中心に薬も食事に入れることを推し進めたのだ。
「亡くなった人物は長年に渡り白蓮教に貢献していた人物であることが分かっている。その家族が寄付を願い出ているのであれば、それを無碍にすることはその人にとっても、仏様にも失礼だろう。ここは彼らの厚意に謝意を示すべく、薬も平等に振る舞ってあげようではないか」
白蓮教の幹部はそう言って、部下に持ち込まれた薬の平等配分などを決定し、薬も全て食事に混ぜることになった。
その中でも、大量に持ち込まれたのは乾燥されたキノコである。
この乾燥キノコは取引の際に漢方薬でも使われている冬虫夏草と酷似しており、キノコを見目した医師も冬虫夏草であると結論を出し、粉状にして大鍋に入れて煮込んで少しでも健康にいられるようにという善意で行われたこの行為が、惨劇をもたらした。
白蓮教への忠誠を誓う集会では、主に貧困層を中心に食事が振る舞われていることが多くあった。
これは白蓮教の教えである現世での救済を行うのであれば、貧しい人々から先ずは救えという教義が執り行われているのと同時に、貧困層の人々を見捨てれば歴代の中国王朝のように農民反乱などに苦しんでしまう事などを挙げて、彼らは接収した汚職役人の財産などを全て教団に寄付した後に、貧しい人々への食糧支援を大々的に行った。
食糧支援を行う理由としては、民に見放されたら支持を取り付けられないという理にかなっているやり方であると同時に、仏教の教えの最終目標を達成させるためには、末法思想を信仰して肉体を捨てて精神的に仏様と一緒に宇宙の彼方へと飛んでいき、極楽浄土の世界を目指すという目標を立てているのだ。
これは老いも若きも皆が末法の世が過ぎ去った跡に、弥勒菩薩がこの世を浄化して人々を安息の楽園に導くという終末思想に近い考え方に基づいた行為でもあった。
史実の白蓮教による反乱などは農民反乱であったり、不平不満が蓄積された結果起こったものであったが、この世界においては白蓮教は北京から広州まで、広大な中国大陸の大部分を支配している上に、漢民族が仏教の教えによって魂を救うべきだという教えによって天台宗などの大乗仏教の教えを説いていた寺院に対しては、自分達の仏の教えを説くように圧力をかけて、実質的に白蓮教の作った教本を読み上げてお経なども全て白蓮教の教えを説くものだけになってしまった。
そして、これまでの仏教の寺院では僧の質が劣化していたことなども指摘されており、この時代の荒れていた時期には寺院が人身売買や乱痴気騒ぎなどを起こす場と化していたこともあり、国民の宗教の拠り所が狭まっていった時代でもある。
そんな中で、白蓮教では大々的に貧困層を中心に食糧支援を行っており、食事にありつけるということで、大勢の支持者を産み出したのだ。
これらの行為によって、少なくとも清王朝時代では虐げられていた貧民窟の人々でも、食事にありつけることができるようになり、良くも悪くも人間が生きていく上で欠かせない食事に困らないように弱者救済措置が行われた事で、大勢の人を救ったのもまた事実である。
こうして、善意によって寄贈された乾燥キノコは述べ100キロ以上の重さがあり、一度に入れるには固形ではなく粉末にして食べるのが良いとされたため、食事を作った者はこれらのキノコを粉末状にすりつぶし、大鍋に入れて煮込んで白蓮教の教えに参加していた貧困層の住民を中心に振る舞ったのである。
実に多くの参加者がこの大鍋の料理を摂取したのである。
最初のうちは漢方薬の一種が含まれているとして、大勢が美味しそうに食べていた。
だが、食べ終えて集団祈祷のために歩いていた際に、徐々に突発的に笑ったり錯乱した状態になる者が続出した。
彼らの食べていた乾燥キノコは幻覚作用が含まれていることでも知られているマジックマッシュルームの一種が含まれており、このキノコ汁を食べたことで全てがおかしくなってしまったのである。




