1022:コンクリート
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1796年8月10日
フランス パリ 旧男爵邸
ジョゼフの死から一か月が経過し、自分自身の心の整理がようやくひと段落したところだ。
史実よりも長生きできたとはいえ、彼も病魔からは逃げられなかったのだ。
個人的には嫁さんを貰って結婚してほしいと願ったが、その願いは叶わなかったのだ。
何とも悲しい話だ。
あの未来人であるメリッサの元に見舞いに行ったら相手から心配までされたほどだ。
「だいぶやつれているけど……貴方、大丈夫?」
「……この世界ではジョゼフは長生きしてほしかったのさ……結婚相手を迎えるまでに亡くなってしまったからね……それでようやく心の整理を終えたところさ……」
「ああ……息子さんの件、お悔やみ申し上げますわ……」
「すまないね。君の見舞いのためにやってきたんだが……こっちの心配をさせてしまったみたいで申し訳ない。これは土産だがよかった食べてみるかい?」
「あら……シュー・ア・ラ・クレームにクレープも……これは王宮で作ってきたものかしら?」
「違う、さっき出来立てほやほやの所を作っている改革派の菓子屋で購入したのさ。衛生環境もかなりしっかりとしている場所で作られた菓子だ。品質は王の名に恥じないように保障する」
メリッサへの見舞いとしては、甘味などを詰め込んだお菓子の箱を持ってきたのである。
女性は大抵甘味を持って来れば機嫌は良い。
特に甘菓子といえばこの時代でもシュークリームの原型であったり、クレープなども存在しているのでまとめて販売している菓子店の店主に詰め込めるだけ詰め込んでもらったのである。
メリッサは未来人であるが故に、外出はできない。
屋敷で制限付きの軟禁状態として生活してもらっているのだ。
(軟禁状態とはいえ、彼女は正式にはこの時代に産まれた人間という扱いで書類を作ったからな……この事を知っているのはデオン以外には付き人としてメリッサの身の回りの世話をしているメイドさん……国土管理局の職員6名のみ。それも該当する職員は宗教に対してあまり関心ではないタイプに任せて正解だったな……)
メリッサの監視兼世話係として選んだのは、この時代において宗教心というものが根強いていた時代であり、それこそ神の名の元において聖戦を宣言したり、教会の権力がデカいと言わしめるほどに現代以上に力を振るっていた時代だ。
こんな時代だからこそ、国土管理局でも信仰心の強い職員などは非番の際に必ず日曜日にはお祈りをしに教会に行くぐらいだし、何ならアントワネットもちゃんと礼拝にいくぐらいには習慣として根付いているものである。
そんな中でもユグノーに属している職員に関しては、宗教に対してあまり関心を示していない者もおり、彼女たちに世話係を任せているのだ。
世話係にもルールを設けており、必ず二人一組になって行動するようにしており、トイレ休憩を除いて一人にならないように厳命したルールを設けている。
これには理由がいくつかあり、まず彼女が未来人であり共産主義に傾倒していた思想を持っていたことからこの時代に適応するには時間を要する人物である事を留意しなければならない。
なにせ未来人というとんでもなくビックリするような人物の世話係を任されて、その事がキリスト教にとっての天国と地獄に行くという死生観から外れた代物の世話をするという事は、彼女たちの信仰している宗教を否定する存在の世話をするという事に繋がるのだ。
これによって精神的に悩んでポロっと神父に悩みを打ち明けた結果、秘密が曝露されて広がってしまう……なんて事態を避けるために信仰心が薄い、もしくは宗教に関心がない人を選出した上で、さらにそこから女性職員の中でも口の堅い人を選んだのである。
考えすぎかと思われるかもしれないが、実のところ宗教的な葛藤から神父に悩みを漏らし、その漏らした内容が軍事機密情報に該当する事案だった例は過去に幾つか存在しており、俺の知っている情報だと旧日本軍の特務機関がスペイン本国を経由してアメリカに放った神父のスパイが、原子爆弾に関する機密情報を研究者から聞きつけて情報を持ち帰った……という事があったのだ。
最も、当時の日本軍はこの原子爆弾の理論や初歩的な実験を行っていたとはいえ、コストが掛かり過ぎるとの米国でも開発は無理だろうと判断されて、スパイが持ち帰った情報を重要視していなかった……と言われている。
(宗教観としては、キリスト教圏の多くが死生観なども日本とは全然違うからなぁ……輪廻転生という概念がなく、死後の世界は天国か地獄かの二択だし……そのどちらでもなく、未来からやってきた女性の世話をするってなれば、嫌でもメリッサのいた時代……2020年代の情勢に関わる政治や宗教の話を耳にするだろうし、その際に好奇心以上にキリスト教の価値観がガラッと変わってしまっていることにショックを受けて絶望しかねない……だからこそ、信仰心があまりない人選を選ぶのに苦労したよ……)
デオンとも相談したが、信仰心が厚い人が多くいるためカトリック系のメンバーはこの案件から外された。やはり神の教えを忠実に守っている彼らにしてみれば、それとは全然違う人物が目の前に現れたらビックリするどころか自殺しかねない。代わりに、プロテスタント系の系譜を持つユグノー派の中でも信仰心があまりない人選を選んだ……というわけだ。
おまけに共産主義に傾倒している事からも、今の王政政治に対しては基本的にアンチでもあるのだ。
共産主義というのは君主制や資本主義を打倒し、人民が主体となって革命や政治体制を構築することを望んでいる事が多い。ただ、その肝心の共産主義が皮肉にも君主制時代よりも検閲や弾圧を強める傾向があるのは何たる皮肉だろうか。
故に、彼女を今外に放り出したら膨張したリチウムイオンバッテリーみたいに暴発してもおかしく無い状態になってしまう。
(完全に監禁するよりも、屋敷の中では自由に行動できるようにする……それで少しずつ慣らしていくいくしかないな……)
自由ではないが、完全に拘束しているというわけではない。
その間の立ち位置の存在であるが故に、彼女の出自に関しては本人にも同意を得た上で『架空』の人物に置き換えたものになっている。
名前こそメリッサのままだが、苗字はベルジェになって出身地もプロイセン王国となっているのだ。
プロイセン王国にした理由は、戦争によって多くの貴族などを含めた市民の移動があり、ベルリンだけでも人口の大部分が地方都市や国外に移動したのである。
残っていた人達も、フランス資本の元で再建計画を練っているが、その中でも家そのものが戦火によって離散したり焼失、もしくは家族全員が戦死した事例も多く上がっている。
ベルジェという名前も、その中で全員の死亡が確認された一家の名前であり、戸籍情報などを国土管理局が買い取り、偽りの出自としてこの屋敷に暮らしている者として書類上は登録されているのだ。
つまり……彼女は今、プロイセン王国から移住した貴族という設定でもあるのだ。




