1020:亡き弟の為に(中)
ジョゼフ王太子の死を通じて、西欧諸国では彼の死を悼む一方……。
代わりに、北米複合産業共同体が支配している新大陸においては血みどろの戦いが続けられていた。
7月に入り、多くの場所で25度を超える夏日となっている状況で、フランス軍は北米複合産業共同体の防衛部隊を蹴散らししながら北上を続けていた。
主戦場となっているのはファースト・コーストと呼ばれている街であり、ここは史実ではジャクソンビルと呼ばれている街である。
このファースト・コーストの郊外に建設されていた教会跡地を臨時の野戦司令部として接収したナポレオンの軍団は、部下たちに対して近況報告を行うように命じた。
「いよいよこの街を本格的に占領する頃合いだが……今の状況を詳しく整理する必要がある。現在の部隊配置を教えて欲しい」
「ファースト・コーストの攻略作戦は順調に進んでおります。途中、沼地でワニに遭遇した部隊がパニック状態になって複数人の死傷者を出すこともありましたが……今現在、フロリダ州はほぼ完全に制圧しております」
「南部方面からスペイン軍第15騎兵大隊、クラクフ軍第3歩兵連隊、ノルウェー軍第1装甲歩兵旅団が同時に行動を開始しております。我々の部隊が一斉に動き出す時間に合わせて攻撃時間を調整するとのことです」
「うむ、時間を合わせてくれるのであればこちらとしても助かるからな……相手側の戦力はどのくらいだ?」
「はっ、昨日未明に道に迷っていた所を確保された北米複合産業共同体の士官が持っていた情報によりますと、強制徴募によって兵士となった市民らによって構成された防衛部隊が12あり、いずれもフロリダ州から逃亡を図ろうとした民間人が中心となって形成されているとのことです」
「民間人を……グレートブリテンで行われていた強制徴募よりも酷いのか……」
「何せ、子供や老人にも武器を渡して逃げようとすれば士官が殺害する事も認められている上に、その家族も見せしめとして集団で暴行する事になっているそうです……恐怖によって支配をするしか引き留める方法がないのでしょう」
「何とも酷い話だな……」
この街の郊外まで欧州協定機構軍は逆侵攻を続けており、この街が北米複合産業共同体に残されたフロリダ州の最期の拠点でもあった。
カウフォードは残念ながらクリントン司令官の決死の防戦虚しく敗走し、クリントン司令官はこの戦いで戦果を挙げなければ『司令官の資格なし』と判断されて後方への移送、裁判を経て銃殺刑に処されてしまう。
北米複合産業共同体では、軍内部の引き締めも兼ねて敵前逃亡を図った兵士や士官などを処刑する「督戦隊」が活発化させていた。
その督戦隊も、強制徴募された一般人を無理やり兵士にした者達を背後から銃撃したり、時には私利私欲のためにフラストレーションの捌け口として乱暴する事もあったという。
この時代、敵前逃亡を図ろうとする味方兵士に対する逮捕や軍事裁判などを行って規律を維持する督戦隊は普通に存在していた。
フランス陸軍では『逃亡者監視団』という名称で呼称されており、この部隊は軍の命令に背いて独断で逃亡を図ろうとしている兵士を士官が権限を持って射殺するというものであった。
主に敵前逃亡を図ろうとする兵士はごくまれであり、彼らもここ数年で発生した戦いにおいて敵前逃亡を企てた兵士を逮捕したり、射殺した件数は7件程度であった。
そのため、督戦隊としての役割が薄れてしまっていたこともあり、逃亡者監視団は憲兵隊と合同で軍内部の調査をする機会が増えたのである。
主に軍内部での不正処理行為であったり、同じ兵士間の間で発生したトラブルなどを解決する目的で設置されたものである。
ルイ16世からの勅命により、その名称とは裏腹に兵士の心のケアであったり精神的に異常が無いか調べる取り組みも行われている部隊であることから、何かと監視団はメンタルヘルスの役割を果たしていたのである。
さらにいえば督戦隊の中でも兵士の支えを重視した考え方になっており、戦略的撤退などをする場合には彼らも兵士達を咎めない扱いになっている。
このことから、現場の兵士からは逃亡者監視団という名称ではなく『相談員』という愛称でも呼ばれていた。
現場兵士達からの信頼が厚かったフランス軍とは対照的に、北米複合産業共同体の督戦隊はその逆を行くような狼藉っぷりが主体的に出ていた。
何と言っても、逃亡する兵士を捕まえる役割だけでなく、戦略的撤退が推奨された地域において逃げるように指示を出すのではなく、一般市民に対して武装して戦うように強制を迫ったことであろう。
逃亡した市民などには市民権の剥奪であったり、三等市民階級以下の囚人と同じ扱いを行う者も続出した。
特にフロリダ州から逃げ出していった農民や二等市民の多くが避難先の場所で督戦隊によって逮捕され、中には女性に対する暴力事案が横行して、督戦隊による過剰な暴力行為が横行していたのである。
それだけではない。
戦略的撤退を行った村などでは、督戦隊によって命令を受けた兵士達が空き家となった家々を漁って、戦利品と称して物品や金品の盗難を起こす有様であった。
これは督戦隊からしてみれば『逃亡者が引き起こしたケジメを物品や金品に代えて支払うようにしているだけだ』という回答であり、彼らにとってこうした行為は軍の特権として正当化していたのである。
当然ながら、そのような事をフランス軍で行えば略奪行為とみなして即逮捕である。
軍事裁判待ったなしの状態ではあるが、結果として北米複合産業共同体の兵士がフランス軍側に捕虜として捕まった際に、略奪行為の真っ只中だった分隊を逮捕し、軍事裁判を行って処罰した例もあったのである。
この分隊は偵察目的で出発したと語っていたが、彼らの軍服や袋を検査した際に明らかに民間の家屋などから強奪した品々が発見され、それを問い詰めたら略奪行為を行っていた事が発覚したのである。
避難民などもこの略奪行為の先発隊に強引に参加させられていたという事で、一個人だけでなく組織的な略奪行為が横行している証拠としてこれらの事案を保管しているわけだが、それでも数は日に日に増すばかりであった。
「北米複合産業共同体側の偵察隊……いえ、督戦隊の先発隊による略奪行為ですが日に日に件数が増しております。彼らも軍属として扱われておりますが、その大半が強制徴募された避難民です。彼らの処遇をどうするべきか、軍団内部でも意見が分かれております」
「ある程度階級の高い者であれば、その略奪行為を指示した者であると分かるからな……強制徴募された避難民の人達に関しては捕虜として丁重に扱えばよい。ただ、略奪行為を指揮した者に関しては軍事裁判を行ってこちらの軍規に則って処罰を行うようにすればよい、もうじきファースト・コーストを攻略するのだからな……」
ナポレオンにとって、このファースト・コーストを攻略できるかが勝負であった。
この場所を確保すれば、サン=ドマングからの海上輸送してくる港を確保できるからだ。
ナポレオン指揮の下で、ファースト・コーストへの攻撃準備を整えていくのであった……。




