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1007:未来派

メリッサに目を付けたのは、建築関係に関する知識だ。

少なくとも彼女は建築関係に関する技術知識があるのではないかと見込んだ。


「学生証に関して、こちらでも調べさせてもらった……パリ中央大学技術工学部建築学科4年生、学生番号100085……年齢からして22歳前後の学生だとお見受けするが……合っているかな?」

「そうよ。23歳……学生だけど……私の知識が欲しいの?」

「無論、君が持っていた学科で使っている教科書の類を読んだが、こちらは専門的な知識が無ければ作ることができない代物だ。特に、この時代ではまだ再現が出来ていない鉄筋コンクリート建築の技法を知っているのであれば、その技法の教授を願いたいのだ」


鉄筋コンクリート造りの建物が本格的に歴史で作られるようになったのは19世紀頃だと言われている。

無論、それまでには古代ローマ帝国時代に作られた神殿などは鉄筋が入ってない強度の高い火山灰などを使用したローマン・コンクリートを使用していたわけだが、この技法が失われており、現在フランスでは古代のコンクリート建築を見よう見まねで作っている上に、火山灰なども使って製法しているが……強度の関係からまだ民間用としてではなく、多くが要塞であったり護岸工事の際に使われる程度であり、現代のように建築資材として大規模に使われていないのだ。


なので、技術工学部の建築学科に在籍していた生徒とはいえ、それなりに建築関係に関する知識がある21世紀水準の技術力というものは喉から手が出る程欲しい。

尚且つ、彼女が持ち込んだ建築関係に関する書籍を参考にしたとしても、幾つかの素材に関してはこちらでも把握ができないものが複数あるのだ。

俺も覚えている限り分かる素材もあったが、木造建築はともかくコンクリート建築に関する知識に関しては、彼女のほうがより詳しいだろう。


「君の知識として、建築と科学分野を専攻していると聞いているが、どのくらいの知識があるのか教えてもらいたい。条件付きではあるが、君に対してそれ相応の報酬を支払った上で一定の自由を保障することを認可しよう」

「……一定の条件と言ったけど、どんな条件かしら?」

「まず、共産主義的な考え方を捨てろとまではいかないけど、過激な平等主義的思想の発言はNGだ。大学内でも経験したとは思うが、この国では共産主義的思想は過激な考え方であると見なされるのだ。今度あのような事態になってしまった場合には、余としても公共の秩序を乱したとして自由の保障を取り消して入院措置となる事になる……それは理解できたかね?」


当たり前だが、無条件に解放するつもりはない。

もし無罪放免で釈放された場合、何処かに行方をくらまして逃げ出してしまうリスクがあるのだ。

おまけに過激な考え方を持っているという事も考えれば、無条件ではなく常に監視下の元で屋敷などに軟禁状態にしておく。

監禁ではなく軟禁にしたのも、誠意と協力をすれば良い暮らしが出来るという事を示すことで、彼女の考え方を揺らぐ狙いだ。

これはアメリカや中国などでもあるやり方だが、治安当局に拘束された人物を監視下に置く代わりに、罪を自白したり公安に協力してスパイ行為などを執り行う事で豪華な食事を与えたり、時には異性や同性などを使って手籠めにするという手法をとるわけだ。


「無論、君に割り当てる屋敷はフランスの治安当局の隣にある屋敷だ。そこで暮らしてもらうが、しばらくは外出することはできない」

「なぜかしら……」

「君は天然痘ワクチンを打っていないだろう?ここではまだ根絶されていない危険なウイルスなんだよ」

「あ……そうだったわね……」

「幸い牛痘ワクチンはエドワード・ジェンナーによって開発が完了してワクチン接種が始まっているからね……それを打ち込んだうえで、当面は屋敷の部屋で過ごしてもらうことになる。無論、ここよりも快適な生活が送れる場所だ。悪くない条件だ」


それに、メリッサには幾つか問題があるが、この時代に関して知識や男女間の格差に対する免疫を持っていない上に、天然痘の予防のために執り行っている牛痘の接種もしていないのだ。

俺もそうだったが、1975年生まれの人までは天然痘ワクチンの接種が義務化されていたが、それ以降の世代では天然痘ワクチンを打っていないのだ。

目の前にいるメリッサの出世年を鑑みても天然痘ワクチンを打っていない世代に当てはまる。


つまり、天然痘に感染したらほぼ一発で重症化するリスクを抱えているのだ。

俺もアントワネットも、ジョゼフやシャルルたちも天然痘予防のために牛痘を接種しているので感染するリスクは限りなく低いが、メリッサはそうではない。

なので、天然痘予防のために牛痘の接種をしてもらう。


「……他に条件はある?」

「うむ、次の条件だが……君は監視下に置かれることになる。少なくとも自分の起こしたことを鑑みれば、それは致し方無い事だとは思うが……少なくとも、女性職員が君の行動に関して一定の制限を設けることになる。このバスティーユ牢獄から出所した際に、監視を目をすり抜けて脱走したり、革命主義を唱えて反乱行為に該当するような事をしない。未来に関する技術や知識を不用意に周囲に広げない事。それから常に決められた時間内で行動をすること……これを破らないという事が出所の最低条件だが……破ったら、君は一生涯この牢獄で暮らすことになる」

「つまり、屋敷で過ごしてもらうというわけね……」

「そうだ。君は軟禁状態には置かれるが、余としてはそれ以上の事はしないつもりだ。暴れたり脱走等の行為をしない限りは基本的に一人で自由に過ごしてもらって構わない。屋敷はここからほど近い場所に用意されているからね。国が管理している屋敷だ」


屋敷で過ごす……所謂座敷牢のような家の部屋の中に檻を入れて、その中で生活させるような行為まではいかない代わりに、屋敷の中で生活をする際には自由に動いて貰って構わないことを条件に出した。

これで考え方を改めてもらった上で、この時代のフランス文化に馴染み、周囲に溶け込むことができるようになれば、彼女も変わっていくだろう。

無論、こちらとしても共産主義的な思考を変更するために女性の心療療法士を複数人派遣して、彼女の思想転向を執り行う必要があるのだ。


こういった転向は第二次世界大戦後や学生運動後に多く見られた現象であり、理想とする社会主義や共産主義的な体制の内情を知り、その実現が困難であると判断した人々が保守的な考え方に戻った事だ。

何分、彼女には頼れる人間がいないのだ。

こうした孤独の中で必要なのはさらに人間関係の孤立化をすることではなく、多くの人達との間で関係を持ち、話し相手が出来ることを構築させていくことだ。

そうすれば、メリッサも心を打ち解けてもらえるようになるからだ。


メリッサも、自分の置かれている状況が理解できたのか、断ることはしなかった。

最初に話しかけた時よりも少し緩んだような表情をしていた。

メリッサは取引を行う同意書にサインを行い、ここに未来技術を有する未来人との間で契約が成立したのである。

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