1003:マルクス
新バスティーユ牢獄に到着した。
放火などが行われた影響で、バスティーユ牢獄は新古典主義建築によって再建されたのだ。
換気システムなども取り入れており、この時代では最先端の技術を使って空調がある程度整えることができるように設計されているのだ。
新古典主義建築がブームとなっており、今のフランスでは史実よりも成熟し、古代ローマ帝国を彷彿とさせるような立派な建築物が次々に建設が進められているのも、新古典主義建築がフランス革命によって中断されることが無かったことが影響しているのだ。
改めて新バスティーユ牢獄を見たのだが、デザインも立派になっている上に、この時代では最新鋭の設備が投入されているのだ。
出入り口には門番と監視員がおり、身分証明書の提示や馬車の車体の下側に不審物が無いかチェックを行う、これは王族とて例外ではない。
過去に牢獄に入れられていた貴族が馬車の下部部分に隠れてやり過ごして脱獄に成功してしまった事例もあり、この事例以降は不審物や脱獄囚が出ないように入り口を一か所に絞った上で検査などを執り行っているのだ。
「ここの建築も古典派建築で有名な人間がデザインしてくれた上に、フランス科学アカデミーの科学者が通気口などを増やした上で、空調設備もある程度整えることができるようになったのは大きいな……夏場は風通しがよくなって、冬場は暖気を温める……エアコンこそないけど、それでもこの時代の他の牢獄と比べたらかなりいい方だな……」
一昔前から13世紀頃に建てられた牢獄も見たことはあったが、あれは確かに酷いものだった。
牢獄ということで通気性も悪い上に、換気をしないといけないぐらいに湿気とカビの臭いが充満していたし、それに囚人に至っても栄養不足と環境の不衛生さも相まって疥癬といった皮膚病気が蔓延してい影響もあって、囚人たちの感染症対策が目下の課題となっていたのだ。
感染症対策として衛生保健省のサンソン氏が皮膚炎に効く薬などを散布するようにしたり、受刑者にも入浴や清潔な服を着るようにといった事を繰り返した結果、今では皮膚病を患う受刑者も大幅に減ったものだ。
それに加えて、紡績機や蒸気機関を使った工業製品の製作にも取り組んでいる。
これは罪を償った後に社会復帰として木工製品だけでなく、工場に勤務するようになった際に技術を習得して行動できるようにするためだ。
無論、こうした仕事などが行える受刑者作業員も殺人などの重い罪を負った者ではない比較的罪の軽い労働刑5年程度を言い渡された受刑者が行う業務となっている。
「これをフランスだけでなく、ロンドンやベルリンでもモデルケースとして作り出しているようだからな……これまでは受刑者をただ罰するという事だけに焦点を当てた刑務所が多かったから、これからは更生を進めるようにしておかないとな……」
おまけに、ロンドンやベルリンといった大都市圏も現在フランス資本の下で再建計画が進められている。
この再建計画では主にフランス人の建築家などを招いた上で、都市機能を活性化させるための都市計画を立案しており、これまでに考案されていた都市計画の中でも再建計画としては実に国家予算に匹敵する規模で投資が進められている最中でもある。
戦争が起こっているとはいえ、都市に人々が住んでいる上に、現在の敵国はヨーロッパにはいない北米複合産業共同体が主体となっている。
北米複合産業共同体との対峙が進む中で、フランスが主体となって西ヨーロッパ地域全域に多大な影響を持たせることが最重要となってくるわけだ。
(未来人の学生もそれ知ったら白眼向いて泡噴き出すかもしれないなぁ……いやでも、それを説明しないと未来とこの世界の調合性があっていない……似て異なる世界にタイムスリップしてきた事を認識させておかないとマズいからなぁ……このまま一生バスティーユ牢獄に投獄ないし収監されたままだと才能を腐らせてしまう反面、その学生が信じているとされる革命主義思想を抱えたままフランス革命……ないし、別の地域で革命活動に参加したとなれば目も当てられない事態になってしまうだろう)
そう、この学生の最終的な処遇をどうするべきか。
それが悩ましい問題なのだ。
国土管理局も憲兵隊も北米複合産業共同体が解き放ったスパイが『平等思想主義』に染まってしまい、精神的な問題を起こした結果引き起こした事件として取り調べとしているわけだが、どう見ても未来人です。本当にありがとうございました。
このまま歴史に埋もれて見捨てることもできるが、訳ありで共産主義政党に入っているのであれば、学生に対して何かしらの取引を行うことで協力させることもできるかもしれない。
この学生が所属していた学部にもよるが、技術革新の元となる技術が詰まっている製品を所持していた。
国土管理局の職員らは『何かの暗号解読に使われている機材だと思われますが、仕組みがよくわからない』と回答していた。
無論、その製品はこの時代においては数学者や物理学者の天才たちが数百人集まってようやく対等に渡り合える代物であることには変わりない。
ノイマン博士が作りだしたコンピューターよりも初歩的かつ原始的な計算を担っているアナログ式コンピューターともいえるライデン瓶通信機があるが、それを100万個作っても恐らく勝てない計算能力を誇っているノートパソコンとスマートフォンを持ち込んでいるのだ。
この世界においてノートパソコンとスマートフォンを扱える人間が、学生と俺だけだろう。
学生の目の前で使い方を見せれば、同じ未来人であることを証明した上で話を聞いたりしてくれるかもしれないが、素性は隠さなければならないだろう。
もし未来人がやってきたと大々的に語ることになれば、それは世界的にも大きなニュースになるし、未来人の情報を巡って各国で様々な駆け引きが行われるだろう。
(電池の残量にもよりけりだが、聞いた話によればモバイルバッテリーらしき箱も持っているという情報があるからな……5時間ぐらい稼働できればかなりの情報を引き抜くことができるかもしれない。その分、コピー機なんてないから手書きで計算して、科学者や執筆家を動員して書き写しという形をしなければならないな……あれも電源コネクトの互換性が無いと充電すら出来ないし、それに安定した電源エネルギーが誕生するまでは充電もできないだろうし、同じ製品作れと言われても時代が違いすぎるから無理だなぁ……江戸時代にパソコン作れって言われても原理や仕組みを教えても電圧が過剰に掛かってぶっ壊れるリスクもあるし……それを交渉してみるかぁ……)
なにせ、そのスマートフォンやノートパソコンにはこの時代までに執筆されて出版された文庫本や聖書などを全て収容できるだけの容量を兼ね備えたHDDやSSDが主流になっている時代だ、スマートフォンですらアプリ容量が10GBを超えることも珍しくない。それだけの容量のある中からこの時代で役立つ情報の入っている内容と取引できるだけでもかなり違ってくるはずだ。
(取引といえば、それを使う方がいいな……きっと同じ未来からやってきた者だと気が付くだろうし……)
共産主義を支持しているというが、あれは平等に貧しくさせた上で自分たちはエリート層と同じ生活をするという表れでもある。都合よく主義主張を解釈して独裁政権を確立する思想なので、そこは慎重に聞かなければならないだろう……意を決して俺は対面することにしたのである。




