999:ラストナイン
★ ☆ ★
1796年4月9日
僕はシャルル……フランスの第二皇太子なのだが、最近は戦争の影響で父上や母上も仕事として様々な場所に行って講演会であったり、改革派のサロンにおいて戦費であったり傷痍軍人などの義手や義足の支援などを行う活動をしているのを目の当たりにしている。
聞いた話によれば、こうした活動を王族が行うのは極めて珍しいらしく、特に末端の一兵卒に至っても義手や義足になった人が、今後の生活に苦労しないように傷痍軍人年金を支給したり、座っていても仕事ができる職場などに案内などを行ったりもしていると聞いたのだ。
それも、父上が彼らなどを含めた戦争関連に必要な書類の決裁などもサインを行っており、多い日には数百枚にも上る決裁書に目を通しているという。
「父上……決裁書までも目を通すのですか?」
父上にその事を尋ねると勿論だと言った上でこう答えられた。
「そうだとも……何と言っても、彼らは国の為に尽くし……そして身体の大事な部分を失ってしまった人達だ。その人達を無碍にするような真似はできないし、戦争を行うことを決定したのは最終的にはこの俺だ。自分に責務がある……戦争指導者という言葉が的確かは分からないが、いずれにしても戦争が起こっている以上、その結果をこの目で見て、そして確かめるという行為が重要になってくるというわけだ。シャルルにはまだ少し早いかもしれないが、いずれ分かる日がくるようになるさ……」
父上はそう言って国民の事を想い、それを第三者から見える形で示すことが大切だと語っておりました。曰く、国民から慕われる王であれば国民も王の話す言葉に耳を傾けてくれるようになるからであり、逆に国民から嫌われてしまうと、暗殺などの大それたことをされても国民は悲しむことはないとも語っていたのです。
これは旧ロシア帝国において、その地域を統括していた皇帝であるパーヴェル1世が部下の将軍に暗殺されてそのまま息子を傀儡として国家が成立したことにも由来しているのかもしれません。
「かの旧ロシア帝国は民からの信頼もあまり無かった……おまけにそれが原因でミンスク市内まで救世ロシア神国軍が攻め込んだのだ。もし一歩遅かったら旧ロシア帝国は瓦解し、そのまま欧州協定機構軍が救世ロシア神国と直接対峙していたことになるだろう。王や皇帝というのは民の信頼があってこその成り立つものだ。その信頼が無くなった場合は、王や皇帝というのは非常に無力に等しい存在になる。シャルル、お前も聡明であればこの意味は分かるだろう」
「王として相応しいように、身なりなどを整えた上で民の信頼を失墜するような行為を慎み、寄り添うような政策を行って彼らの声に耳を傾ける必要があるということですか?」
「その通りだ。帝王学などではトップに立てるものが民を率いて率先して行動することが重要とされているが、これからの時代は決してそれが正しいとは言えなくなる事になるかもしれん。ただ、国王が民に寄り添っているという事を続けていれば、政治においても経済においても人々は王を信頼し、そして行動に付いていってくれる。慕われる存在になる事が出来る。国の実権を掌握するよりも、国家の象徴的な存在として存続することができれば、仮に政府が失政を行ったとしても、それを咎めて国民に失政に対する不平不満を抑えるストッパーとしての役割も出来るようになるという事だ。無論、そうなるのは先の事ではあるかもしれないが、王に対する忠誠心や慕われることが無くなった時点で、王は運が良くても追放や幽閉、運が悪ければ暗殺や廃絶などが起こるのだ。旧ロシア帝国の皇帝が暗殺された件は知っているだろう?」
旧ロシア帝国の皇帝であったパーヴェル1世が暗殺された件は大々的に報じられました。
それは王族の間でも大きなニュースになったほどです。
これまでにも旧ロシア帝国から亡命してきた貴族などはおりましたが、皆が口をそろえて旧ロシア帝国においてはロシア帝国の悪い部分しか引き継がれていない上に、プロイセン王国との戦いでは旧ロシア帝国はプロイセン王国側についていたため、それからは外交的に孤立していた国でもあったのです。
「モスクワから脱出した後にミンスクに帝国政府を移管したパーヴェル1世ですよね?」
「そうだ。彼もミンスクに遷都してから精神的なトラブルを抱えるようになって心の拠り所を無くしたとも語っている。反乱が起きないように農民や農奴等に対しても重税を強いていた結果、そうした農民や農奴が救世ロシア神国軍に参加をして大規模な反乱を起こしたのだ。鎮圧こそ出来たが、結果としてパーヴェル1世は将軍によって暗殺され、その後に即位した息子もすぐに名ばかりの皇帝になってしまった……結果、国は新ロシア帝国に併合され、その地位もどこに行ったのやら……」
パーヴェル1世が暗殺された後、息子が皇帝の座に即位したものの、あくまでも象徴としての皇帝に留まり、政治や軍の実権は将軍らに運営されていたそうです。それから新ロシア帝国に合流する形になって、旧ロシア帝国の皇帝は行方知らずとなっております。
父上はロシア皇帝がどこにいるのかは知っているようですが、あまり多くの言葉を使うことはせずに匂わせるような喋り方でした。
「旧ロシア帝国の皇帝は廃絶されたのですか?」
「いや、一応正統な王位継承者ではあるが、今現在彼の行方はサンクトペテルブルグにいるという事ぐらいしか判明していないのだよ。最も、王位継承権から外されて名ばかりの役職を与えられた可能性が高いがね……いずれにしても、民から信頼されていないとそういった結末を迎えるという事だ」
「……王に即位したとしても信頼されていないと見放されるというわけですね」
「そう言う事だ。そうならないようにシャルルも庶民や他の人達を関わりを持って接した方がいいぞ」
父上からは、旧ロシア帝国の皇帝のような末路を辿ることはしないようにと忠告を受けました。
結果として、旧ロシア帝国は新ロシア帝国に吸収されており、今現在ではサンクトペテルブルグに首都を作り、モスクワに至っては自治政府が誕生して各地で大規模な独立運動なども起こって領土の再統一が行われていないのも大きな要因の一つでしょう。
旧体制的な威圧的で農民等に対しても課税を増やすようなやり方をしていては、多くの民が重税に喘ぎ苦しみ、やがてそういった不満が爆発すると反乱を起こすという事なのでしょう。
パーヴェル1世の前に即位していたエカチェリーナ2世に関しても、国内で起こった反乱を鎮圧できずに放置して居た結果、救世ロシア神国が誕生して大規模な反乱軍となってモスクワだけにとどまらず、一時期はオスマン帝国の首都まで制圧する程の力を有する国家になっていたことを考慮すれば、治世の失敗が産むリスクは相当なものになってしまう。
僕は父上の言葉を深くかみしめて学ばなければなりません。
そして、ジョゼフ兄さんを支えるためにも様々な勉強をして支える決意を固めたのです。




