人間以上
⭐︎⭐︎⭐︎
それから数日の間、俺はポレポレの家を拠点に「村」のなかを動き回った。
村の家々は、どれもポレポレ家と同じように、ゴミ山の斜面に埋め込まれるように作られていた。建材は回収したスクラップなので、ドアや窓の形状は千差万別だ。宇宙飛行士のヘルメットのような半球型の窓があるかと思えば、無骨な金属シャッターの窓もある。一軒の家は、うかつにも腐食耐性の低い金属を窓枠に使ってしまったらしく、酸性雨に溶けて無残な有様だった。
村の住民は、みな、ポレポレと同じ機械人類だった。ゴミ漁りで手にしたパーツで身体を構成し、見栄えは悪く、一様に薄汚れている。そして、誰もがポレポレと同じように親切だった。
彼らは、空を覆う黒雲の向こうで朝陽が登り、世界が僅かに明るくなると、それぞれの家から起き出してくる。
村人全体の半数が、ポレポレのようにシリンダー虫の養殖業に精を出す。
彼らは、まず、村の真ん中に並べた「壷」のなかから、空のプラスチックバケツにシリンダー虫を移す。それから、もう一つの空のバケツを持って谷底に移動し、ドス黒く、粘度の高い川の水をすくう。この水は酸性雨が集まったものなので、当然、強烈な酸だ。
二つのバケツを手に、平らな鉄板を敷いた「畑」に移動し、鉄板にひしゃくで酸を撒く。鉄の表面が溶け出したら、シリンダー虫を入れる。虫たちは鉄板から水素を集め、体内に蓄積する。鉄板の端はそれぞれ上方に折り返されているので虫が逃げ出すことはない。
ポレポレの作業の様子を眺めていると、マニュが不思議そうにいった。
〝この虫はどうやって増えるのでしょう? こんな小さな身体と頭脳では、同種の個体をスクラップから組み上げるような真似は、できそうもありませんが〟
俺がそのままポレポレに訊くと、彼女は〝蟲が、どうやって増えるのかは誰も知らないんだ。世界のどこかにすっごく大きな「母蟲」がいるって人もいるし、空から誰かがばら撒いてるんだって人もいるよ〟と答えた。
村人のうち残り半数は、廃品回収と猟に励む。軋む身体を引きずるようにして、スクラップの山を這い回り、電子部品やバッテリーの類を探しながら、「ティッシュ箱」のような獲物がいれば、よたよた走り回って捕まえるのだ。
村長であるオタという名の長身の機械人は、その日、朝からずっと一匹のティッシュ箱を追い回していた。ゴミ山から突き出した鉄骨に頭をぶつけ、オイルの池に顔から突っ込み、足を滑らせては斜面を転がり落ちる。そんなことを繰り返し、ようやくティッシュ箱を捕まえた時には夜が迫っていた。
彼は村人たちに〝明日もいい日になりますように〟と挨拶しながら、ポレポレのそばでシリンダー蟲の世話を手伝っていた俺に近づいてきた。
〝旅人さん〟彼は俺の前に跪くと〝よかったら、食べてくれんか〟と、苦労して捕まえたティッシュ箱を惜しげもなく差し出した。
ほかの村人も、苦しい生活にもかかわらず、大なり小なりのエネルギーを分けてくれた。
みな、人間以上に人間らしい人々だ。
ただ、記憶力に関しては少々問題があった。
例の「貪欲」様の情報が、村人ごとにてんでバラバラだったのだ。
ポレポレと母親は、貪欲様を「巨大な紐」だと表現した。彼女らの説明では、長さ十メートル以上ある蛇のような機械生命で、頭の口から何でも飲み込んでしまうのだという。
村長のオタは「輪っか」だといった。直径五十センチほどのタイヤ形で、ドーナツ的に空いた穴の中に獲物を咥え込んで、むしゃむしゃ食べてしまうそう。
村長の娘のディンマは、高さ五メートルの「円柱」。気に食わない相手は押し潰す。
あまりに異なる回答に対し、マニュは〝彼らのCPUは、ゴミ山から見つけたチップですからね。ハードディスクの信頼性も極めて低いでしょう〟と、つぶやいた。
ただ、貪欲様の外観はともかく、怪物性に対する恐怖は、みな一貫していた。
村長によれば、貪欲様が現れたのは、村長の親の親の親の世代のことらしい。
この「最果て村」は、人々の知る限り、このゴミだらけの世界でもっとも貧しい村のひとつだ。あたりのゴミ山は地球の山と異なり、大嵐などの影響で数十年から数百年単位で砂丘のようにじわじわ動く。村は、そんなゴミ山の流れの終着点。リサイクル可能な資源は、ほかの地域でおおむね回収されており、ここにたどり着くのは、しゃぶり尽くされた出汁ガラだけだ。
見捨てられた地ゆえに、村人たちは他地域の強力な知的機械生命に狙われることもなく、厳しいながら平和な日々を送っていた。
そこに貪欲様がやってきた。




