24、
曲がりくねった高台への道の最後の曲りを過ぎると、色の変わりつつある空と人影が見えた。どう見ても澪筋ではない。男の影だ。水潮はその背にためらいがちに声をかける。
「ええっと、ここで澪筋と待ち合わせしてるんだけど、逆浪も待ち合わせ?」
振り返った逆浪は脇に布を抱えていた。水潮は落ち着きなくその布をちらちら見る。逆浪はぼそり口を開いた。
「澪筋に」
「澪筋に呼ばれたの? やあね、澪筋ったら変に気をまわしてくれちゃって」
水潮は逆浪の言葉の先を読んでまくし立てた。
「一言言ってやらなくちゃ」
水潮は逆浪と居て、もう平静でいられない自分に気付いていた。怒った振りして身をひるがえし立ち去ろうとする。が、数歩も行かないうちに逆浪は言った。
「いや。澪筋に俺が頼んだ」
水潮は棒立ちになった。背を向けたまま問う。
「逆浪がわざわざ澪筋に?」
「いや。澪筋に話しかけられて。……あの娘は強くなったな。男どころか女ともろくに口がきけなかったのに。波穂が仲立ちをしたが、そのあとは自分で俺に話しかけてきたよ」
逆浪は回り込んで水潮の前に立った。目の前に立たれ、水潮はうろたえて横を向く。
「それで、何か?」
「澪筋に気付かされたことがあって、あらためて話をしにきた」
「気付かされたこと?」
「水潮は俺のことが好きなのだろう?」
面と言われて水潮は羞恥に顔を真っ赤にした。何度も口にした言葉だけれど、相手から聞くとまた違う恥ずかしさがこみ上げてくる。
「な、何を今更……」
「そしてずいぶんと恨んだだろう」
水潮は息を止めて逆浪を凝視した。それからふっと息をつき、くっくと肩を揺すって笑い出した。
「やだ。恨んでなんかないわよ。恨む筋じゃないもの」
「しかし俺さえいなかったらと思わないわけがない」
言い当てられ、水潮はとっさに顔をそむけた。とうに吹っ切ったと思っていた怒りや憎しみ、恨めしさがよみがえる。
「君は自分ばかり責めていたけど、その逆も考えたのではないか? 俺がいなければ、俺が君の父親を殺すことはなかった。俺が襲撃の手伝いをしなければ、母親や他の島人たちは無事だったかもしれない」
水潮は苦しくなって、両手で胸元をつかんだ。
「あなたは何がしたいの!? あたしの心を暴き立てて何がしたいっていうのよ!」
わめきたてる水潮をまっすぐ見つめて、逆浪は静かに言った。
「君が俺にしてくれたことを」
水潮は逆浪を見上げた。逆浪はまっすぐ水潮の目を覗き込んだ。水潮の潤んだ瞳は、逆浪の視線を受けて心細げにゆれる。いつかとは逆のことが起こっていた。
「君は俺のためこんでいた苦しみを吐き出させてくれて、俺を楽にしてくれた。だから俺も君を楽にしたい」
「どうして?」
訊かれて逆浪は首を傾げた。
「どうしてって?」
「どうしてあたしなんかに気をかけるのよ」
涙声になった。
「あたしはあなたの罪を知るやっかいな人間なんじゃないの。あたしが目の前から消えれば安心できるのに、何で話しかけてくるの? それが逆にあたしを苦しめてるんだって、何でわかってくれないの?」
責める言葉を、逆浪は黙って聞いていた。水潮が息をついたところで語りかける。
「俺が何故、西の果てで水潮を見失った後、まっすぐ島を目指したかわかるか?」
水潮は戸惑った。謝りたくてと言っていたが、そうではなかったのだろうか?
「俺は物心つく頃には父に厳しく育てられていた。体を鍛えることもだったが、隙をみせてはならないと言われて人と距離を置くことを教えられた。友達を持てず、母親を亡くしていて、頼れる者がいなくて孤独だった。君が女だと知ったのは、父に教えられたからだ。それから君のことを気にするようになった。君には友達がたくさん居たけど、どこか孤独に見えた。そんな折だった。君は友達に水浴びに誘われて服を脱がされそうになって困っていたね。お父さんが呼んでいると声をかけたときの心底ほっとした顔を今でも思い出すよ。それは俺が初めて見た君の女の子らしい表情だった。その後君は用心深く俺を探っていた。女とばれたのではと不安だったんだろう? だから俺は正直に話した。知っているが誰にも話す気はないとね。しばらく疑ってたけど、ばらす気がないと信じてくれるようになってからは、逆に親しみを持ってくれた。君は俺を利用したと言っていたけど、俺は内心利用されてつきまとわれることが嬉しかった。君は初めてできた、ただ一人の友達だったんだ。──君が島入りの儀式を迎えたあの日から、君が俺にだけ見せる少女の顔に落ち着かなくなった。男だと偽るのは本当は嫌だろうに、それでも言いつけを守る健気さに、できる限り力になりたいと、守っていきたいと思うようになった。──心を奪われていたのは俺もなんだ」
水潮は夢でも見ているかのような面持ちで言葉なく聞き入っていた。
「謝りたかったのは本当だけど、それより強く思っていたのは君に会いたいということだった。責められて、詰られて、怒りに任せて殺されてもいい。一目でいいから君に会いたかったんだ」
逆浪が一歩近付いてくる。我に返った水潮は三歩退いた。
「お、おかしいんじゃないの? あたしが島を出たのは九つの歳だったのよ? そんな子どもにあなたは心奪われたというの?」
「それを言うなら君は? 俺だって当時は十三の子どもだった。俺は、君と再会して気持ちを新たにした。俺が想うのは昔も今も変わらず君なのだと。君もそうなんじゃないのか? 俺に会いたかったのだと言ってくれた君を見て、俺は自分の想いが届いたと思ったんだ。その後で別れを告げられて錯覚だったのかと落ち込みもしたが、あの別れの言葉が偽りだったとわかった今、俺はもう君の口にする嘘は信じない」
水潮は口元を押え息を飲んだ。目が喜びに潤んでいる。しかしすぐに大きくかぶりを振った。
「だめ! だめなの、あたしは!」
水潮はかぶりを振った。
「何故?」
「何故って……あ、あたし──人を殺したもの! この間だけじゃない。あたしは自分が生き残るために人を殺したことがあるの。だから」
「俺だって殺してる。きっと、君よりずっと多い。君はそれをわかってても俺を好きだと言ってくれたんだろう?」
迫ってくる逆浪から水潮はじりじりと逃げた。崖を避け、岩壁に沿って坂に逃げ場を求めようとする。それを逆浪は岩壁に手を突いて遮った。顔を近付けていく。水潮は両手を突っ張って逆浪を押し留めた。
「それだけじゃないの! あたしは、あたしは……たどりついた村で親切にしてくれた人を見殺しにしたのよ!」
逆浪は水潮の耳元にささやいた。
「剣で刺されて陵辱されたっていう人のこと?」
水潮は目を見開いて逆浪を見上げた。手のつっぱりがゆるむ。
「な、んで、そのことを……」
黒瀬たちにだけ聞かせた話。やさしい人だった。甘食や他にもいろんな料理を教えてくれた。水潮と子どもたちを逃がすために、囮になって命を落とした。
「隠れて見ていたんだ。危険だと思ったら助けようと思ってた。真に迫った話し方をしていたから、そうじゃないかと思っていた。でもそれが? 自分の命も危険だったのに、飛び出して行って何になる? 君という犠牲が増えるだけじゃないか。仕方なかったんだ。……人一人の命のことなのにそう言うしかないほど、大陸が荒んでいることを俺は知っている」
一度は力を失った水潮の腕が再び逆浪を押しのけようとする。
「ごめんなさい! 本当にだめなの!」
「まだ何かあるのか? いいからもう、全部話してしまうといい。俺は君を嫌ったりはしないから」
水潮は逆浪を突き飛ばし頭を抱えた。
「嫌。もうやめて。これ以上訊かないで。聞いたら絶対に嫌いになる。あたしのこと汚らわしいって思うに決まってる!」
絶叫に近い叫び声を上げ、両手に顔をふせて嗚咽を上げた。
「──わかった。いいよ、言わなくても」
逆浪は持っていた布を下に置いた。両手で水潮の腰紐をほどき引き抜く。
「え?」
服に手をかけられて、水潮は慌てて短い裾を押えた。
「何をするの!」
真っ赤になって怒鳴ると、逆浪は何でもない風にさらりと言う。
「言っても言わなくても、君を俺のものにするだけだから」
「だ、だめだったら! あたしは!」
水潮は力をこめて逆浪の手から服をもぎとった。その服を自分で握りしめ、ひらいた目からぼろぼろと涙をこぼした。
「あたしは汚い女なのよ。たどり着いた村でいずれは妻になることを条件に、そのつもりもないのに快諾して住まわせてもらったことがある。村の男に気に入られて、村に入れてもらったこともあった。そういう時は結婚をしていなくても、──求められれば拒むことなんてできなかった。あ……あたしは、自分から進んでこの身を」
下を向いて暴露した痛みに耐える水潮を、逆浪は引き寄せて抱きしめた。頭上から声をかける。
「乱暴を──無理やり、されたことはなかった?」
小さく首を振った。
「ならよかった」
水潮はおそるおそる顔を上げた。見上げた、ほど近いところに逆浪の微笑があった。
「君が嫌な思いをしたのではなければ、それでいい」
上向いた水潮の目から涙があふれだし、目の横から耳を伝って落ちる。声を震わせた。
「嫌、だったの。人をだますのも、好きにされるのも。でもほかにどうしようもなかった。後悔したの。父さんが言ってくれたように、あの時逆浪に会いに行けばよかったって。父さんが死を選んだのは、あたしの幸せのために母さんの島を守りたい願いを叶えられなくなったからなの。あたしを島に帰せなくなって、逆浪にあたしを渡すしかなくなって、きっと母さんにすまなく思って死を選んだんだわ。だから父さんへの償いのために、島を守るために一人で島を目指したの。なのにあたしは後悔したのよ。父さんと母さんに申し訳ないと思いながらも、何度も何度も」
「ごめん」
「逆浪が悪いんじゃない。あたしが、自分で」
「そうやって自分を責めて、ずっと一人で苦しんでたのか?」
「だって、すべてがあたしがしてきたことの結果なんだもの。受け入れるしかないじゃない」
「一人で抱え込むなと言ったろう? 君の背負っているものを俺に分けてくれと」
「あ──」
水潮は喉元をおさえ、うつむいて涙を膝の上に落とした。
「あたしはそんなこと言ってもらえる資格なんてない」
「資格? だったら俺はどうなんだ? 君の両親を殺した俺が、ほんとうに許されてもいいのか?」
「そういうこととは違うでしょう? あたしは自分の目的のために自分の体さえ利用した汚い女なのよ? それでもあなたはあたしを妻にできるというの!?」
「わだかまりがないと言えば嘘になるけど、俺はそういう事実があっても受け止める覚悟でここに来ているんだ。……澪筋は、君が俺を許しているのだと教えてくれた。俺がしてきたことを知らずに言ったことだったが、俺と居て一番嬉しそうにする水潮が、俺を許していないわけがないと。それでわかったんだ。君に許されて俺がどんなに救われたかを。だから今度は俺が君を救いたい。俺には君を救う資格なんてないと思っていた。でもそういうことじゃないんだ。君が苦しんでいるのに、自分自身の悔恨にとらわれている場合じゃない。俺なんかに救われたくないと思うのなら手を振り払ってくれてもいい。だが、君自身の悔恨が俺を拒むのなら、俺は譲りはしない」
水潮は両手で口を押えて逆浪に涙に濡れた目を向けた。
「ほんとうに、いいの?」
逆浪は返事をする代わりに、持っていた布を広げた。女服だった。
「勝手に持ち出させてもらった。島入りの儀式からやりなおそうと思って」
逆浪が服を脱がせようとしていたのは女服に着替えさせるためだとわかり、水潮は頬を赤らめた。下にまだ着ているとはいえ目の前で脱ぐのが恥ずかしくて、水潮は重ねて女服をまとった。紐を受け取って結ぶと、頭に薄布をかぶせられる。
「これは?」
「澪筋が貸してくれた。自分の婚礼のために織ったのだそうだ」
「え?」
水潮はためらって薄布を持ち上げた。
「そんな大切なものを……」
「俺も聞いたが、水潮のために使ってほしいと言っていた。君の幸せを願う友達の気持ち、受け取ってやれ」
水潮は胸を詰まらせ涙ぐみながらかぶりなおした。
「やりなおしたいところだけでいいか?」
頷いて答えると、逆浪は水潮に手を差し出した。何だろうと思いながら水潮が手を乗せると、軽く掴んで高台の端に導く。海を下に臨みながら並んで立った。
「では……」
「歓迎の口付けを?」
忘れたのか照れたのか、言い出せない逆浪に代わって水潮が言う。
水潮が薄布を肩にかけると、逆浪は背をまるめてかがんだ。水潮は気恥ずかしげに目元を染めながら、手をそえて逆浪の頬に口付けする。
「……口にするものじゃなかったか?」
唇を離した時に耳元で言われ、水潮は赤くなってぱっと離れた。
「あ、あれは子どもたちが勝手にやってることで……」
目をあわせた時、逆浪がそれを知っていてわざと言ったのだと気付いてぷっと吹き出した。逆浪は目を細めて笑う。
「あたしたち、もう子どもじゃないんだし」
水潮が両手を逆浪の顔に伸ばすと、逆浪は水潮の腰に腕を回して引き寄せた。逆浪は水潮の顎に手をかけて上向かせて唇を寄せる。水潮は逆浪の首に腕を回し、幸せな笑みを浮かべてそっと目を閉じた。
──
十年前の島入りの儀式の後で、七歳の水潮は一人膝を抱えて高台で泣いていた。
「泣くな」
背後から声をかけられ、水潮はびくっと体を震わせた。顔をごしごしこすり何でもないという顔を作って振り向くと、そこに逆浪が立っていた。逆浪は十一歳になり、子どもの顔から大人の男の顔に変わりつつあった。両親以外に秘密を知るただ一人の人とわかって、水潮の目からたった今こらえたばかりの涙があふれだす。膝に顔をうずめた。
逆浪はもう一度泣くなと言った。他に何をするわけでもなく、ただ背後に立ち尽くしている。水潮は膝の間から声をもらした。
「おれ、女なのに。女なのに」
「女だよ」
逆浪はそっけなく言う。水潮は泣き濡れた顔を振り仰がせ怒鳴った。
「でも男じゃないか! このまま大きくなったら女と結婚しなくちゃならないんだ」
「女と結婚できるわけないだろう。水潮は女なんだから」
「でも女に口付けされた。島入りの儀式で口付けされたら結婚するしかないんだ」
水潮は鼻にしわを寄せ唇をかみしめる。
「そんなことはないだろう」
真剣なのにこともなげに否定され、水潮は腹を立てて立ち上がり逆浪に詰め寄った。
「知らないのか!? 島入りの儀式で口付けしたら絶対一緒になるんだって皆言ってる!」
逆浪は顔を引いてまたもやあっさり否定する。
「それは無理だろう」
「どうしてそんなこと言えるんだよ!?」
「年頃になれば君はお母さんのように美人になって、女であることを隠せなくなるだろう。そうしたら男は誰も君を放っておきはしない。必ず求婚する奴が現れる」
水潮は泣き濡れた目で逆浪を見上げた。
「逆浪も?」
逆浪は驚いて目をしばたかせるが、しばしの沈黙の後しっかりとうなづいた。
「じゃあ、おれが大きくなったら結婚してくれる?」
思い詰めて確かな言葉を欲しがる水潮に、逆浪はやさしく微笑みかけて言った。
「ああ。求婚しに行くよ」
──
遠い日の約束がよみがえる。
帰ってきたんだ。
長い長い口付けの中で、水潮はようやく島に帰ってきたのだと思った。
二日後の朝方、水潮と逆浪は舟の準備をしていた。島人たちは蓄えられていたお金や、売り物にする布や干物を持てるだけ持っていってもらおうと並べている。その表情にはどれも翳りがあった。島人の生活のために水潮は島を出て、もう戻ってこない。申し訳なさで誰もが沈んでいた。
昨日のうちに水潮たちは別れを告げて回った。島長は逆浪が一緒に行くと聞くと、以前から胸に秘めていた逆浪への疑念を問うことなく、送り出すことを承諾した。吹走は特には何も言わなかった。ただ、頭領の座を引き受けるにあたって、任せろ、とだけ答えた。波座に至っては全く一言もなかった。水潮と並んで立つ逆浪に、残念そうな笑みを見せただけだった。
舟を準備している水潮の後ろに澪筋は立っていた。その顔は別れを惜しむというより新しい出発を喜んでいた。昨日言っていた。行ってしまうのは淋しいけど、水潮が幸せなら止めはしないと。その澪筋は何故か微妙にそわそわしている。
舟を舟揚げ場から浜につけなおし、持てる荷を確認する。荷の手配をしていた波穂は、途中で人に任せて自分の舟を引き出してきた。
「何? 途中まで送ってくれるのか?」
水潮が手を止めて訊くと、波穂は浜に舟を押しながら答えた。
「俺も行くんだ」
いきなりのことに皆ぽかんとする。
「澪は!?」
とっさに振り向いて見た澪筋は、驚いた様子なく少し淋しげに波穂を見ていた。
「島入りの儀式の日に、教えてもらったの。こういうつもりでいるって」
すると見送りの中から波座が飛び出し、舟を引き出してきた。
「俺も行く」
島長は慌てた。
「それは困る。頭が二人も行ってしまっては島の守りが」
波座は胸をそびやかし鷹揚に言った。
「この間の襲撃で島の結束は固まっただろ? 吹走は頭領として残るんだし、結束の力を信じようや。島の男は、いや、今は女もか、誰一人やわじゃないんだからよ」
波穂は舟を浜につけてから澪筋の前に立った。
「すまない。勝手に決めてしまって。でも何でもかんでも水潮に後押しされてる俺じゃ恰好つかないものな。いろんなことを知って一人前の男になったら、もう一度申し込みにくるよ」
その時まで澪筋が一人だったらの話だけどと付け加えると、澪筋は両手をもみ合わせながら勇気をしぼって顔を上げた。
「あ、あの。私が嫁きおくれないうちに帰ってきてください」
「え? あの──」
意味をさとって波穂は真っ赤になる。水潮はにやにやしながら澪筋の隣に立って肩に手をかけた。
「澪筋、心配することないよ。波穂はすぐ帰すから。船ができたら商いのために行き来する人間が必要でしょ?」
波穂と澪筋はあっと顔を見合わせ、波穂はばつ悪そうに頭を掻いて下を向き、澪筋は口元を押えて笑いをこらえる。
荷物を背中にしっかりくくりつけた四人がそれぞれ舟の前に立つ。島人を代表して島長が進み出た。
「本当に二度と島には戻らんつもりなのか?」
水潮は少し考えそれから言った。
「村長はすごく怒ってるの。本当はあたしが一度でも島に帰ったら商いは絶対に受け付けないって言ってたくらいで。……でも、説得して、どんなに時間がかかっても必ず島に帰ってくるわ」
顔を上げ晴れやかな笑顔になった水潮を見て、島人たちは明るさを取り戻す。
水潮は波間に舟を押し出した。他の三人もそれに続く。背負った荷物が濡れないように舟上に飛び乗って、帆を操り均衡を取った。そして片手を上げて振る。
「行ってきます!」
島人たちは大手を振って見送った。
水潮の舟が入り江口の潮の流れのぶつかり合いを飛び越える。舟の軌跡をなぞる潮の飛沫が朝日を浴びて金色に輝く。島人たちはいつか再びこの景色を見られることを願っていつまでも手を振り続けていた。
おしまい




