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22、

 夜、男の半分の人手をさいて上陸した者がいないか島の中を警戒して回った。夜が明けたところで交代して、舟を出し島の外周を見て回る。高台からは、帆が焼けた船を含め五隻全部が湾につけているのが見えた。

 報せを待つ大広場に、敵の姿無しという報告が次々届く。全員が戻ったところで水潮は大広場の壁の上に立ち宣言した。

「今回の戦いはすべて終わった。あたしたちの勝利だ!」

 わっと歓声があがる。互いをたたえ手を取り合って喜んだ。水潮が壁から下りると、皆が駆け寄りもみくちゃにする。

 これからも頼む、という声を聞いて水潮の笑顔は凍った。

 水潮の様子の変化に気付いた者から、口を閉じ何事か問う視線を向ける。水潮は周囲の視線を受けて言いにくそうに話した。

「あの……あたし、これで島を出ようと思ってるんだ」

 水潮の言葉は離れたところの人々にまで伝えられ、大広場は歓喜から一転、理由を質す怒号で埋まった。水潮はそれを手を上げて制し答える。

「前に話した商いのつてなんだけど、実は、あたしがそちらの村に住んで島との取り引きを受け持つならって条件がつけられてるんだ」

「何でそんな条件なんか……!?」

 青年が憤慨して言うと、水潮は言いにくそうに肩をすぼめた。

「その村っていうのは、以前島と商いをしてたことのある村なんだ。ほら、内海の東の断崖の下の長浜、その向こうにある村のことだよ。あたしの父さんのつてで商いを始めたけど、八年前の襲撃の後そこの村長と、父さんのことで大喧嘩になって商いやめっちゃったんだってね。で、村長が今でも八年前のことを根に思ってるんだ。それでも頼み続けてたら条件を出されてね、それがあたしが向こうの村の住人になって、島へ渡るのを禁止するってことだったんだ」

 最後の一言に島人たちはざわついた。

「それって、一度その村に行ってしまったら、水潮はもう二度と島に帰ってこないってこと?」

 青ざめた澪筋に言われて、水潮は余計なことまで口を滑らせたことに気付く。気まずそうに頭を掻き、うんとうなづいた。

「そんなに嫌われてるなら今まで通り西に行きたいところだけど、西はすでにニルフェドの勢力下で近付くこともできないだろ? だからその村に頼るしかないんだ。あたし一人が大陸に渡るだけで商いが再開できるなら、すごく簡単な話じゃない?」

 誰ももう何も言わなかった。言いたい言葉はあるのに言い出せない。気まずい雰囲気を払拭しようと、水潮は皆を見回して明るく言った。

「島はもう大丈夫。誰もが島を守るという一念で結束し、島を守り抜くことができた。この結束さえあれば島は他国に侵されることはない。頭領の座は吹走に預ける。来年にでも海走りの儀式を行って改めて決めなおしてほしい」


 今日一日は好きに休息を取っていいと言って、水潮は解散を言い渡した。誰よりも先に大広場を出る。それを逆浪が追った。波座も追いかけたが、広場を出たところで二人の姿を見失った。きょろきょろ見回しながら浜へ下りていく。

 木の陰に隠れてやりすごした水潮は、水潮にならって木の陰にかくれた逆浪をうながした。林を縫って浜の端の岩場まで行く。岩の陰で水潮は振り返った。

「どうして? て言いたそうな顔してる」

 他の島人だって同じだ。訊けなかったのは、島のために水潮が決めたことだったからだ。しかし逆浪には追いかける理由があった。水潮がどんなに辛い思いをして島に戻ったかを知っている。

 水潮は逆浪を見つめてじっと言葉を待っていたが、逆浪は見つめ返すばかりで口を開かないので、仕方なく先に話しはじめた。

「本当のことを言うとね、逆浪はあたしに謝ることなんてないのよ」

「え……?」

「島人たちの中であたしが一番警戒してたのは逆浪なの。逆浪がいつどんな行動を起こすかわからなくて、夜もおちおち寝ていられなかった。逆浪に眠るように言われて手を握ってくれなきゃ眠らないって言ったのは甘えたかったわけじゃなくて、本当はそうやって拘束してしまえば眠ってしまっても安心だと思ったからなの。頬に口付けたのは駄目押しね。あたしに少しでも気があるのなら、色仕掛けで完全に味方にできるかなって思って。でも読み違えちゃった。逆浪はあたしに罪悪感一杯で、そのせいでひどく苦しめちゃった。ごめんなさい」

 聞かされた真意に放心して、逆浪は一言も漏らせない。水潮は話し続けた。

「それにね、すべてはあたしが決めたことなんだから、他の誰も気に病むことなんてないのよ。──あたし、小さい頃から逆浪のお父さんが暁洲国の兵士だってこと知ってたの」

 逆浪は驚きに目を見開いた。

「父さんももとは逆浪のお父さんと似たようなことをしていたから、すぐわかったんだって。あ、島に来た時にはもうやめていたわよ? それでね、お父さんが間諜だから逆浪にも気を付けろって言われてたの。なのにあたしは、逆浪にかばってもらったのをいいことに、男と偽るために利用した。利用されてるとは思ってたでしょう? なのに逆浪は文句言わずにそばに置いてくれた。嬉しかったわ。あたしは皆に隠し事だらけで誰にも心を許せなかったから、女だと知っても言いふらしたりせず受け入れてくれて、すごく安心できた。……好きになる気持ちを止められなくて、すごく怖くなった。心を許しちゃいけないって言われた相手に心奪われてしまうなんて、知られたらきっと父さんと母さんに止められる。止められたら逆浪と引き離される。だから黙っていたの。八年前の襲撃の夜、逆浪は岬でたいまつを灯してたよね?」

「見て、たのか?」

「うん。村から出ていくところからずっとね。……誰にも、父さんと母さんにも言えなかった。でも、そのせいで守りを固めるのが遅れて母さんは死んだ」

 逆浪は深くうなだれる。

「すまない。知らなかったこととはいえ──」

「逆浪を責めてるんじゃないのよ。だって、あたしが決めたことの結果だもの。母さんの死は全部あたしのせいだって思ってた。でも大陸で一息ついてから父さんが言うのよ。間諜だと知っていながら、何の策も立てずに競い合うことを楽しみにしてしまっていた父さんが悪いって。父さんはいつまでも行動を起こさない逆浪の父さんを見ていて、もしかしたら自分と同じで国から逃げてきたのかもしれないって考えるようになってたんだって。先に仕掛けて倒すか捕らえるかしておけば、母さんは死ななかったのにってあたしに謝ったわ。その時あたしはあなたへの想いを打ち明けたの。……一晩中二人で泣いたわ」

「本当にすまない。謝ってすむことではないが」

「謝らなくっていいってば。……って言っても、あたし謝らせるようなことばかり言ってるわね。全然恨んでないって言ったら、それは本当じゃないから。でも父さんの死は少しもあなたのせいじゃない。あたしのせいなの」

 逆浪は顔を上げた。まっすぐ逆浪を見つめていた水潮と視線が絡む。水潮の言葉の意味を推し量れず困惑する逆浪と、父親の死を語りながらもおだやかな表情をする水潮。しばし時が止まる。止まった時を動かしたのは水潮だった。

「死にに行く前の夜、父さんは言ったの。父さんが死んだらあなたのところへ行きなさいって。刺客が強くなっていつ殺されてもおかしくないから今のうちに言っておくって言い訳してたけど、あたしがあなたを好きだと言ったから、殺されに行ったんだと思うの。あたしのせいであなたを殺せなくて、だから死んだのよ」

 語尾が震え、水潮はうつむいた。足元の砂の上にぽつぽつと染みが浮かぶ。

「あたしは、自分のために親を死に追いやった人でなしなのよ。そんなあたしが、両親の慈しんだ島に住んで、……幸せになっていいわけがないでしょう?」

 逆浪はもう謝罪の言葉も出なかった。顔を上げた水潮の頬を涙がつっと伝った。

「短い間だったけど、会えて、こうして話すことができてよかった。ありがとう。……さようなら」

 水潮は逆浪の脇をすり抜けて走り去った。逆浪は追いかけることも去っていく水潮を見送ることもできず、下を向いて立ち尽くした。


 大広場の手前で澪筋は待っていた。とぼとぼ歩いてきた水潮を見て心配そうに駆け寄る。

「水潮……」

 泣いたと思われる目元の赤みに、澪筋は言葉を失った。水潮はぎこちなく笑みを作る。

「ね、澪筋。宝の記憶には島人は巫女を守ると記されているのに、何故今の掟が女を守るとなっているかわかる? 三百年間代を重ねて血が混ざり合った結果、島人全員が巫女の血を受け継ぐようになったからよ。だから島の女は誰でも巫女だと言えるの。巫女の力は鍛錬次第で強くなる。今回澪筋は皆の先頭に立って頑張ったもの、これからも頑張れるわよね?」

 澪筋はふるふると首を振った。

「私のことはいいの。これからは水潮の面倒にならないように、心配かけないですむように頑張るから。でも、島を出て行くって、それで本当にいいの?」

「決めてきちゃったことだから、約束はやぶれないわ」

「逆浪は? 一緒に行くの?」

 言い募って一歩前に出る澪筋から、水潮は一歩さがって首を振った。

「ううん。一人で行く」

「どうして?」

「どうしてって……澪筋は逆浪のことよくは思ってなかったんじゃないの?」

 茶化して言うと、澪筋は思い切り水潮を睨みつけた。

「はぐらかさないでよ! 今の水潮、逃げてるようにしか見えない! 島を出るって話してる時の水潮、どこか逃げてるみたいだった。何から逃げてるの? どうして逃げる必要があるの?」

 言い募る澪筋から、水潮はとうとう目をそらした。

「ごめん、澪筋。今は許して」

 水潮は駆け出してしまった。声に涙が混じったのに気付いて、澪筋は追いかけるのをためらう。

「どうして……? 水潮は誰よりも頑張ったもの。もう何も背負い込まないで幸せになったっていいはずなのに……」

 澪筋はうなだれて、手の甲で目元を拭った。

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