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18/24

18、

 水潮の服は翌朝にはできあがっていた。島の布で作った薄い青緑色の男服で元気に歩き回る。水潮が女服を着ているとどうにも調子が狂うので男たちはほっとしていた。そんな中で残念がる者が一人いた。

「女服は着ないのか?」

 通りすがる水潮に、岩を削る作業をしていた波座は顔を上げて声をかけた。

「新しい服ができたからね」

 水潮はそっけなく答えさっさと坂を下っていく。

「もったいない。いい女だったのに」

 顎をさすりさすり呟いた波座に、一緒に作業していた配下たちが集ってきた。

「今度は水潮なんすか?」

「本気の本気なんすか?」

 波座は胸を張って答えた。

「おうよ」

 配下たちは顔を見合わせる。漁の日以来村中その話で持ちきりだが、配下たちは未だに信じられないでいる。

「よくあんな豪気な女に言い寄れますね」

「頭領の夫なんて立場、これが最初で最後だろ。唯一ってのを狙うのは楽しくねぇか?」

「それが目的ですかい」

 一人があきれてつっこんだ。他の者が肩を落としながら言う。

「楽しくなくていいから好いた女と一緒になりたいっす」

 波座はにやにやと笑った。

「あれは意外にかわいいぞ。加えて島の女にはない色っぽさがある。それに惚れた男は俺だけじゃあない」

 楽しげに恋敵がいると言う波座に、配下たちは再び顔を見合わせ、ため息をついた。


 水潮は日に二、三度高台に上った。沖に目をこらす。襲撃があった日から四日目、すぐにやってくるとは思わなかったが、万が一ということもある。目で見ているわけではないが、そこは気分の問題といったところか。

 名前を呼ばれて水潮は振り返った。逆浪が入口から歩いてくる。

「何かあった? 」

「頭領が見張りの役をしていてはいけないだろう」

「でも……」

 水潮は言いよどむ。逆浪は高台の海に面した端に立った。片目に手で包んだものを当てて遠くを見たかと思うと、水潮の方を向いて手の中のものを渡す。

「頭領には頭領の仕事がある。そちらに専念して見張りは別の者に任せるべきだ」

「望遠鏡!?」

 小さな木の筒の両端にちゃんとガラスが入っている。大陸でもめったにない貴重品だ。まじまじと見てから顔を上げると、逆浪は腕を引いて自分が立っていた場所に水潮を立たせる。

「覗いて見るといい。湾が見えるだろう。三隻ある帆船が完成に近い。近くに停泊している二隻と同じくらいの大きさだ。たぶんできあがり次第攻めてくる。前回の数から考えて今回は八十人近い人数が来るだろう。上陸されたら勝ち目はない」

 望遠鏡を覗いていた水潮は、望遠鏡を下ろして逆浪を見上げた。

「策が、あるの?」

 うかがい見る水潮の視線を逆浪はまっすぐ受け止めた。


 集会所の中には、折りたたんだ布の上に座る島長と、水潮、吹走、波座、波穂、そして逆浪が向き合って座っていた。

 水潮がぱんっと膝を叩く。

「これで決まりとする。早速準備にかかってくれ。力をあわせて奴らを追い払おう」

 吹走たちは大きく腕を振って胸元を叩いた。了解の合図だ。声の届かない相手にするものだが、大事な話し合いに賛同する場合でも使うことがある。立ち上がり、波穂、波座の順に出て行った。吹走の後ろに逆浪がつく。吹走は手を上げて逆浪を止めた。

「おまえは水潮の配下となるのだろう?」

 水潮にともなわれて来たことを誤解されたのだろうか。逆浪は口ごもった。

「いえ……そういうわけでは」

「ならば水潮の配下になれ。水潮には傍らに役に立つ助けが必要だ。大陸を知り、今回の作戦を立案した逆浪ならば相談相手にもうってつけだ。若いおまえたちに島の命運をゆだねるのは心苦しいが、今の危機から島を守るにはおまえたちの知恵に頼るしかない。できることあらば何でも引き受けよう」

 吹走は出て行き逆浪は残された。こういう席から退くには頭について出て行くか、頭の指示で出て行くかのどちらかだけだ。

 逆浪は困った顔を水潮に向ける。腰を上げた水潮は逆浪の背中を軽く叩いた。

「よろしく頼む」

 逆浪の前に出て入り口の布に手をかける。

「待て」

 その声に二人振り返る。島長は厳しい表情をして水潮を見ていた。

「先に出て、見張りの役につく者たちに方法を教えていてくれ。用が済んだらそちらに行く」

 逆浪が出て行くと、水潮は島長に間近に寄って腰を落とした。

「やはり気付かれましたか?」

 島長は目を伏せた。

「さすが。父さんと渡り合っただけのことありますね」

「それは皮肉か?」

 片目をあけてじろり睨む島長に、水潮は笑みを浮かべて首を横に振った。

「いいえ。心強いです。島の人たちはやさしすぎる。あなたのような人がいていろんなことを疑ってかかってもらわなくては、大陸の人間に簡単にだまされていい餌食にされてしまう。でも今回はあたしに免じてしばらくの間は不問にしてもらえませんか?」

 島長はしばらく水潮の瞳の奥を覗き込んでいたが、目を閉じ深くため息をついた。

「そなたの、頭領の判断にまかせよう。……わしは掟を重んじるあまり、大陸が変わってしまっていることに目を向けようとしなかった。あの戦いは必要じゃった。わしと、島の者たちの目を開かせるために。あの戦いの責はそなたには、ない」

 頭を下げようとした島長を、水潮は手を上げて止める。

「いいえ。それでもあたしが判断してあの場をつくったのです。黒瀬を死なせてしまい海境を追放した責はあたしがとります」

 視線にゆずらない意思を見てとって、島長は頷いた。

「ならばその責、果たしてみせよ」

「はい」

 水潮は立ち上がった。入口の布に手をかけて少し振り向く。

「頭領になった日からずっと言いそびれてたけど、あたし、あなたの孫娘になりそこねちゃったね」

 さびしげに笑い去っていく水潮に、島長は手を差し伸べながらも呼び止めることができなかった。


 水潮が集会所を出ると、澪筋が小走りに寄ってきた。

「何かあったの? 頭たちが集まって話し合いはじめるし、終わったと思ったらせわしく動きはじめるし、私たち、どうにも心配で……」

 数人の女たちも集まってきていた。皆不安に瞳を揺らしている。水潮は少し考えてから口を開いた。

「夕飯の時にちゃんと説明するけど、次の襲撃にそなえて準備をはじめるのよ」

 女たちは動揺の声を上げた。

「また来るの?」

「うん。むこうがあきらめない限り何度でもね」

 いっそうの怯えが浮かび、心細さに顔を見合わせる。水潮は不安をやわらげるよう、楽しそうに言った。

「だからね。次の時、しばらくは来たくないって思うくらいにこてんぱんにやっつけちゃおうってことになったの」

「できるの?」

「うん、もちろん。でもこれにはあなたたちの協力が必要なの」

 水潮は協力の内容を説明した。女たちは顔を曇らせて黙り込む。その中で澪筋が最初に口を開いた。

「私やる。水潮たちが命がけで島を守ってるのに、洞窟で息をひそめてるなんて嫌なの。女は守られるものっていう掟に甘えてたくない。できることがあると言ってくれるなら何だってするわ」

 澪筋の決意は周りの女たちにも伝わり、固く頷きあう。水潮はもう一度見回した。

「要求は厳しいわよ。覚悟してね」

 一人が調子づいて、男がするように大きな手振りで胸を叩いた。他の者たちも同じようにする。水潮は頼もしそうに顔をほころばせた。


 大広場から見る陽が島の影に隠れる頃、女たちは炊き出しの当番や子どものいる者から順に水浴びに向かう。澪筋は誰もいなくなっても銅鏡に向かい続けていた。巫女であることから皆を引っ張っていかなくてはという気負いがあった。また一方で、どうにもならない時は水潮が助けてくれるだろうことをわかっていた。けど、水潮に頼りたくなかった。ただでさえ水潮はたくさんのことを背負い込んでいる。その上自分たちの面倒までかけたくなかった。でも今のままでは間違いなく水潮に負担をかけることになる。焦りが、冷や汗となり頬を伝う。

 女たちのおしゃべりが近付いてきた。最初に水浴びに行った者たちが帰ってきたのだ。澪筋もそろそろ行かなくてはいけない。息を深く吐き立ち上がった。宝を持って集会所に返しに行こうとする。歩き出そうとして、集会所の前に立つ人に気付いて足を止めた。薄暗くなった視界の中でもよく知る相手なら輪郭だけで誰だかわかる。歩み寄ってきた波穂は澪筋の手から銅鏡をとる。

「返しておいてやる」

 澪筋は困惑した。背を向けた波穂がぼそり言った。

「無理のしすぎはよくない。鍛錬の時、無茶をすると体を壊して逆に弱くなってしまう。巫女の力がどのようなものなのかはわからないが、力というからには同じようなものではないのか?」

 思い当たることがあった。疲れてくると力が弱まっていく気がする。

「そう、かもしれないです。教えてくださって、ありがとうございます」

「努力できる中で頑張ればいい。もしもの時は──俺がおまえを、澪筋を守るから」

 背後を気にして見せた波穂の横顔に、澪筋は息を飲み口に手を当てた。赤らんでいる頬は、今の言葉は義務感から言っているのではないことを澪筋に教える。澪筋もみるみる赤くなった。そしてつい、声を洩らした。

「はい……!」

「えっ……」

 波穂は大きく振り返った。急に振り向かれて澪筋は驚く。波穂が何にそんなに驚いたのかすぐにはわからず澪筋はぽけっとしてしまう。が、顔中を真っ赤にして困惑する様子から、澪筋は自分が何を言ってしまったかに気付いた。さっき以上に顔を赤くする。

 守ると言われてはいと答えれば、それは求婚を受け入れたことになるではないか。

 澪筋の口からもはや声は出なかった。波穂からも一言もない。二人はそのまま見詰め合った。大広場に戻ってきた者たちに冷やかしの言葉をかけられるまで。

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