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最終話・これからの未来もきっと大丈夫

 ある日のこと、広場の工事を手伝っていたアルノーツ兵らが、ポツポツと広場に集まってきていた。


「……すごいなあ、こんなふうになるんだなあ」


 アルノーツ兵の一人が、ぽつりと呟く。


 女神像まで彫られた広場の燭台を彼はしげしげと眺めていた。


「そこの床のタイルはオレ達が敷いたんだよな。大きさが揃ってないから、並べ方に気使ったり、たまに砕いて形変えたりしてさ」

「おお。ティエラリアって国は金がないんだなあ、不揃いのタイルしか買えないのかって文句言ったりもしたけどさ……こうして仕上がったのを見ると、なかなかだよな」


 若いアルノーツ兵が息を吐くと、冷たい外気によって息は白く色づいた。


「なんか、やったことの成果が見えると嬉しいんだなあ……」

「だなあ、こんな土木工事みたいなことやったことなかったけど、結構、いいもんだな……」


 しみじみと、誰かが呟く。誰もが誇らしげな気持ちで広場を眺めていた。


「お前、ずいぶん腕が太くなったよな。アルノーツに帰ったら母さんがビックリするんじゃないか?」

「ハハッ、そうかもな。オレ、走るのも大分長く走れるようになったんだぜ! 最近は鍛錬も楽しくなってきててさあ」


 キャッキャと盛り上がる兵たちはやがて、「なあ」とこぼした。


「……オレたち、アイラ様に無理矢理連れてこられたけど……」

「ああ、こうしてみると……案外、よかったよなあ」

「アルノーツに帰ったら、シャルル様の鍛錬メニューを残ってる奴らにも教えてやろうぜ」

「そうだな! オレ、どうせならもっと鍛えたい! アルノーツ騎士団の鍛錬メニュー改革しよう!」


 兵たちは明るい声で、これからの話に耽る。



 それを、アルノーツ王女のアイラが陰から眺めていた。

 ひとしきり彼らの会話を盗み聞き、腰に手をやりながら「ふん」と鼻を鳴らした。


「……なぁんだ、情けないこと言ってたら、おしりでも蹴ってやろうかと思ったけど」

「こら、暴力はよくないよ。特に権力者がするのは最悪だ」


 こそこそしているアイラを発見して、動向を見守っていたシャルルがアイラをたしなめる。


「大真面目にうるさいわね、物のたとえよ! しないわよ! 性根腐ってるヤツにはするけど!」

「人によって態度を変えるな。後の禍根を生むぞ」

「ふんっ。はいはい、わかったわよ」

「はいは一回」


 口うるさいシャルルにアイラはべっと舌を出した。


 シャルルはふう、とため息をついて呆れたが、ふと優しい眼差しを浮かべ、アイラに声をかける。


「これからも俺たち、こういうふうに、お互い助け合えるようになるといいな」

「ええ。あんたたちが危ないときにはアルノーツの兵士たちが助けに行ってあげるわよ! お義兄さま!」


 ふふんとアイラは胸を張る。


「ああ、よろしく頼む」


 そして、シャルルは同じく国を守るもの同士、対等な立場として、アイラに手を差し出して握手を求めた。

 アイラは少し驚いた表情を一瞬浮かべたが、すぐにいつもの勝ち気な表情を取り戻し、「もちろんよ!」と力強く応えるのだった。





 辺境領の復興もひと段落つき、滞在していたアルノーツ兵も帰国していった。


「またいつでも人手が欲しくなったら呼びなさいよ!」とアイラは言い残し、シャルルも「現役は引退した指南役を近いうちに派遣させる」と約束して。


 アルノーツ兵は若い男性が多くて、活気に一役買ってくれていた。いなくなると、なんだか少し街中が寂しい雰囲気になってしまった。


「また来てくれるといいねえ」


 そうこぼす人の声も聞こえてきた。

 かつて侵略してこようとしてきた国という禍根はあったが、ここでは善い関係を築けていたのだろうとソニアは思う。



――ちょっと! アンタ、強いんでしょ。コイツらのこと、鍛えてくれない?



 そんな急な申し出だったが、結果としてティエラリアとしても、アルノーツとしても、とてもよい交流になった。


「ちょっと一息、だな」


 シャルルがベッドに腰掛けながら、ふうと息をつく。

 もう湯も浴びて、シャルルとソニアは寝室で後はもう寝るのみだったのだが、今日はなんだか不思議と感慨深さに浸っていた。


「アルノーツ兵がいなくなると、ちょっと寂しいですよね。アイラも、また来てくれるといいんですが……」

「ああ。ウロボスもアイラがもうあんまり来なくなるって聞いて寂しそうにしてたよ。アイラは無邪気にウロボスに懐いてたから……」

「そうなんですね……」


 シャルルの言葉通り、目に見えてわかりやすく寂しそうにはきっとしていないのだろうが、「そうかよ」と言いながら背中を丸めるウロボスの姿はなんだか妙にハッキリと想像ついた。

 遠慮無く孫面してくるアイラは、口が悪くて素直でないが面倒見の良いウロボスと相性がよかったのだろう。


「復興はこれでひと段落で、これからは辺境領として城の建設に集中だな。並行しながらずっと基礎は作っているけど、まだまだ頑張らないと」

「はい! 応援してます!」


「君が魔物を呼び寄せても問題が少ないようにも作らないと」

「ご、ご迷惑おかけします」


「君の方も、畑は順調みたいだな」

「は、はい。色々と試しましたけど、種と……農業用のため池に加護を与えるのが効率がよいのかというところに落ち着いてます」

「なるほどな……」


 自分の口で『加護』というのも憚られたのだが、ソニアは頷いた。


「ノヴァくんとエリックさんが色々と手伝ってくれたり、アドバイスしてくれたおかげですね」

「そうだな、二人が来てくれてよかった」


 シャルルはそっと目を細める。


「……例のリゾルカとは今裁判中みたいだ。これは兄貴に任せておけば大丈夫だろう」

「は、はい」

「今回の戦果で、ティエラリアは易々とは攻略できないと示せただろうし、しばらくは他国の襲撃はそうないとは思いたいが……」


 シャルルの懸念に、ソニアも深く頷く。

 

「エリックが言うように、不安要素もあるけれど、俺がいてフェンリルたちがいて、君もいるんだ。ティエラリア軍に勝てる軍隊などこの世には存在しないよ」

「そ、それは……」

「まあこれは言いすぎかな? でも、それくらいの気持ちでいてもいいと思うんだ」


 ふっとシャルルは柔らかく笑う。

 実際には、ティエラリアよりももっと豊かで、国力もある国などゆうにあるだろう。しかし、ティエラリアはそれらに負けるわけにはいかないのだ。

 二人きりで話しているときにそれくらいのことも言えないような気持ちでは、それらの国とはやり合っていけないだろう。


「アルノーツも、もっといい国になるし、ティエラリアとアルノーツの関係ももっといいものになっていくと思う。君と、それから、アイラのおかげで」

「……はい」


 ソニアは、自分の名前を呼ばれた以上に、アイラの名が挙げられたことが嬉しいと感じた。

 聖女として誇り高かったアイラが、実は己の聖女の力はソニアから借り受けていたものだったと知ったとき、どれほど悔しい気持ちでいたか、ソニアは心配だった。


 だが、アイラは折れなかった。それどころか、アルノーツのこれからを危惧し、積極的に動いて見せた。

 屈辱にのまれるのではなくて、自ら成長を見せたアイラをソニアはすごいと思った。

 自分もアイラのように、変わらなければとソニアはアイラに尊敬の念を抱いた。

 

「……これからはきっと明るい未来になるよ」

「は、はい!」


 シャルルは優しくそう言って、微笑んだ。


「俺たちの子が生まれるなら、そういう未来にしておいてやりたいし……な?」

「は……はい」


 少し尻込みしておずおずとソニアは答える。

 これは、雰囲気的に、話の流れとしても、そうなるのだろうと察して身を固くした。


 とうとう、とうとうだ――。そう思ってぎゅっと目をつぶったのが、シャルルの動く気配はない。

 あれ?と思ったソニアが目を開けるといつの間にか、隣に腰かけていたはずのシャルルはベッドの上に転がっていて、穏やかな寝息を立てていた。


(い、いつもは、私が先に寝ちゃうのに!?)


 いつになく寝つきのいいシャルルに驚きを覚えつつ、ソニアはぽかんとする。

 いつもだったら朝起きたときに眺めるのと同じ、ソニアが大好きなシャルルの寝顔を見つめた。


 ソニアはふうと息をつく。


(……シャルル様も、ようやく荷が下りた気分なのでしょうか)


 ソニアはそっと布団の中に入って、眠るシャルルの肩口に頭を擦り付け、瞳を閉じた。この心地よいぬくもりをいつまでも感じられますようにと祈りながら。

WEB版はこちらで完結です。

このエピソードから、一章エピローグのお話に続く感じです!

(ますますラブラブになったシリウスとラァラの新しい子がこれから生まれて~という感じ)

書籍版はWEB版とはそのあたりの時系列が少し違うので、書籍版ではシャルルとソニアの距離がもっとグッと近づいてます。(WEB版もこっそり直そうかな…と悩んだのですが、WEBはWEB版としての設定と時系列でもこれはこれで味があるかな…とこのままにしました)


書籍版二巻は今回は電子のみでの配信となります。

加筆修正や、書き下ろしの番外編、そして牛野先生のとっても素敵なイラスト!が収録されていますのでぜひ二巻も読んでいただけましたらとてもうれしいです~!

書籍版では進展具合が違うので朝チュンありますよろしくお願いします。

5月10日発売です! 本日だ!

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