17.ウロボスお悩み相談所①
「ねーえ、おじいちゃん。どう思う? アルノーツ兵の奴ら、あたしやシャルルが見てないところだとすぐサボってグチグチ言ってんのよ。ダサいわよねえ、どうしたらあいつらに気合い入れられると思う?」
「知るかよ。勝手に『おじいちゃん』なんて馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ」
「じゃあジジイ」
「振り幅でけぇな。なんでジジイならいいと思ったんだ」
「……あれ、アイラ……」
ウロボスの家の戸を開けたソニアは、居室でくつろぐアイラの姿を見て目を丸くする。
アイラはソニアに気がつくと、ぱっと顔を明るくさせて、大きく手を振った。
「あっ。お姉様! ちょっとお姉様も聞いてよ、アルノーツの奴らってどうしてこうも根性なしばっかなのかしらね?」
「どうしてウロボスさんのところに……」
「シャルルがじいさんと仲いいでしょ? 二人が話してるところに乱入してから知り合いなのよ。あたし、忙しくて二人で話してるの終わってるのなんか待ってらんないから」
「一方的に懐かれて困ってんだよ。お前の妹なんだろ、とっとと引き取って帰らせろ」
「は、はあ……」
妙に馴染んでいるアイラにたじろぎながら、ソニアは二人を交互に見る。
「ねえ、このお菓子もうないの? おいしかった」
「お前に出せる分はもうない。急に家に上がり込んどいてずうずうしいな、お前」
(ほ、本当に懐いてる……)
アイラはウロボスの背中に抱きつき、肩に顎を乗せながらウロボスにお茶菓子の追加をねだっていた。なんだか本当の祖父孫のようにやりとりする二人をみてソニアは少し胸が温かくなる気がした。
ソニアが小さく笑ってしまったのに気がついたウロボスが「おい、引き取れって言ってんだろ」とため息をついた。
「お姉様も座りなさいよ。話はまだ終わってないから」
「え、えーと……」
「おい、お前も巻き込まれてるんじゃねえ」
そう言いつつも、ウロボスはアイラに引っ張られて床に座るソニアを無理に追い出そうとはしなかった。
アイラは部屋の主に許可もとらず、勝手に急須に入っていたお茶を湯飲みにうつし、ソニアに差し出した。
(え……アイラ、どうして、いつの間にこんなにウロボスさんの家に馴染んで……)
戸惑うソニアはアイラに差し出された湯飲みを素直に受け取り、口をつけてしまう。
どう見てもこのまま居座る姿勢のアイラとソニアにウロボスは「ったくよお」と舌打ちした。
「……アイラ。てめえの部下の悪口ばかり言うんじゃねえ、お前だってこうしてグチグチ言ってんじゃねえか」
ウロボスは諦めたのか、真面目な口調でアイラと向き合う。
「あたしとあいつらじゃ苦悩の度合いが違うのよ! あたしほどの責任の重さがあったらちょっとグチグチ言うくらい許されるべきでしょ!」
「言ってることメチャクチャなんだよ、お前は。お前にも問題があんだよ、もう少し下に歩み寄れ」
「アイツらに合わせてたら一生かかってもアルノーツ兵は雑魚のまんまよ! ここで頑張ってもらわないでどうすんの!」
「別に一緒になってサボれとは言ってねえだろ、愚痴を聞いて、全部じゃなくてもひとつや二つくらい部下の文句を解消してやれ。そうすりゃ今よりかは『マシかな』って向こうも思うだろうよ」
「……そう? つけあがるんじゃないの、そんなことしたら」
「むしろ今のままのが行き違ったまま増長してくぞ。見てないところでお前さんの悪いとこばかり独り歩きでやってないことまでどんどん悪く言われてく。早い内に不満はちゃんと聞いてやれ」
アイラは眉根を寄せて、難しい顔で考え込む。
実年齢よりも幼げに見える丸い頬を膨らませて、むっつりと腕組みをしていた。
「今うまくいってねえからオレに愚痴ってるんだろうが。納得できなくても一回オレの言うとおりにしてみろ」
「……そうだけど……」
「言うとおりにする気もねえならもうオレんところに相談に来るのはやめろ。次は家にあげねえで追い出すぞ」
「…………わかったわよ……」
見るからに渋々という様子だったが、アイラはウロボスに頷いて見せた。
(あ、あのアイラが……!)
その光景を見て、ソニアは感動する。
あの誰よりも不敵で、誰の言うことも聞かない不遜なアイラが、渋々とはいえ上から物を言われて従うとは。
「ウロボスさん、すごい……さすがは、長ですね……」
「やめろ、もう引退済みだ」
「まっ、年の功よね。同じ事シャルルに言われても聞く気ないけど、おじいちゃんに言われたらしょうがないわ」
「なんでお前が偉そうにしてんだよ」
ふふん、と勝ち気な表情を浮かべるアイラにウロボスが突っ込む。意外とこの二人は相性がいいのかもしれない、とソニアは目から鱗が零れるようだった。
「それで? お姉様も何かあったからおじいちゃんのとこ来たんでしょ? どうしたの?」
「お前はもう話は終わったんだろうが。なんでまだ居座る気なんだよ」
「いいでしょ。おじいちゃんち、あったかいんだもん。で? お姉様は?」
「あ、え、えっとですね……私は、ウロボスさんに『良妻』とは一体なんなのかをお教えいただきたく……」
「帰れ」
「えっ!?」
おずおずと口にしたソニアだったが、ぴしゃりと一言言われて固まる。
「オレが知るか。なんでオレにンなこと聞くんだよ」
「ウ、ウロボスさんなら酸いも甘いもよくご存じかと思い……」
「オレよりも女衆に聞けよ、今くらいの時分ならどっかで井戸端会議してるだろうからよ」
「いえ、あの、男心を伺いたく……」
「んなもん、てめえの旦那に聞け。オレは知らん」
とりつく島のなさにソニアはしゅんと小さくなる。アイラはまた勝手にどこかから取り出したのか、平ぺったいビスケットを囓りながら「へー」と人ごとのように呟いた。
「なに? お姉様、アイツとうまくいってないの?」
「シャ、シャルル様はお優しいんですけど、私がやっぱりこんなだからシャルル様にもっとふさわしくなりたいなあ、と……」
「ふーん、別にアイツ、お姉様がどんなでもよさそうだからいいんじゃないの? 今のまんまで」
「いや、でも、その、周りから見たら『なんでコイツが』と思うのではないかと……」
「どうせあのチョロチョロした小っちゃいヤツがなんか文句言ってるだけだろ。ガキの言うこと真に受けて気にしてるんじゃねえよ」
「なにそれ? なんかいるの?」
ノヴァのことを知らないアイラは「小っちゃいヤツ?」と不思議そうに目を丸くした。
「あ、今シャルル様の甥の……ノヴァくん……という子が来てて……私はシャルル様にはふさわしくない、ととにかく嫌われているようで……」
「へー。知らないけど、まあ、ノヴァくんの気持ちもわかるわ。お姉様オドオドしすぎててムカつくとこあるもの」
「うっ」
バリバリと音を立てて菓子を食べながらアイラはあっさりと言う。
「そうねえ、やっぱ王族としてはそれにふさわしい気品と堂々とした態度が必要よね。あたしみたいに」
「……アイラみたいに……」
「コイツを参考にするのはアンタにゃ向いてないからやめとけ」
なるほど、と思いかけたソニアをウロボスが制止する。
「そうね、お姉様にはあたしのようになるのは無理ね。あたしのは生まれて十七年間かけて育まれてきた天性の素質と日々の経験の賜だから」
「お前のよくわかんねえ自信はほんとどっからきてんのかわかんねえけどよ。……そのわりには小せえ事でウジウジしてたけどな」
「う、うるさいわね、下々の話を聞くのも上に立つ者の義務でしょうが」
「おうおう、よく口の回ること」
ウロボスとアイラのやりとりは軽妙で、ソニアはなんだか恐れ入る気持ちだった。







