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14.女神像の灰の香り

 普段ならば、復興に向けて活気づく村だったが、その日は違っていた。


「女神像が……」


 大地の民はみな暗い顔をしていた。


 信仰の標にしていた木彫りの女神像が、大破した状態で積雪の下からみつかったのだ。


「こうして見つかったのがむしろ奇跡なくらいだ。よく気がついたな」


 大地の民の長であったウロボスは、壊れた像を発見した己のひ孫の頭を撫でた。彼は親しんでいた像の見る影もない姿に落ち込みを隠せないようだったが、普段厳しいウロボスに褒められると、少し誇らしげな表情を見せる。


(……灰の香りが……)


 壊れた女神像を供養するため、今日は大地の民たちは広場に集まってお焚き上げを行っていた。

 ソニアとシャルルもその場に居合わせていた。


 木が燃える独特の香りが鼻につく。


「壊れちまったもんはしょうがねえ。形だけそのまま作り直しても意味がねえ、気にすんな」


 そう言ってウロボスはこの場を立ち去ってしまう。

 ソニアはシャルルと並んで二人、燃えかすになった木彫りの像とパチパチと音を立て燃える炎を見つめた。


 ◆


 その日の夜になっても、ソニアの脳裏には灰の香りと、炎の図像が離れなかった。


「ソニア? 珍しいな、眠れないのか」

「は、はい。大地の民の皆さん、女神像が壊れてしまって、悲しそうだったな、と……」

「そうだな……。今日の儀式は、みんな気持ちに折り合いをつけるために臨んでいただろうけど、彼らには、思い入れの強いものだろうからな」


 ベッドに腰掛けたまま、ぼうっとしていたソニアの隣にシャルルが座る。


「それでも、行方不明になったままよりはよかったろう。ちゃんと供養ができたんだから」

「はい……。そうですよね」


 そうなのだが、どうしても気にかかってしまって仕方がなかった。

 

 ソニアが浮かない顔をしたままであるのを見てか、シャルルは「ふむ」と小さく呟いた。


「……ウロボスの言うとおり、きっとまじない的な意味合いも強い像だったろうから、それをそのまま作り直してしまうのはよくないだろう。でも、大地の民が大切にしていたものだから、何かの形でそれがあったことは遺したいよな」

「シャルル様」


 ソニアはパッと顔を上げてシャルルを見上げる。シャルルは思案を巡らせているようで、顎に手をやっていたが、ふと立ち上がり、丸めた紙をひとつ持ってソニアの元に戻ってきた。


「これはこの場所の地図なんだけど……。この広場の区画に、その像のモチーフをなんらかの形で入れてみようか。タイルで壁画を作るとか、床部分に模様をいれてもいいし。燭台を女神像モチーフで作ってもいいな」


 広場の位置を指で指し示しながら、シャルルは話す。


「いっ、良いと思います! 素敵です!」


 ソニアは前のめり気味でこくこくと頷いた。

 シャルルはふ、と微笑み返す。


「ティエラリアの辺境領になる予定で復興作業を行ってはいるけれど、ここは元々大地の民の土地だったのだから、彼らの文化もできるだけ残したいよな」

「はい、それがいいと思います」


 ソニアはホッとして胸をなで下ろす。

 大地の民たちにとっては代わりに――とはならないだろうが、かつて大切に残してきた女神像の姿は、残って欲しい。


 シャルルの気遣いにソニアは感謝すると共に、元々の計画に新たな意向を加えるのは大変ではないかと口を開いた。


「復興計画の指揮、大変ですよね。調子はどうですか? 私のせいで遅れてしまったのでは……」

「君の? あれくらいどうってことないよ。ちゃんとみんな計画通り動いてくれていたし、なんの支障もなしだ」


 風邪を引いて、一日そばにいてくれたことを言うと、シャルルは「そんなこと」とばかりにあっさりと否定して微笑んだ。


「アルノーツの兵たちも手伝ってくれているから、むしろ予定よりも進捗は捗っているんだよな」

「そ、そうなんですね。アルノーツの……鍛錬の方も調子はいいのですか?」

「まあ、良くも無ければ悪くもない、というところだな。順当、というのがいいかな」


 アイラの顔を思い浮かべながら、「そうなのですね」とソニアは頷く。


 シャルルが忙しすぎなければよいのだが、見たところ顔色も良さそうだし、地の体力があるシャルルの心配はあまりいらないのかもしれない。


「何かお手伝いできることがあれば、仰ってくださいね」

「そうだなぁ、こうして毎日横で君が寝ていてくれるなら、それでいいかな」

「ええっ」

「冗談じゃなくて、君がそばにいるだけで、なんだか元気になる気がするんだ。前にアルノーツの危機を救いに行ったときも、君に手を握って応援されたら本当に活力が湧いてきたこともあったし……君のことだから、いるだけでやはり聖女の力が……」

「わ、私、そんなに便利じゃないと思います!」

「そうか? まあ、俺の気のせいだったとしても、俺は君がいてくれたら元気になって助かるよ」

「……」


 どう返せばいいかわからず、ソニアは口ごもる。

 本当に、聖女の力のおかげでなんらかの効果があるのならいいのだが。


(とりあえず、私も、私に出来ることを……)


 明日からまた、農作業――もとい、聖女の力の実験に勤しもうとソニアは改めて決意を固める。

 この力を活かして、ティエラリアの食糧問題の解決に繋げられますようにと祈りながら、ソニアは今夜は眠りについた。


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