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9.倒れたソニア

 うーんとソニアは心の中だけで一人ごちる。


(最近ノヴァくんが……しょっちゅう様子を見に来てくれますが……)


 ソニアは思う。

 これは、『監視』ではないかと。


(私がシャルル様にふさわしいかを真剣に見定めようと、そういうことですね……)


 三日ほどノヴァを傍らに過ごしたソニアはその結論に至る。


 ノヴァから「シャルルおじさんにはふさわしくない」と言われ、数日。ソニアとて、ノヴァに言われた言葉に何も想わなかったわけではない。


(いいでしょう。私だって、見せつけてみせます! 私にも良いところがあるんだって……。……多分)


 大いに自信なく、ソニアはとりあえず眉だけは引き締めた。


 やたらとノヴァがくっついてくるのも好都合である。ノヴァを意識して必要以上にビクビクしないように、とソニアは細心の注意を払って過ごした。


 いつもの農作業も、食事中も、移動をするときも、シャルルと会話しているときでも、ソニアはノヴァがいる時は気合いを入れて臨んだ。

 その努力がノヴァにどう映ったかは定かでは無いが、そうして過ごすことによってソニアは――。


「――うっ……」

「えっ、ちょ……ソニアさん!?」


 体調を崩した。


 ◆


「……ソニアが倒れた……?」


 復興計画の打ち合わせ中、慌ただしく部屋の戸を叩いてやって来たノヴァを、シャルルは目を丸くして見つめる。


「は、はい。いつもみたいにヘラヘラしているなと思っていたら急にバタンと……。ひとまずお部屋に運んで、看病をする人を呼びましたが、念のため、おじさんにもお知らせを……と」

「そうか……。ありがとう、ノヴァ。君がそばにいてくれていてよかった」

「そっ、そんな、これくらい当然です。たいしたことではありませんよ」


 ふいとノヴァは照れくさそうにシャルルから顔を背ける。


「じゃあ、僕はこれで失礼します」

「ああ」


 シャルルはノヴァの頭を一撫でして、彼を見送る。

 せっかちなノヴァは足早にシャルルの前から立ち去っていった。照れくささもあったかもしれない。


 扉の向こうに消えていった小さな背中にシャルルがそっと目を細めていると、そばで復興計画について相談していたウロボスがシャルルの肘を小突いた。


「おい、お前も戻っとけ。おめでたかもしれねえだろ」

「え?」

「え、ってこたあねえだろ。そろそろ時期としちゃおかしくねえだろが。こんな打ち合わせなんざいつだってできんだ、後回しにしろよ」


 シャルルはきょとんとウロボスを眺めていたが、合点すると、「ああ」と首の後ろを掻いて小さく眉を下げた。


「いや、ウロボス。それは大丈夫、体調が悪くなったってことは心配だけど。ウロボスが心配していることについては大丈夫」


シャルルはウロボスに向かって小さく手を振る。


「ああ?」

「俺とソニアに子はまだできないよ」


 今度はウロボスがきょとんとする番だった。どういう意味なのかを悟ったウロボスは初め目を丸くしたが、すぐに顔を顰めてシャルルをもう一度小突いた。


「おい、マジかよ」


 はああとウロボスは深いため息を吐く。


「あのな、こういうのはぜってえに若いほうがいいんだよ。悪いことはいわねえから、早いうちに生んどけ」

「生んどけ、って。生むのは俺じゃなくてソニアだよ」

「言葉尻捉えて揚げ足とるんじゃねえよ。アイツだって別に元気そうじゃねえか、なんか問題あんのかよ」

「子を生ませるために……というだけにするものじゃないだろ」

「ああ?」


 ウロボスは眉をつり上げて顔を歪ませる。


「オレがお前の年の頃にはよ、前に抱っこで後ろにおんぶ、両肩に一人ずつガキども乗せて歩いてたもんだ。最近の若い奴らはああだここだ言いやがって、いいからいっぺん子どもを持ってみろ。そしたら考え方も分かる」

「ウロボス、さすがにそれは時代が違うよ」


 ウロボスが若い頃、子どもは生まれてきてもすぐに死んでしまうことが多かったと聞く。だから、妻が若いうちに間を置かずにどんどんと子を生ませる習慣がずっと根深いのだった。ティエラリアの王弟であるシャルルはその歴史を知らないわけがなかったが、しかし、もうそのときとは時代は変わっている。


「ただ子どもを作るだけじゃなくて、愛情を確かめ合うためにしたいんだ。俺たちはいわゆる政略婚だしさ……。互いの想いが通じ合って、特別なものとしてしたいんだ」

「……余計なこと考えてんじゃねえよ、そういうのはロクなことになんねえんだ」


 ウロボスはあからさまに呆れた様子でため息をついた。


 シャルルもウロボスの言うことは世代的なもの――としてだけでなく、実際に子を産み育てるのであれば、若い方がいいことは理解はしている。


(……そろそろ、ソニアとも話し合ってみてもいい時期……かな)


 復興事業のこともある。いますぐにというのは性急すぎるが、お互いもう少し意識してもいいかもしれない、とシャルルは思った。


「まあいい、とにかく、嫁が倒れたっていんなら行ってやれ。倒れた理由がつまんない理由でもなんでも、こういうときにそばに行ってやれるかどうかでうまくいくか決まるんだよ、夫婦ってのはよ」

「肝に銘じておくよ。ウロボス」


 じゃあ、と短くウロボスに礼を言ってから、シャルルはウロボスの言うとおりに打ち合わせの会議場を出た。


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