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5.ポンコツバレ

「……ソニアさん」

「えっ、あっ、は、はい!」


 鋭い視線と共に、冷たく名前を呼ばれてソニアは慌てて姿勢を正す。だが、ノヴァは余計に顔を険しくさせた。


「名前を呼ばれるたびにビクビクしない! 椅子をいちいちガタッとしない!」

「はっ……はい! 申し訳ありません!」

「ノヴァ、そんなに厳しい言い方をしなくても。今は団欒のときなのだし……」


「何を言っているのですか、いくら家族とはいえ、最低限の礼というものがあるでしょう! 僕だって、三日くらいは我慢していたんです、三日くらいは!」


「う、うう……すみません……」

「ほら! また情けなくヘロヘロする! それが淑女のとるべき態度ですか!」


 ノヴァは「もう!」と腕組みをして、ソニアを睨み上げていた。

 ソニアはというと、すっかり萎縮し、背を丸くして恐る恐るノヴァの顔色を窺っていたのだが、それがまたノヴァには情けなく見えたようで「こら!」と重ねられてしまった。


「信じられない……。式のときには、なんて美しい人だろう、おじさんにふさわしい……と……そう思っていたのに……」

「もっ、申し訳ありません……」


「まさか……こんな……見た目だけだったなんて……」

「うっ」


 幼い声色がソニアの胸をえぐる。


「でも、ノヴァ。そんなに言うほどソニアのマナーがなっていないわけじゃないだろう?」


 今は三人で朝食をとっていたところだった。ソニアが数度、ナイフで皿を叩きカキンと音を立ててしまい、ノヴァがそれを指摘したのだ。


 ソニアはアルノーツにいたころ、幼い時代にテーブルマナーの一切を習うことがないまま育った。ティエラリアに身代わりの花嫁として嫁ぐ直前に慌てて叩き込まれはしたものの、付け焼き刃だ。


 婚姻後、自信のなさのあまりシャルルに相談して、おかしいところがないかを見てもらっていたこともある。だが、どうしてもソニアには経験値が足りなかった。

 指摘されるに値する自覚のあるソニアはただ眉を下げ、情けなくノヴァの顔を見つめていた。


「なっていない、ではダメでしょう! 偉大なおじさん……いや、この国の王弟のお嫁さんなんですよ!? だったら当然、それに相応しい人でなければいけないでしょう!」


 ノヴァの叫びがますますソニアの胸を刺す。

 

「それに、僕だって完璧でないといけないだなんて思っていませんよ。ソニアさんの一番の問題は……その怖気付いた態度です!」


 ソニアはぐうの音も出ず、ただ息を呑んだ。


(私も……そう……思います……!)


「何をするときにもビクビクとして、自信なさそうにしているし。謙虚は美徳と言いますが、ソニアさんのは相手にも失礼ですよ。いつもこっちの出方を伺うような感じでおどおどして」

「――」


 ソニアは「申し訳ありません」とつい言いそうになったが、なんとか堪える。

 ノヴァの指摘は、あまりにもごもっともであった。そして、それに対してへこへこと謝っては余計にノヴァの憤慨を招くことは目に見えていた。


「ノヴァ。お前のその言い方も失礼だよ。何をもってそんなふうに決めつけるんだ」

「……なんでおじさんは、これでよしとしているんですか。アルノーツに義理はもうないでしょう。ソニアさんが『聖女』だから、我慢してるんですか」


 諌めるシャルルに、ノヴァは露骨に口を尖らせる。


「元々は政略的な婚姻だったけど、俺はソニアと過ごしていく中で、本当に彼女のことが好きになったんだ。ソニアは『聖女』だからじゃなくて、とても魅力的な人だよ」

「……」

「ノヴァ。お前だって式の時はソニアを素敵な人だと思っていたんだろう? ソニアはやる時はやれるんだ、別に王族が四六時中気を張ってないといけない決まりなんかないし、今お前が気にしてることはちっとも問題にならないよ」

(シャルル様……!)


 シャルルの言葉にソニアのずたずたになっていた胸はじんとなる。


(……やる時はやれる、は素直に前向きに受け取ってよろしいのですよね……?)


 ほんの少し複雑になりつつも、ソニアは潤んだ目でシャルルを見つめた。


 ノヴァはしばらく口を閉ざしていたが、ずっとしかめ面でシャルルの説得に納得がいっていない様子だ。


 幼さのある丸い頬は、わずかに赤らんで膨れているようだった。


 諭されてしまったことへの羞恥もあるのだろうか。ただただ鋭い指摘に圧倒されていたソニアだったが、ノヴァの幼さの片鱗が覗くと急に微笑ましい気持ちが湧いてくる。


(……ノヴァくんはシャルル様のことが大好きみたいですから……それで私にもつい厳しくなってしまったんでしょうか……)


 などと、ソニアが表情を緩めたその瞬間、ノヴァが口を開いた。


「……こんな人、おじさんの嫁にふさわしくありません!」

「ええっ」


 唐突に人差し指を突きつけられながら言われ、ソニアは唖然とする。


「ノヴァ。俺は、俺の花嫁はソニアしかいないと思っているよ」

「……おじさん……」


 すかさずシャルルが割って入るが、ノヴァはキッとシャルルまでもを睨んだ。


「――おじさん! おじさんはなんであんな人がいいんですか!? ――おっぱいですか!?」


「おっ……」

「こら、ノヴァ! ……すまん、ソニア、子どもの言うことだから……」


 硬直するソニアをシャルルが慰める。


「お、おじさんが、おじさんがそんな……不潔だ!」


 ノヴァはわあっと泣いて駆けだしてしまった。

 怒涛である。


 微妙な雰囲気のまま取り残されたソニアとシャルルは、どちらともなく「あー……」とこぼし、互いに目線を逸らした。


「……すまん、後で捕まえてよく言って聞かせておくから……」

「い、いえ……その……」

「10歳か……まあ、そういう時期では あるか……。ごめん、嫌な気持ちにさせたな……色々と」

「いっ、いえ!」


 ソニアはブンブンと首を横に振る。


「あいつの言うことは気にしないで。君に非は何もないよ」

「いえ! 私が粗忽者で小心者で小癪なのは事実ですから……!」

「こ、小癪? 小癪はどうかな……」


 苦笑いし、シャルルはソニアの頭を撫でる。


「未熟なのはあいつの方だから、君が気にすることじゃないよ。……ちょっと追いかけて言ってくるから、待ってて」


 そう言うとシャルルはソニアからそっと離れ、家の外に駆け出して行ったノヴァの後を追いかけていったようだった。


 シャルルの手のひらの余韻を感じながら、ソニアはグッと唇を噛んでいた。


(――シャルル様がそう仰ってくださったとしても、今の私がシャルル様のように立派な方に相応しくないというのは……事実!)


 ソニアは珍しく眉を引き締める。


(シャルル様に相応しい女性になれるように、ノヴァくんに認めてもらえるように……頑張らないと!)


 力強くソニアは拳を握りしめ、一人誓うのだった。


ノヴァは強火おじさん推し厄介オタクショタです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 嫁いできて1年位でしょ?数カ月くらいなら分かるけど1年みっちりテーブルマナーの訓練を続けてきたなら流石にある程度は出来てないとおかしいんじゃない?自信の方はしょうがないとしてもさ。食器…
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