第20話 焦げ目チェック、完了です。
夕食の時間、香ばしい焼き魚の香りがふわりと立ちのぼる。
ヒナタがスープを配り、エイドとメイはちゃっかり椅子を持ってきてテーブルについている。
やや離れた席でヒナタをチラ見しながら、黙々と食べているメイ。
「……おい、メイ。お前接近禁止令が出てたろ、確か」
コイツは何でかしらんが、ヒナタに惚れ込んでるらしい。
「いいじゃない、しつこくしないって約束するから。……お願い、ヒナタさん」
「えっ……あ、あはは……」
ヒルダばあちゃんが箸を止めてふと口にする。
「まあ、たまにはいいじゃないか。許しておやり。……ところであの後、王はどうなったんだい?
あんた達が忙しすぎて、聞きそびれちまってね」
少しの沈黙。
俺は焼き魚の骨をより分けながら答える。
指先に意識を集中させるようにして。
「王が謝罪したのは話したよな? あのあと責任を取らせてほしいとか、いっそ罰を与えてくれとか言い出してさ、まあ大変だったんだよ」
「へぇ、そんなことがあったのかい」
「……ま、結局のところ自分で罰を決めて自分で終わらせようとしただけだ。誰かに裁かれるより、そっちの方が楽だしな」
そう言いながら、焼き魚の骨を集める手がふと止まった。
どこか滑稽で、どこか情けなくて……。あのときの王は、少しだけ、可哀想に思えた。
「そういえば、ネリオは身体に不調はないのか?」
「なぜです?」
エイドの問いかけに、彼は首を傾げながら答えた。
「あっ、分かった。あの黒い煙を食べちゃったからでしょ?」
「た、食べたって……。煙を、ですか!?」
メイの言葉に、ヒナタは目を見開く。
「そもそも、黒い煙って何の話なんだい?」
ヒルダばあちゃんは箸を止め、ネリオの方を見やる。
俺は苦笑しながら、その時のことを思い出していた。
◆
王とジライ将軍の身体から出た黒い煙は、ゆらゆらと宙を彷徨いやがてひとつの塊のようになって空中に浮かぶ。
まるで、形を持たない心の残滓が、そこにとどまり続けているかのようだった。
「……おやおや。これは、なかなか上質な――」
ネリオがふわりと手を伸ばすと、その黒煙は吸い寄せられるように掌へと集まる。
それを見ていた俺達は、思わずごくりと喉を鳴らした。
「お、おい、それ……大丈夫なのか?」
俺の問いに、ネリオは涼しい顔で小さく笑う。
「ご心配なく。人間の澱みは、我々には少々……美味でしてね」
……まるで煙管から煙を吸うように、黒煙が指先から吸い込まれていく。
その横で、魔王が呆れたように肩を竦めた。
「……お前は、昔からそういうものばかり拾ってくるな」
「我々にとっては栄養源ですから。腐らせるのも勿体ないでしょう?」
淡々とした声だったが、どこか楽しげでもあった。
ネリオが掌を払うようにひとつ動かすと、黒い煙は跡形もなく霧散した。
その場に漂っていた重苦しい空気までもが、ふっと軽くなったような気がする。
俺はそっと息を吐く。
(……あの王は、ずっと認めてほしかったんだろうな)
先代や亡くなった兄と比べられて、出来の悪い次男と陰で言われ続けて。
それでも自分なりに国のことを考えて、仕事だけは手を抜かなかったそうだ。
その積み重ねがきっとどこかで歪んで、ああしてしまった。
だけど──最後のあの謝罪の言葉は、嘘じゃない。
俺も、そう思いたい。
◆
「……そりゃあまあ、色々あったんだよ」
そう締めくくるように言って、俺はカップに口をつけた。
ヒナタは静かに相槌を打ち、ヒルダばあちゃんは「ふぅん……」とだけ呟いて、また箸を取る。
エイドとメイは顔を見合わせて、何も言わずに黙って食事に戻った。
焼き魚の香ばしい匂いが、また静かに漂っていた。
――あれから、少し時間が経った。
意外なことに王は元々仕事に対しては真面目だったらしく、民の信頼を失うこともなく静かに政務から身を引いた。
ネリオは人間という存在への興味から王を観察し続けていたらしい。
魔王も「筋は通すべきだ」と、その退任を後押ししたという。
ジライ将軍もまた、辺境の村の再建に協力するという形で責任を取った。
そして今――。
「ほら、急げー! 少し遅れてるぞーっ!」
村の外れに新しくできたパンケーキ工場(武器開発専門)では、魔獣たちがせっせと荷を運んでいる。
その先頭に立つのは、大きな体に角を持つ魔獣――バルドだった。
「よう、焦げ目チェック忘れんなよ!」
エイドが笑いながら叫ぶと、バルドが器用に首を傾げて応えた。
魔王もまた、ときおりふらりと村を訪れている。
新しい武器の試作品を手に取り、首を捻っては口を挟む。
ネリオはそんな魔王に小言を言いながらも、楽しそうに彼の傍にいる。
「で、これが焦げパンケーキ型の盾。こっちは焦げパンケーキ型の……鍋敷き?」
「鍋敷きではない。試作品Aだ」
「用途は?」
「ない」
俺は思わず吹き出し、空を見上げた。
「でもまあ……俺達らしいだろ、ちょっと焦げてるくらいがな」
そう呟いた俺の横で、ヒナタが朗らかに微笑んでいた。
(終)




