第19話 おかえりなさいの村で
カンカンカン――。
外から金槌を打つ音が聞こえてくる。
俺はヒルダばあちゃんの家で、焼き目がついたベーコンを前に、今日も格闘している。
違うのは、もう片方の手に書類を持ってるってことくらいか。
「『フライパン型・新兵器開発について』――。ったく、どんな会議だよ……」
メイのフライパン武器が思いのほか売れてて、その新型を作る話になったってわけだ。
目の前にぽんと置かれた村の広報紙には、でかでかとこう書いてある。
『ヒナリ村パンケーキ室長
――ユウマ氏、今日も奮闘中!』
「今日は――ちょっとだけ焼き色つけてみたの。ユウマの好みに合わせて」
「んぐっ。……ヒナタ。焦げベーコンとの戦いなのに、パンケーキまで焦がしたらバランス取れねぇだろ……。
でも美味いけどな」
ヒルダばあちゃんがそっとヒナタの手元をのぞき込む。
「あれま、かなり火の扱いが上手くなったねぇ。これもネリオの指導のおかげだね」
ばあちゃんなりに、ネリオのことをもう『よそ者』と思ってないみたいだ。
褒められたヒナタは少し照れくさそうに笑った。
「彼女は焦げの扱いに慣れていますからね。心の焦げ目も、うまく管理しているようです」
「なんの分析だよ、ネリオ……。でもまあ、ヒナタの焦げは、ちょっと好きかもな」
俺達が村に帰還してから、ヒナタはネリオにコソコソと何かを教えてもらっていた。
「魔力の制御って、そんな隠すようなことだったか?」
「それが乙女心ってもんさね、ユウマ。ヒナタの気持ちも、分かってやりな」
ヒルダばあちゃんの言葉に、そんなもんかと自身を納得させる。
「魔力も、パンケーキも。火加減ひとつで、出来が変わる――でしょう? ヒナタさん」
「はい。……少しずつ、覚えてきた気がします」
なぜかネリオの方が、女性の心理ってやつに理解がある。
「おい。そういえばエイドのやつ、新しい名刺の開発に試作バゲット作ってたよな? あれ、ヒナタ印入ってたぞ」
「また妙なもん流行らせようとしてるのかい、あの筋肉男は」
パンケーキと焦げベーコン――。
そしてネリオの謎の分析から逃れるように、俺はヒルダばあちゃんの家を出た。
トボトボと、村のパン工房の前まで歩く。
石造りの窯からは、香ばしい匂いと共に、かすかに甘い香りが漂ってくる。
中ではメイが、こねた生地を丁寧に成形していた。
「……おい、メイ。バゲット屋に転職したのか?」
俺の声に、メイは振り返りもせずに答える。
「エイドが今日は忙しいから、代わりに焼いてるの。試作バゲットね。
ヒナタ印入りのやつ、量産するつもりらしいよ?」
指先は慣れた動きで生地をひねり、形を整えていく。
「……なんでお前がそんなに手慣れてるんだよ」
「この村に来てから武器作りもパン作りも、いつも手伝ってたからね」
ふたりは魔王との一件以来、このヒナリ村に居着いてしまっている。
特にエイドは「パンケーキの焦げが、バゲットにマッチするかも」とか言ってたが……正直、よく分からん理屈だ。
「あれ、実は建前なのよ。本当は久しぶりに戦って、楽しかったんだって。
ユウマと一緒にいれば、また何か揉め事が起きそうでしょ?」
「やめろ、フラグ立てんな……」
メイはくすくすと笑いながら、俺の隣に腰を下ろす。
その目は、ちょっとだけ寂しげだった。
(多少引っかかるが、エイドも素直じゃねぇな……)
「なぁ、メイ。何でその武器なんだ?」
「何でフライパンかって? 料理にも使えて、武器にもなる。一石二鳥でしょ」
メイは軽くフライパンを掲げて、どこか誇らしげに笑う。
「……お前、めっちゃ強くなってたな」
「んー、修行したから」
肩をすくめるようにして言う彼女の顔には、少しだけ得意げな色が浮かんでいた。
「どんな修行!?」
「敵を倒して回復させて、また倒す。それを繰り返したわ」
あまりにさらっと言うもんだから、俺は思わず固まった。
「鬼畜かよ!!!!」
「俺も最初は止めたけどな。もう何言っても無駄だった」
粉まみれのバゲットを成形していたエイドが、腕まくりしたまま歩いてくる。
前掛けには粉、頬にも粉。たぶん戦場より粉まみれだ。
「俺、メイにバゲット焼いて送ってたんだぜ」
「お前ら、仲良すぎだろ」
メイはそっぽを向いたまま、拗ねたようにフライパンの柄でエイドの脛をこつんと突いた。
メイたちと別れ、俺は書類を抱えたまま集会所へと足を向ける。
(焦げの研究から今度は武器開発。俺の肩書き、どうなってんだよ……)
集会所の扉を開けると、すでに他の村人達は集まっていた。
「今回開発予定のフライパン型新兵器ですが、さらに飛距離を伸ばし――」
(あ……。そういや、ヨネさんに弓を借りっぱなしだったな……)
俺は会議が終わると同時に、弓を手にヨネさんの元へ向かう。
なぜかネリオも同行したいと言って付いて来た。
「ヨネさーん。これせっかく貸してもらったのに、出番がなかったんだよ」
「あらまぁ、そうだったの。でも使わないで済むなら、その方がいいわ」
両手に抱えた弓を、彼女に手渡す。
ネリオが弓に目をやると、ふっと笑った。
「……ああ、やはりその弓でしたか。随分珍しい一品をお持ちなのですね。8人の魔女から呪われた弓など」
「……まあっ!?」
「おいネリオ、今サラッとヤバいこと言っただろ!?」
俺とヨネさんの言葉が重なる。
呪われた弓だなんて、彼女自身も知らなかったみたいだ。
ヨネさんは弓を見つめながら、懐かしそうに目を細めた。
「……その弓はね、若い頃に先代の王と一緒に潜ったダンジョンで見つけたのよ。罠だらけの遺跡の奥、8つの像が並んでてね。
それぞれが災いの言葉を囁いてきたの。王は何も言わずに進んで行ったけど、私は怖くて膝が震えてた」
「災いの言葉……?」
「ええ。あの時の彼は強かったわ。……でも、弓の呪いのことには気づかなかったのかもしれないわね」
彼女は少し肩をすくめた。
「ま、今となってはいい思い出よ。ユウマ君が使わずに済んで、ほんとによかった」
「そうですね。もし使っていれば、焦げるどころでは済まなかったかもしれませんから」
ネリオがさらりと付け加え、俺はちょっと背筋が寒くなった。
「焦げるどころじゃ……って、やっぱヤバいやつじゃねーか」
俺がぼそりと漏らすと、ネリオはうっすら笑みを浮かべる。
「呪いというものは、必ずしも発動するとは限りません。ただ、条件さえ満たせば――ね」
「お前のその言い方が1番こえぇよ……」
ヨネさんが苦笑いしながら弓を見つめる。
「ネリオさん、もしよければ……その弓、預かってもらえるかしら? 私も、もう扱える自信ないし」
「喜んで」
ネリオがすっと弓を受け取る。
その手はどこか慣れた動作で、まるで元々そうするつもりだったような自然さだった。
「……そういえば王は、なぜか弓には1度も触らなかったの。不思議とね。
あの人の、妙な運の良さが働いてたのかもしれないわね」
ヨネさんの呟きが、風の音と一緒に静かに消えていく。
昔話に耳を傾けたあと、ネリオと連れ立って俺はヒルダばあちゃんの家へ戻る。
台所からは香ばしい匂い。パンケーキじゃない。今日は焼き魚らしい。
食卓では、ヒナタとメイが並んで盛りつけをしていて、エイドがなぜか割烹着姿で配膳中だった。
椅子に腰を下ろしたタイミングで、ヒルダばあちゃんがぽつりと呟く。
「そういえば――王は、あの薬を飲んだあと……どうなったんだい?」




