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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第74話 美咲さん~強くて格好いいお母さんは好きですか

 ……。


 ……ごそ。


 ……?


 ――ガチャ。


 美咲さんが表に出ていった。どうしたんだろう? ってカードキーとスマホが置きっぱなしだ。 部屋に入れないぞ。


 俺が起きると、羽依も目を覚ました。


「どうしたの?」


「美咲さんが表に出たんだけど、カードキー忘れちゃったみたいなんだ。ちょっと外見てくるから。羽依は危ないから部屋から出ないでね」


「うん、わかった。気をつけてね」


 羽依を部屋に残しロビーへ向かった。


 表の喫煙所に美咲さんがいた。缶ビール片手に初めて見るタバコを吸ってる姿が。


「美咲さん」


「あらどうしたんだ? 蒼真。って、あ! そっか~カードキー忘れちゃってたか。ありがとうね。——ちょっと飲み足りなくておかわりしてたんだよ」


 紫煙をふーっと吐く美咲さん。なんだかとても大人に見える。


「あは、これね。今は滅多に吸わないんだ。——とっても楽しい時、悲しい時。そんな時にちょっとだけ吸いたくなるんだ。今はとっても楽しい時だね」


 くすっと笑う美咲さん。その表情はとても満ち足りた様子だった。


 彼女は空を見上げてる。

 俺も同じように空を見上げた。

 満天の星に、思わず息を呑む。

 空から降ってきそうなほどの星々。

 都内ではまず見られない、圧倒的な夜空だった。


 しばらくの間、言葉もなく、美咲さんと並んでその光景を眺めていた。


「——背中の古傷見られちゃったね。小中学校の頃に父親につけられたんだよ」


「——父親って、そんな……虐待、ですか」


「ああ、思い出すのは狂ったように竹刀で叩き続ける姿ばかりだ」


 間違いなく俺よりつらい目にあってる美咲さんの過去の話だった。


「終いには、見た目だけは良かった私で、小遣い稼ぎを企んだんだろうね。——知らない男に、私を売ろうとした。私は必死に抵抗した。気がついたらその男と父親を殴り倒してた。――そのまま結城先生のところに逃げこんだんだ」


「そんな……」


 あまりの内容に、二の句が告げなかった。

 美咲さんは何とも言えない表情で俺を見つめる。言ってしまったことを後悔しているような、過去の傷が癒えきってないような。口に出してしまったことに怯えてるようにも見えた。


「あは、重くなっちゃったね。なんだろうね、つい口が滑っちゃった。……でも、蒼真なら分かってくれるかなって思ったんだ」


 じっと俺を見つめる美咲さん。

 いつもは強い彼女がとても脆そうに感じてしまうのは旅先の雰囲気のせいなのか。

 その繊細な心に少しでも寄り添いたかった。


「……きっと、美咲さんの苦しみを全部理解することはできません。でも……親に裏切られるのって、本当に辛いですよね」


 それが、今の俺にできる精一杯の言葉だった。


 美咲さんは何も言わず、ただ俺を見つめていた。微かに揺れる瞳の奥に、どこか懐かしさのような、ふっと心を解かすような光が灯っていた。


 やがて、そっと腕が伸びてきて、俺を抱き寄せた。


 それは優しさの抱擁でもあり、痛みを知る者同士が互いの傷に触れ、そっと寄り添うような静かな共鳴だった。


 その時。


「よう見せつけてくれるよな! 昼間は親子って言ってたけどやっぱ違うじゃねえか!」


 昼間のチンピラの弟分がなぜか眼の前にいた。人通りの少ない場所に偶然通りかかったのか、それにしてもタイミングが悪かった。チンピラは二十歳前後だろうか、如何にもな装いで、甲高い声で喚き立てる。


「兄貴は手を出すなって言ってたけど、納得なんてできるか! こんな美人なら、へへっ、ちょっとぐらい楽しませろって話だよなあ? もう一人の子もいたよな? あっちも呼んでこいよ。逃がさねえぞ?」


 ――ドンッ!


「うわっ!」


 俺を突き飛ばし、美咲さんに詰め寄るチンピラ。


「ったく、めんどくさいねえ。親子だって言っただろ。——うちの子に手を出したね?」


 放たれたその言葉には、ぞくりとするほどの怒気が込められていた。初めて見る美咲さんの怒った姿。一瞬たじろいだチンピラだったが、すぐに虚勢を張って向かっていこうとする。馬鹿だ。絶対に無謀だ。


 俺は正直今の美咲さんが怖かった。このチンピラは以前言ってた美咲さんの言葉『自分の力量も理解できずに無謀に喧嘩売ってくるバカ』まさにその典型だった。


 美咲さんにいきなり殴りかかるチンピラ。そこから逆手取り。ゆったりとした円の動きから抑え込む。その技は俺が真桜から教わった内容そのものだった。


「蒼真、実戦での動き。よく見たかい?」


「はい。もうばっちりと」


 チンピラの表情は青ざめ、もがくのを諦めた。まな板の上の鯉のようだった。


「良いかい蒼真。ここから肩の関節2箇所と大腿骨の関節2箇所を抜くんだよ。イモムシみたいになるから見てな」


 平然と言ってのける美咲さん。こんな怖い脅し文句聞いたことがない。チンピラは呆然とした後にガクガクと震えだした。


「ひいいいい! 勘弁してください! 兄貴の言う通りだった! 絶対手を出しちゃ行けないって言われて納得できなかったんだ! 十分わかった! ごめんなさい! 許してください!」


 美咲さんはけらけら笑ってチンピラを開放してやった。


「良いかい兄さん。もう女の子に手を出すんじゃないよ。それと、相手の力量を見誤ったら長生き出来ないよ。お姉さんと約束だ。――ほら、これやるから肝に銘じておきな」


 チンピラの頭にポンと手を置き、優しく諭すように言う美咲さん。先程までの殺気は嘘のように消えていた。そしてチンピラにタバコとライターを手渡した。


「ひゃい! あねさんの言いつけ絶対守ります! これはありがたく頂戴します! 失礼しましたあ!」


 チンピラはそそくさと逃げていった。途中何度も振り返りぺこぺこ頭を下げていた。それはあまりの力量の差を見せつけられた相手への畏怖や敬意のようだった。


「さあ部屋に戻ろう。私はタバコのニオイ消すのにもう一風呂浴びてから戻るよ。羽依に知られたら怒られちまう」


 そう言ってウィンクして露天風呂に向かっていった。

 いやはや何とも。美咲さん、カッコよすぎ!


 そうだ、カードキーを渡してしまったから俺が部屋に入れないぞ。スマホで羽依に連絡し、部屋を開けてもらい無事入れた。羽依は心配して眠れなかったようだった。


「――ふーん、昼のチンピラが……蒼真大丈夫だった?」


「うん、突き飛ばされたけど怪我はないよ。美咲さんってやっぱり強いんだね。びっくりしたよ」


「うん。お母さんは強いんだ。それに優しいんだよね。お店の常連さんも言ってた。喧嘩した相手はみんなお母さんのこと好きになっちゃうらしいよ」


「そっかあ、何となく分かった気がする。昼の時も出来るだけ揉め事にならないようにしてたし。敵を作らないようにするんだね。ホントかっこよすぎるなあ」


 羽依は美咲さんを褒められて嬉しそうに顔をほころばせた。そして俺にぎゅっと抱きついた。


「蒼真、あまり無茶しないでね。私は優しい蒼真が好き」


 羽依が優しく触れるような口付けをしてきた。気持ちが高ぶっていたのもあったから、その感触に俺が我慢できなかった。羽依の頭をそっと抱え俺の方から口付けを交わす。強く、息をするのも忘れるほどに。


 ——ガチャ!


「いや~ごめんごめん! さあ寝よう!」


 慌てて離れる俺たち。それを見た美咲さんがニヤーっとして。


「ごめんね~! お邪魔しちゃったね! 私の事は気にせず続きをどうぞ。保護者として見届けてやるよ!」


 美咲さんがテンションマックスで煽ってくる。羽依が顔を真っ赤にして美咲さんに枕を投げつける。


「心配してたのに~! お母さんのバカ! 知らない!」


 結局夜更けまで俺と美咲さんで羽依を宥めていた。何やってるんだろう……


 ……。



 ――チュンチュン


 朝、頭が覚醒しはじめる……。


 頬に伝わる温かい感触。両手に柔らかくも温かい感触が。

 目が覚めると美咲さんのお腹の上で寝ていた。

 美咲さんの浴衣は思いっきりはだけて俺の手で隠している状態だった。


「おはよう蒼真」


 優しく微笑んで、俺の頭を撫でる美咲さん。よかった。怒ってはいないようだ……。


「おはようございます美咲さん。それと……ごめんなさい」


 慌てて離れるが、美咲さんは浴衣を直し、改めて俺の頭をその豊かな双丘に埋めさせた。


「あは、蒼真は可愛いね。――気にするんじゃないよ。旅の恥はかきすてだ。蒼真は可愛い私の子だよ」


 ――私の子だって言ってくれた。

 やばい、また泣きそう……静まれ俺の涙腺。


 嬉しくもあり。恥ずかしくもあり。情けなくもあり。

 俺の寝相は美咲さんの母性に完敗のようだった。



  朝食は大広間のバイキング。こういう朝ご飯は大好きだけど、つい食べ過ぎちゃうんだよなあ。

 羽依は和、洋、中と目についたものを片っ端からトレーに乗せていて、まるで小さなグルメフェス状態だった。絶対そんなに食べきれない。

 対して美咲さんは、控えめに白飯と漬物にだしをかけたお茶漬けをすすっていた。そういう渋さも、やっぱり格好いい。


 昨日から、美咲さんへの見方が前にも増して深まった気がする。

 もともと尊敬していたけれど、今回の旅でその想いはさらに強くなった。

 優しいお母さんであり、元ヤン的な怖さもあり、武道の先輩でもあり、包容力のかたまりのような魅力的なお姉様でもある。

 端的に言えば、やっぱり魅力的な大人の女性ってことなんだろう。


 「蒼真えも~ん。食べきれないから手伝って~」


「しょうがないなあ羽依太くんは……。って、手つかずばかりじゃないか!」


「あはは! それを見越してお茶漬けだけにしたんだよ。こっちによこしな」


 さすがは美咲さん。羽依も普段は優秀で魅力的な女の子だけど、美咲さんの前では甘えん坊の一人娘って感じだった。


 帰りに売店に寄り、温泉まんじゅうを大箱で三箱買った。真桜とFALLOVAに持って行く分と家で食べる分だ。


「んふ、帰りの道中で食べようよ! お茶買って帰ろうね~」


「いいね! でもトイレ近くなりそうだね」


「あは、渋滞はまったらピンチだねえ。でも携帯トイレはあるから大丈夫。フルスモークだしね。周りから見えないよ」


「蒼真に見られちゃうじゃん! やだー!」


 帰りの車内もずっと賑やかなまま帰宅した。

 とても楽しい温泉旅行だったなあ。


 雪代家の一員っていうことがとても実感できた旅だった。

 ホント嬉しい。ありがとう羽依、美咲さん。



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