第51話 夏の旅行 その2 渓流釣り
避暑地へ高速道路で移動中、車内は燕さんを筆頭に、とても賑やかだった。
「ねえねえ! 蒼真と羽依は恋人同士なんだよね! 高校入学してから付き合い出したんだよね? 良いなあ~。私、高校の時なんてずっと一人だったからね」
燕さんが声を弾ませながらそんなことを聞いてきた。燕さんがモテないと言う事はまずありえないと思う。きっと高嶺の花に見られたのか、お眼鏡に叶う相手が居なかったからなのか。
「付き合ったのは最近ですね。高校入ってから知り合ったので」
「へえ~そうなんだ。それでどっちから告白したの?」
「一応……俺からです」
「わあっ! 蒼真、やるじゃん~! それで、羽依はすぐOKしたの?」
その矛先が羽依に向けられる。羽依は恥ずかしそうに顔を赤らめ、うつむいた。
「はい、すぐOKしました。ずっと告白を待ってたから……」
小さく笑う彼女の声は震えていたけれど、その頬は確かに幸せの色に染まっていた。
「いいね~いいね! そういう話聞きたかったのよ! でかした隼!」
燕さんはカップルから出る何らかの栄養を吸い取っているようだった。
「姉さんそのぐらいにしとけよ。雪代さん困ってるだろ」
呆れたような声で燕さんを戒める。そんな燕さんと隼の距離感も気になるところだよな。
「燕さんと隼も仲いいですね。仲良し姉弟、羨ましいな。」
「ねー!」と賛同する羽依。真桜もうんうんと頷いてる。そういや後ろ3人は一人っ子だった。
「私が隼の事を大好きすぎるからね。ブラコンの自覚はあるんだ」
燕さんはさらりと言って、隼の手を取ると、自分のお腹にぽんと置いた。隼はそれを嫌がるでもなく、むしろ自然に撫でているように見えた。
公言されると、それ以上何も言えなくなるな……。やはりこの二人は特別な関係なようだ。羽依がそれをぽーっと呆けたように見ている。
こっそり俺に「ね、やっぱりそうなんだよね?」と囁いてくる。羽依の表情は見るからに興奮していた。
間もなく、サービスエリアに到着した。車外に出ると、夏の熱気がぶわっと体を包み込んだ。照り返しが肌を焼くように熱い。みんなでまずはトイレ休憩だ。
「貸し切りの別荘で過ごす予定だけど、その前に渓流釣りでお昼調達するからね! みんな腹ペコのほうが狩猟本能全開になるからね!」
おお! 渓流釣りなんてテレビでしか見たことないぞ。すごく楽しそうだな!
「すごい大きなSAだね~。なんか設備が立派だし。あっ、スターバックスだ!」
羽依のテンションがぐんと跳ね上がる。一方で、真桜の様子がどこか冴えなかった。
「真桜、大丈夫? ちょっと顔色悪いかも」
「ええ。大丈夫よ。ちょっと楽しみすぎてよく眠れなかったからかしらね。おはぎ作っちゃったし」
「あまり無理しないでね。車で寝てると良いよ」
「ありがとう。じゃあちょっと横になってるわね。」
真桜は先に車で休むことにした。少し気の毒ではあったけど、そんな真桜はいつもより素直で、どこか可愛らしかった。
そのやり取りを見ていた燕さん。何やら思うところがあったのかな?ちょっと思案顔だ。
「隼、真桜ってクールなイメージだって言ってたよね?」
「ああ、学校ではかなり近寄りがたいオーラ出してるからな」
「全然そんな風に見えないね。普通の可愛い女の子っぽいけど」
「俺もそれは思った。結城さんはきつそうに見えてたけど案外優しいのかもな」
隼のそんな感想に、俺は口を挟まずにはいられなかった。
「案外じゃなくてめっちゃ優しいんだよ。隼もきっと真桜の良さをこの旅行で理解できるよ」
そんな俺の言葉に燕さんはニコッと微笑んだ。
「蒼真は真桜の事はどう思ってるの?」
「大好きですよ。俺の大事な親友です」
恋愛感情ではない。ただ、彼女に対しての気持ちは、敬意、崇拝、友情。様々な思いがある。それを隠すような事はしたくなかった。
「――そっか~! 何か蒼真のその表現、すごくいいね!ストレートでさ」
燕さんはそう言って、そのままトイレに向かった。何かもっと言いたそうな感じだったけど気のせいかな?
各自トイレを済ませて車に乗り込む。
隣で真桜は、すうすうと寝息を立てていた。ぐっすり眠れているようで、一安心だ。思わず「可愛いな」と思ってしまった。
「真桜、大丈夫かな? 興奮して眠れないなんて、可愛いよね」
羽依は心配しながらも、俺と同じような感想を口にする。
クールな印象は、彼女のほんの一面にすぎない。
それよりも最近強く感じるのは――長いあいだ我慢していた子どもが、ようやく玩具を返してもらったような、そんな姿だ。
きっと本当は、もっと友達と笑い合いたかったんだろうな。
大きな渋滞もなく、比較的スムーズに軽井沢まで到着した。最初の目的地は渓流釣りだそうだ。
その目的地である川辺の釣り場に到着した。車を降りると、力強い緑の景色が一面に広がっている。空気は澄んでいて、深呼吸をすると体が浄化されるようだ。都内に住んでいるからか、こういう景色を欲してる自分を感じる。
真桜に声を掛けようかと迷ってるうちに、目を覚ました。
車を降りて、俺と同じように深呼吸をする。
「綺麗な景色ね。空気もおいしいし、自然って良いわね」
幾分顔色が良くなった真桜に少し安心した。
「真桜、具合は大丈夫?」
羽依が心配そうに声を掛けるが、彼女は微笑んで羽依の手を取った。
「おかげさまですっきりだわ。羽依、ありがとうね。心配かけてごめんなさい」
そう言って二人手をつなぎ川辺へ向かって歩く。よかった、元気になったようで。
「プライベートヴィラのチェックインが14時からだからね。それまでここで遊ぼう!」
渓流釣りは初めてだな。何か釣れると良いけども。釣れなかったら昼抜きなのかな……。気合を入れて釣るぞ!
隼と燕さんは自分の釣具があるようだ。フライフィッシングって言ってた。
俺たちはレンタルでルアーの釣具を借りた。ほんとにこれで釣れるのかな?
隼に釣具の使い方を教えてもらう。
「蒼真は釣り初めてなんだな。このリールはスピニングリールって言って初心者向きだからな。俺のベイトリールは初心者が使うと糸が絡まりやすくて不向きだ。姉貴のフライ用リールはちょっと無理があると思う」
「燕さんすごいな。アウトドア派なんだな」
「姉貴は何でもやるよ。チートキャラみたいなもんだからな。何でもすぐに熟練者みたいに出来てしまうんだよ。さて、このリールの使い方だな。糸を指に引っ掛けて、このベールアームを上げて投げる時に指を離す。やってみろ」
早速教えてもらったとおりに投げてみる。
ボチャン!!
ルアーが真下に落ちた……。
「――結構難しいもんだな」
「あはは! 指を離すのが遅いんだよ。もう一回やってみろ。ちゃんと着地点を見据えてな。頭は下げちゃ駄目だ」
再度、言われたとおりに投げてみる。今度は前を向いて、程よいタイミングを見計らって指を離す。
シュルルルル~。
真っ直ぐに飛んでいくルアー。投げる感触がとても心地よかった。
「うわっ気持ちいいなこれ!」
「うん、良い感じだ。あとは釣れそうなポイントめがけて投げては巻いてを続けるんだ。あの岩場の影あたり狙ってみろ。釣れると良いな。釣れなかったら飯抜きな!」
ははっと笑ってから、早速自分の釣りを始める隼。そわそわしてたところを見ると、ずっと楽しみにしてたんだろうな。
女子は燕さんにレクチャーしてもらっていた。羽依も真桜も器用だからかすぐに投げられるようになっていた。
釣れなかったらお昼抜き。
魚との負けられない勝負が今始まった。
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