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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第275話 涙の卒業式

 三月四日。

 冷たい空気が少しだけやわらいだ朝。今日は卒業式を迎える。


「第◯◯◯回、神凪学院、卒業証書授与式を挙行いたします。一同起立!」


 凛とした生徒会長の声が体育館に響き渡る。

 大勢の生徒と教師、それと保護者や来賓の見守る中、厳かに式典が始まった。

 

 ふと女子のほうに目をやると、羽依と目が合った。

 彼女は小さく俺に手を振る。その表情は穏やかで、とてもこの後に大役を控えているようには見えなかった。


 三人での送辞の練習は延べ三時間を費やした。準備は万端だ。あとは俺の涙腺の締まりだけが問題だが、きっと大丈夫だ。


「これより卒業証書授与を行います。代表、御影志保。前へ」


(しーちゃん……ついに卒業かあ……)


「卒業生代表、御影志保。あなたは所定の課程を修了したことを証します。よってここに卒業証書を授与します」


「うぅ……えっ……ぐぅ……」


 ――やばい、早くも涙腺が決壊した。


 隣で隼が呆れたように溜め息をついていた。


「ったく……大丈夫かよ蒼真。ほら、そろそろお前らの出番だぞ」


 そう言って、俺の肩をぽんと叩いた。 

 思えば中学までは泣いたことなどほとんどなかった。

 高校に入ってからは様々な出来事があり、その度に俺は泣いていた気がする。おかげですっかり泣き癖がついたようだった。


「在校生、送辞。一年A組、藤崎蒼真、結城真桜、雪代羽依」


 生徒会長が俺たちの名前を読み上げた。

 しーちゃんの卒業証書で一度涙を出して正解だったかもしれない。緊張はなく、妙にすっきりしていた。


 壇上に上がり、会場を一望する。大勢の目が俺たちに向いていることに一瞬怯む。だが、俺の両隣の羽依と真桜はリラックスした表情だ。視線を合わせて頷き合う。この三人なら何も怖いものなどなかった。


「送辞。本日、卒業される先輩の皆様に――」


「えっ……うぅ……あがぁ……あぅ……」


 開始十秒ほどで俺の涙腺が再び崩壊した。

 二人はお構いなしに送辞を淡々と読み上げる。


「――今までありがとうございました!ご卒業おめでとうございます!」


 突如、割れんばかりの拍手が沸き起こる。

 会場を見渡すと、多くの人たちが涙を流していた。

 舞台袖に移動して俺たちはほっと一息ついた。


「蒼真のギャン泣きが呼び水になったね。みんなめっちゃ泣いてた!」


 そう言う羽依も目元に涙を浮かべる。まばたきと同時に、つーっと頬にこぼれ落ちた。


「結果的にはありだったのかしら。でも、あなた全く仕事しなかったわよね?」


 目を赤くしつつ、それを誤魔化すように俺を責める真桜。


「うぐ……ごめん……」


 まだ泣き止まぬ俺に呆れつつ、優しい笑みを浮かべる羽依と真桜。


 ――姉さんの原稿があまりにも出来が良すぎたせいだ。俺は悪くない。


 そんな責任転嫁と現実逃避で心の安寧を保ちつつ、何とも締まらない俺の送辞が終わった。


 続いて答辞が行われる。代表はもちろん御影志保だ。

 壇上に上がるしーちゃん。モデルらしいスラッとした体型、優雅に歩く所作の美しさ、そして圧倒的な美貌。まさにこの学校のクイーン、最後の晴れ舞台だった。


「本日は、私たち卒業生のために、このような式を挙行していただき、誠にありがとうございます――」


 涼やかな音色の声、堂々とした振る舞いで会場のすべての人を魅了する。そんな人が俺の幼馴染なんだと思うと、なんだか誇らしさすら感じてくる。


 彼女との一年を思い出す。


(本当に色々あったな……夏に一緒にファッションモデルをやったり、勉強教わったり、クリスマスパーティーや、朝のジョギングとか……楽しかったけど……もう、いなくなっちゃうんだな……)


「んぐっ……えっ……えぐっ……」


「おいおい蒼真、ホント大丈夫かよお前……」


 隣で隼が真剣に心配してた。

 ――いや、だって仕方ないじゃないか……。


「皆さま、本当にありがとうございました。そして、在校生の皆さん――どうかこの学校を、私たち以上に好きになってください。ご卒業、そして旅立ちを迎えるすべての仲間へ――おめでとう」


 まばらだった拍手が、徐々に大きくなり、やがて割れんばかりの拍手へと変わっていった。

 途中、涙声になりながらも、しっかりと大役を果たした元生徒会長。会場からはすすり泣く声があちこちから響いていた。

 彼女の声は確実にみんなの心に楔を打っていた。


 来賓の挨拶、校長先生の言葉と式典は予定通り進んでいく。

 そして最後に、理事長から卒業生へ送る言葉が始まった。


「――最後に、卒業生のみなさん。なにか困ったことがあればいつでも声をかけてきなさい。俺たちはこれから先もずっと“仲間”なのだから」


 理事長の締めの言葉の後に巻き起こる盛大な拍手。


「理事長まじかっけー!」「めちゃしぶー!」


 この学校での理事長はカリスマ的存在だ。厳かな式典の最中でも声援が飛び交う圧倒的な人気ぶりに驚いた。


「以上をもちまして、卒業証書授与式を閉会します。卒業生退場」


 三年生が会場を後にする。花道を歩く飯野さんとしーちゃん。

 飯野さんは俺を見つけると片目を閉じて口をチュパっとキスするような仕草をする。


「やっべ……飯野さんマジエロいって……」「フェロモン出しすぎだろ……」


 そんな声があちこちから聞こえてくる。あの肉食系の雰囲気はウブな男子には刺激が強すぎるようで、下級生から大人気だった。まあ本人は未だに“おぼこ”なようだけど。


 続いてしーちゃんと目が合った。彼女は人の目を憚ることなく大きく手を振ってきた。


「御影さんが俺に手を振ってきた!」「いや、俺だろ!」


 そんな呑気な言葉が聞こえる中、同時に殺意のこもった視線が俺に突き刺さる。やはり俺はいつか刺されるのだろうか……。



 卒業式を終え、在校生は教室に向かった。

 放課後に毎年恒例のイベントが行われる予定だ。

 内容は文化祭的なノリで、パフォーマンスやライブ、あとは生徒会主催のステージイベントがあるそうで、内容は秘密だった。


 真桜は先に会場の設営に向かっていた。生徒会副会長はなんでもやらされるので、常に忙しそうだった。


 下校時間になり教室は俺と羽依だけが残っていた。クラスのみんなは体育館に行ったが、なんとなく卒業式の余韻を二人で浸っていたかった。


 「それにしても蒼真は随分と泣いたよね~」


 そう言って悪戯に俺を覗き込む羽依。


「恥ずかしいから言わないでってば……俺ってこんなに泣き虫だったっけ?」


「んふ、蒼真覚えてる? 私たちが初めて泊まった日のこと」


「忘れるわけないでしょ。――まだ付き合ってもいなかったのに同じ布団で寝たりしてね」


 俺の言葉に羽依が顔を赤らめる。その表情があまりに可愛すぎて、思わず彼女の頬に手を触れた。


「んっ……蒼真さ、私に偽装で付き合うって話をしたとき、私がめっちゃ泣いたらさ……蒼真もすっごく泣いてたの」


「それは……忘れた」


 ふと羽依の顔が近づいた。ほんの一瞬だけの口づけ。そっと触れただけなのに、まるで初めてのように心臓が高鳴った。


「私はそんな蒼真の優しいところが好き。私の痛みを分かち合ってくれるの。あの時にもう決めてたんだよ? ――絶対蒼真と付き合うんだって」


そう言って羽依は俺の胸に額をこつんと当てた。


「そっか……あの日から決まってたのか」


「私のひび割れた心の隙間に……すっと蒼真がはまったの。その上に真桜もぴたっとくっついてきて、ようやく私は安心できた気がするんだ」


 その言葉は妙に納得できた。散々酷い目にあって傷ついた彼女の心には、俺と真桜が必要だったんだ。


「羽依の言葉はしっくりくるかも。俺たちの関係は真桜がいると、より強固になるのかもね」


 羽依は深く頷いた。


「きっと今日、何かあると思うんだ。私は真桜を信じてる」


「ああ、俺も。――そろそろ体育館に行こうか」


「うん! 真桜に会いに行こう!」


 きっと俺も羽依もどこか歪で不完全なんだ。真桜がいて、初めて一つの形になれる。そんな気がした。

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